"狂気=正義=行動? その時、悪は……”『スーパー!』

 
 長らく公開待ってましたよ。期待作!


 レストランで働く冴えない料理人のフランク。人生において輝かしかったのは、美しい妻との結婚と、泥棒の逃走路を警官に指し示したことのみ。それでも妻さえいれば幸せだった……。が、麻薬常習の過去を持つ妻は、麻薬ディーラーのジャックスの元へ走り、フランクは一人取り残されることに。だが、悲嘆に暮れながらテレビのチャンネルを回していた彼は、ある番組を目にする。それは「ホーリーアベンジャー」というヒーローもののドラマだった。そして、その主人公によって神からのお告げを下されたフランクは、選ばれし者「クリムゾン・ボルト」として正義のために立ち上がり、妻を取り返す事を決意する……!


 東京より公開が遅いので、ツイッター眺めててもかなりネタバレ喰らってるんじゃないかと思ってたが、核心の部分はことごとく外れていて充分に楽しめた。


 愛する妻との結婚と、泥棒という「悪」の逮捕への貢献。それら二つしか成功体験のない男は、一方が無惨に破壊された時、もう一方へと拠り所を求める。たかがエロ写真ごときでケツを打たれる、彼の育って来た家庭環境は、キリスト教に則った厳格な家庭でそういう教育を受けていた事の示唆だ。愛や結婚を神聖なものと捉え、夢を抱いていたがゆえに、それが崩壊した時の落差は大きい。


 彼がテレビで観て憧れるホーリーアベンジャーは、まるでキリスト教福音派が作ったようなヒーローだ。番組内で正悪や性に関する倫理観を、戯画化された形で印象づける。それは彼が子供の頃に受けた教育と、それによって体験した(と思った)「悪魔を見た」体験ともピタリと一致する。テンパっていた主人公のもとに、そのホーリーアベンジャー(と、その前に観てたエロアニメ番組の触手)が現れて、神のお告げを伝える。
 文章にすると身もふたもなくて、「すっげえ妄想……」と言うしかないのだが、無論本人はそんなことには気づかない。なにかキメまくったようにカッと目を見開いたレイン・ウィルソンの演技は、悲哀に満ちながら狂気に取り憑かれている。
 そして、そんな狂気なくしては「ヒーロー」としての自警団的行為などなし得ないのか? なす術もなく流れていく現状を変える原動力となるのは、狂気しかないのか?


 リブ・タイラーが妻役なのだが、物語の開始当初からドラッグにずっぽりはまっている。目元のメイクが強烈で、ヤク中演技を炸裂させる。まともな姿は過去回想でしか登場しないが、こちらもドラッグからの脱却を目指して足掻いている状態。母親?に主人公との結婚を思いとどまるようにたしなめられるのだが、どうもヤケクソになってるようで、頑なに結婚を主張する。回想してる主人公からすれば、それが正しい道だったと信じたいのだが、現状はヤク中に戻ってしまった体たらく。しかし、彼女がそこまでして自分を選んだ、という変化への意志こそが、主人公をも後の変身へと駆り立てる。


 妻を奪った男、街の麻薬の元締めであるケビン・ベーコンのキャラが面白い。単にしょぼい悪役でインパクトに欠ける、と最初は思ったのだが、ある意味、「行動」する「正義」と対照的なキャラクターなのだな。彼は悪党なのに事なかれ主義だ。現れた「元旦那」に対しても、あまり事を荒立てたくない。できれば懐柔と脅迫で黙り込んで欲しい。なあなあで、空気を読んでもらいたい。いざ暴力に訴えるとしても、自分はなるべく手を汚したくない。でかい取引も、ちゃんと準備して笑顔ですんなり行って欲しいし、女を取られても流して、自分を納得させようとしてしまう。なんか……日本的だね(笑)。
 そういう彼のような人間こそが世の中には多くいて、野放しにされている中、ある面で矮小な悪事を働いている。そして、この世の中は彼のような人間に生きやすくできていて、なるべく変わって欲しくない。過剰な暴力を振るえば、それは反撃を呼ぶ。それよりも自己主張しすぎずに稼いでいきたいし、彼をとがめ立てるような正義のヒーローなんかに登場されては困る。


 クリムゾン・ボルトは、そんな野放しにされた悪を倒すために動き出す。麻薬売買、未成年買春、割り込み……。ささいであり、得をする者もいて、自分に関係がないから、みんな黙って見過ごしている。誰かが行動し、発言し、止めなければ、ずっとそのままなのだ。だがしかし、彼一人ではあまりにも力が足りず、彼自身も微力さと現状の変わらなさに逡巡する。
 そこへ登場するのがボルティーだ。エレン・ペイジ演ずるこのキャラクターは、行き過ぎた正義の狂気性を示している。理念を解せず、行為と見かけばかりに囚われているが、行動力だけは人一倍で、ためらいがない。この鬱屈した狂気、最近のロンドンで起きてる暴動にも関わりそうな部分か? 謀反、暴動、革命、そういった有事の際には必ずこういう人がいて、事を動かす原動力になっているのではないか、と思う。行動の意味やその後先など考えていないが、ただ動く人間だ。彼女の狂気の後押しがなければクリムゾン・ボルトもどこかで諦めたり力尽きていたかもしれない。しかし、彼女自身はその狂気と先進性ゆえにかかる結末を迎える。
 素晴らしい飛ばしっぷりで、20代前半をそろそろ終えようとしている天才エレン・ペイジにとって、今やっておかなければもうできないキャラクターだろう。おそらく脚本を読んで飛びついたんではないかな。


 暴力はどこまでも暴力だ。リアルな暴力描写……と言いつつ、ジェームズ・ガン監督はいつも通り人体損壊を明らかにやり過ぎている。ただ、これはほんとに不快感を催すとこまでやらないとテーマが表現できないところだ。殴れば人は傷つき、血が流れ、最悪死ぬ。自分や仲間も同じだし、報復も呼ぶ。それでも……それでもだ。黙っていていいのか? これら暴力を、傷ついた狂信者の狂気ゆえの行動に任せておいていいのか?
 個人の暴力で為せることなどたかが知れているし、世の中が大きく変わる事もない。ただ、一人の人間は救えるかもしれないし、自分自身もまた、ささやかな満足感を得られるかもしれない。行動する事は、己を変える。それは、世界を変える事とそう変わらない。


 アニメ調のオープニングは、手書きでパロディMAD作りまくられてしかるべき完成度だし、ヒーローについて考え抜かれた脚本も巧みだ。ブラックな笑いと皮肉の影には、真摯な問いかけもまた潜んでいる。多くのヒーローものにおいてそうであり、今作においてもまたぼかされた存在……大衆であり、また主人公でもある我々は、果たして如何に生きるべきなのだろうか?
 コースはボールになるギリギリ、かなりくさいとこを突いてきてるけど、球自体は豪速球という印象の映画でした。怪作にして快作だな〜。

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