"踊れ踊れ、タコ壷で"『アリス・クリードの失踪』(ややネタバレ)


 密室で、登場人物は三人だけ? 新鋭監督のサスペンス映画。


 完璧に施錠され閉ざされた部屋に、誘拐され運び込まれたアリス・クリード。中年の男ヴィックと若いダニー、二人組の犯人は、裕福なアリスの家に金を要求する。目隠しされ縛られた状態で排尿までしなければならない屈辱的な状況下で、なにも出来ないアリス。男達の計画は、完璧に進行しているかのように見えた……。


 オープニングの素晴らしさは出色で、これから誘拐劇の舞台となる部屋と車がしつらえられていく様子を、数分に凝縮して見せ切る。画面に映ってるのは、中年の男と若い男。無言で、テンポ良く作業して行く姿は、コンビネーションが取れていて、少なくとも昨日今日の付き合いではないな、というのをまずうかがわせる。
 続いて誘拐、ここで第三の人物、アリス・クリードの登場。全裸にひんむかれて縛り付けられ、さてレイプかと思いきや、写真撮られて服を替えられて(地味なジャージ)終了。ほほう、性欲にとらわれないか、プロっぽいね。まあ後でやっちゃうのかもしれんけど……。
 下の世話もしつつ、並行して中年の方が出かけて、外で金取る段取り。中年の方が常にえらそうで、動揺しがちな若い方をなだめ、叱り、コントロールしているように見える。が、若い方は明らかにこういう犯罪には慣れていないよう。おや? 最初は息が合ってるように見えたけど、共に場数を踏んで来たというわけではないの?


 ……さて、いわゆるネタバレをせずに済まそうと思ったら、筋を説明できるのはまあここまで。気になる人は実際に見て下さい。






 実はダニーとアリスは付き合ってた! 恋人が誘拐犯だったことに気づいたアリスは愕然! バレたダニーは苦し紛れに、協力を持ちかける!
 実はヴィックとダニーも付き合ってた! ダニーはアリスにバレても懲りずに二股をかけた状態を維持し、金を手に入れようとする!


 中盤以降、ダニーを中心に三角関係を描く様相が明らかになるわけだが、主犯であるはずのヴィックが「プロ」「プロ」「プロ」と連呼していたにも関わらず、プロフェッショナルにあるまじき恋愛感情に溺れた弱者としての力関係を露呈して以降、外部の描写を省いても成立するほどに完璧だったはずの誘拐計画は、急激に砂上の楼閣としての性質を示す。外部からの攻撃を待つまでもなく、内部から簡単に崩壊しそうな計画は、その遮断されたロケーションゆえに、まさに知らぬは本人達ばかりなりの「愚者たちの裸踊り」と化す。便所臭い薬莢を飲み込んでまで場当たり的な嘘を必死につき続けるダニーは最初にバレた時点からバカ丸出しで瓦解寸前、その癖に金への執着だけは人一倍で、無理のある二股をかけながら、どっちつかずの状況をキープしようとする。その嘘を捉え一方的なアドバンテージを握ったはずのアリスも何ら有効な反撃を行い得ない。


 オープニングシークエンスからはいかにも魅力的に、洗練されて見えた舞台が、終盤にかけて貧乏臭いタコ壷へ転落して行く。そして、そうなるようにあらかじめ設定されていたかのようにさえ見える愛憎に踊らされる者達の愚かしさは、一段目のひねりを経て明らかになったものであるのだが、その先になにも提示することはなかった。
 だいたい、各々の恋愛関係が全然うまく使えてないよね。もっとも衝撃的だった台詞はダニーの「オレのウンコは無臭だ」だったのだけど、その苦し紛れ過ぎる言い訳に対して、当然ヴィックは、「いや、「あの後」はちょっと臭ってたぞ!」と返すべき立場のはずだ! 表面から見える関係の裏側の愛憎を浮き彫りにした時点で何かを描いた気になってしまい、ツイストとして効かせるまでに到らず。ハニートラップ成功後の逆転KO負けや、「よくもオレを弄んだな! バキューン!」→逃げられましたなど、後半の展開のことごとくが詰めの甘さで墓穴を掘る愚かさに立脚しており、外部からの干渉をばっさり切ったことで、話の推進力をそこに頼るしかない弊害が、よりタコ壷臭を発させる。
 だってバカだから……だって恋しちゃってるから……みんなそうだから……。その設定に精緻さは生まれないし、そう設定づけた時点でストーリーは単なる「瓦解」へと転がる事が明白で、求心力を失う。


 状況こそそうして揺れ動くものの、犯人二人の誘拐劇に対する思い入れはいかにも安直な「犯罪者然」としたものでしかないし、アリスの「帰る」というモチベーションの行く末も見えない。森のシーンの『ミラーズ・クロッシング』への類似、という指摘を読み、その部分はまったく思い出せなかったものの、手前勝手な願望を抱きながら破滅していく愚者を、斜めから眺めるような距離感は、言われてみればコーエン兄弟の作品に似ているかもね。
 そして、その愛憎劇に飲まれ、愚かであった者がその愚かしさゆえに全てを失い、不実であったものがその不実さゆえに罰を受ける結末から立ち上る壮絶なまでの陳腐さには、少々引きましたな〜。かといって最後に残る者が賢く誠実であったかというと、まったくそんなことはないわけで、タイトル通りとなった結末に含意も必然性も感じず、予定調和とも言い切れない、徒労感にも似た後味が残ったのであった。


 面白いし光る部分も多かったのだが、そつなくまとめてる分、最初に設定された目標点が低いように思う。頭で考えて予算面など作れる範囲から逆算して作ったような完成度も、新人監督が話題になることを狙ったような小賢しさに感じられ、いささか白けた気分であった。

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