"美しく、そしておぞましき「家」"『ハウスメイド』(ネタバレ)


 同じ韓国映画『下女』の翻案。


 ある大邸宅でメイド兼乳母として働くことになったウニ。大らかで子供好きな彼女は6歳の長女ナミとはすぐに親しくなり、双子の出産を控える妻のヘラや、年配の家政婦ビョンシクの信頼も勝ち得ようとしていた。だが、家族について別荘に出かけた夜、主人のフンは妊娠中の妻とのセックスに満たされず、ウニの部屋に現れる……。


 美しく磨き上げられた大邸宅の冷え冷えとしたムードが印象的だ。
 今作に登場する金持ち夫婦は人間的にゲスで、なんでも金で解決できると思っている。あまりにステレオタイプな描写なので深みはないが、逆に「メイド」という職業の構造的な問題が浮き彫りになる。封建的な家族制度の下での「家政婦」の役割は、家事労働だけとは限らないのだ。


 女性への偏見に満ちた家族観の中では「妻」の役割は「家事労働」「性行為の対象」「産む機械」の三つに大別され、本来はその内の「家事労働」のみが「家政婦」にアウトソーシングされる。だが、若く健康な「女」でもある「家政婦」は、残る二つさえも代行することが可能であり、そのことによって「妻」の地位は揺るがされる。愛などというあまりに頼りない担保がなければなおさらだ。
 何でも手に入れてきた金持ちの「夫」にとって、女性は愛の対象でもなんでもない。奉仕させながら己の筋肉を誇示する痛烈なナルシシズムからすれば、単に所有物、自分の人生の彩りでしかないだろう。あるいは子さえも……。
 自らの特権を奪われた「妻」は「家政婦」に憎悪を燃やし、「妻の母」もその事態を重く見る。 「妻」の特権の消失は、自分の地位と名誉にも響いてくるからだ。「夫」にしてみれば、腹が誰のものだろうとさして問題はない。女たちは皆、「夫」の金と子種によって支配されているのだ。「家」制度による支配と言ってもいい。


 本来は自身や家族のみが立ち入るはずの「プライベート」な領域に入り込む他者、それが「家政婦」だ。単に雇っているだけの側も、それを何か好きに扱っていいかのように勘違いをする。「人間として扱った」などとわざわざ言明するあたり、そもそも家畜や奴隷のように思っている事が明白になる。だが、実は「妻」の優位性も仮初めのものに過ぎず、「夫」の性欲一つで簡単に揺るがされる。「妻」と「家政婦」、両者の地位が近づくことによって、「妻」は居場所を失う恐怖を覚え、「家政婦」に対する攻撃性を強める。同じ「女」として……。
 かくも蔑視的で歪んだ関係性の中で、では「家政婦」たちはいかに生きるべきなのか? タイトルは『ハウスメイド』で、それに当たる主人公ともう一人、先輩である中年女性が登場する。 「おばさん」「若いおばさん」……原語ではどんなニュアンスなのだろう? そこから感じられるのは、性的な意味の排除だ。だが、呼び名はそうでも実際のところはそうはならない。
 そもそも住み込みで部屋に鍵さえない、プライバシーも何もない空間での生活。常に拘束され、私的な領域に踏み込まれる。果たしてこんなものが「労働」と呼べるのか? 金さえ払っていればそれでいい? それこそ「自分のパンツは自分で洗え」なのだ。


 三つの役割全てを満たせる主人公と、今や年を取り「家事労働」だけを担当する先輩メイド。 女の情痴のもつれの先にあるのは、お決まりのマネーゲームと権力争い……「妻の母」もそれを警戒する。すでに自分たちもその論理に毒され、他人も当然のようにそうすると思い込んでいる。
 だが違う。無邪気でのんきで子供好きで無防備な主人公のイノセンスなキャラクターは、そうした「家」に縛られた人間たちへのアンチテーゼだ。彼女がもう少し賢ければ、もっとうまく立ち回れただろう。彼らの論理に乗って金を得るもよし、戦って権利と安全を勝ち取ることも可能だったかもしれない。無知で愚かであったがゆえに彼女は全てを失う。その先に待つものは炎に包まれた「殉教」だ。だが、本当に許すべきでないのは、そうした無知なる者を利用し、踏みつけにする人間たちに決まっている。
 先輩であるメイドは、性的役割を果たすことのないポジションとして、長年働いたことにより限りなく家族に近づいた者として、一時は「家」の側と結託する。そうしなければ、彼女とて職や特権を失うのだ。だが、主人公が踏みつけにされることは、自分自身が踏みつけにされることだというのもやがてわかる。自分がしがみついてきた生活で、何を失ってきたのかを実感し、決して回ることのない奪う側にただ使われていたことに気づく。観客は彼女の視点を通して映画の中の物事を見るし、だからこそ、決別のシーンは今作で唯一、カタルシスのあるものとなっている。


 正直、人間ドラマとしては薄いんだが、 オリジナルの『下女』とは時代も変わり、格差も拡大した中で、観客も金持ちに成り上がる夢を抱かなくなった現代、ただひたすらにモンスターに搾取される恐怖が描かれることになるのは、むしろ必然と言えようか。主人公を含めて共感しづらい人物が並んだ分、自然と少々突き放した目線で観られた。
 ある意味、非常にホラー的で、家族制度のうそ寒い構造的側面を描いた作品。家制度のもとではすべては支配につながっている。妻だろうが家政婦だろうが例外ではない。しかし時代は現代なんですよ、いやほんとに……。二人の『ハウスメイド』は、果たしてそこに一石を投じることができたのだろうか? それは、すべてを目撃した少女だけが知っている。


 あらすじ読んでたら『下女』は全然違うニュアンスの映画みたいなので、そちらも観てみたい……が、ソフト化されてるわけがないのだなあ……。

ハッピーエンド [DVD]

ハッピーエンド [DVD]