"奴らの支配を打ち抜け、マッハクンフー!"『イップ・マン 序章』


イップ・マン 序章&葉問 Blu-rayツインパック

イップ・マン 序章&葉問 Blu-rayツインパック

 大阪公開初日に鑑賞。期待に違わぬ素晴らしさ!


 佛山で妻と幼い息子と暮らす詠春拳の達人、イップ・マン。資産家である彼は友人からの共同経営の申し出も断り、友人達との武術の修練に明け暮れていた。だが、平和な日々も長くは続かなかった。日本との開戦により、佛山も侵略を受け、日本軍によって占拠されてしまう。貧しい生活を送るイップ親子。ある日、イップ・マンが働く炭坑に、空手を愛好する三浦将軍の使いが現れる。日本人の空手家と試合し、勝てば米をやる、と。最初は拒否していたイップ・マンだが……。


 とにかくファイトシーンのてんこ盛り感が最高。イップ・マン以外の相手同士の対戦を見せることで、相対的にイップ師匠の強さを表現して行く構成の丁寧さにはしびれまくり。アクション映画で一番大事なところを、きっちりやっている。アクションの三段論法だね。


イップ・マン VS 近所の道場主 結果はイップ・マン圧勝
道場破り VS 近所の道場主 結果は道場破り圧勝
イップ・マンVS道場破り 結果は?


 近隣の道場を荒らしまくる道場破りの男が、イップ・マンに負けた道場主を倒すのだが、観客には当然まだ真打ちが残っていることがわかっている。道場破りが喜んでラーメン食ってるところに、食堂のジイさんがポツリと一言。


「雑魚に勝ったぐらいでいい気になるな」


 これが見事に、我々観客の気持ちを代弁しているのである。
 道場主さんたちもそれなりに近所付き合いしてたろうに、雑魚扱いされて可哀想!なんだけど、勝負の世界は厳しいのだ。同時に、武術が如何に中国の民衆に膾炙していて、強い武術家がどれだけ尊敬されるかがわかる。だからこそ、今作の日本軍も『2』の英国人も、それを汚そうとするわけだ。


 対日本人空手家は、上記の三段論法がさらに応用問題のように複雑化する。


近所の道場主 VS 日本人空手家一人
中国人武術家三人 VS 三浦将軍
近所の道場主 VS 日本人空手家三人
イップ・マン VS 日本人空手家十人(!)


 まあ結果はご覧あれ、というところだが、この対戦順で何を表現するか、というと、もうおわかりですね。イップ師匠が「十人と戦いたい」と挑戦するところで、池内博之演ずる三浦将軍が、


「……十人!?」


と思わず耳を疑ったように鸚鵡返しするところがまた熱い。要は「大事なことなので二度言いました」ということなのだが、少年マンガなんかでよくある説明的な台詞の繰り返しで、その破天荒さを表現する。


 上の三段論法は、単純に対戦する相手や人数だけでなく、個別の技レベルでも表現されているのがポイント。さっきはあの相手に当たっていた蹴りが、今度はイップ師匠にはまったく通用しない、という流れ。ファイトシーンの一つ一つの映像が、全て意味があり後の伏線になっているのだ。
 サモ・ハン武術指導だが、今作のスピード感と流麗さは近年でも屈指のレベルではないか。意表を突く、息を飲むような攻防の連続。ウエポン戦がやや余計に見えるぐらい、ショートレンジでの手技の回転と、ミドルレンジでの蹴りの変幻ぶりが素晴らしい。


 さて、公開が後回しにされた元凶とされている日本軍の描写だが……。
 池内博之の正々堂々としたキャラでバランスを取って描かれている、と聞いてたのだが、いやダメだこりゃ! こういう銃を突きつけ、米を餌にした中で中途半端に正々堂々ぶってみせるこの非対称性。直属の部下の絵に描いたような悪役ぶり以上に、支配者然とした余裕ぶったポーズがむかつくんですが! 配下の兵士たちが、軍服でなく非戦闘スタイルである空手着姿になっているところも、「ここはもはやオレのホーム」とでも言わんばかりの余裕を感じる。その兵士達も、命令に忠実に従うロボットのようで、人間性など一切感じさせない。
 「機会を与えよう」という物言いの尊大さもひどい。飴と鞭で支配の構造を強めようというその態度、人間様に対してやっちゃいけないことをやってる感がありあり。この公正なふりというのは典型的な「良い刑事と悪い刑事」の分業に過ぎず、横暴な刑事にいたぶり抜かれた後で優しい刑事がそっとカツ丼を差し出してくれるから、相対的によく見えるに過ぎない。どっちがよりマシか、なんてことはない。同じ「日本軍」の二面性を表現してるだけだ。ダーティな部下は三浦将軍のことを内心「甘い」と評し自分は「厳しく」やらねばと思っている。だが、三浦将軍も部下の「暴走」を禁じつつも決して更迭はせず、むしろ汚れ仕事を彼に引き受けさせることで自らの手を汚さず、ポーズとしての自分の公正さを保っているのだ。まさに相互扶助で成り立つ「永遠の嘘」だ。
 逆に完全にイカレポンチの殺戮者軍団みたいに描かれてたり、『フィスト・オブ・レジェンド』のビリー・チョウみたく明らかに間違った武士道と天皇観を語ってくれた方が、「いくらなんでもそんなわけないよ〜」と流せたと思うんだが、公平さを装いながら、支配者として武術という誇りを奪い屈服させんとする悪辣さ。この描かれようの方がひしひしと恨みを感じ、より「憎むべき者」と捉えられているのだなあ、と思う。単なる悪党じゃない、というのはキャラクターに深みを出すための要素なのは間違いないし、直截的な表現の過激さに関しては抑えられているのだろう。が、これを日本人について「配慮してくれた」と捉えるのはそうであって欲しいという願望混じりというか、善意に解釈しすぎであるような気がする。「畜生があ!」なんて台詞もあったし、『SPIRIT』における中村獅童の結末に対し、今作最後の「オラオラのラッシュ」に込められた思いを見ればそれは明らかなんではないかなあ。


 ラム・カートン演ずる元警察署長→現通訳のキャラクターが印象深い。誇りを捨てないイップ・マンと屈従を迫る日本軍の間で揺れ動く様が良い。「雇われているだけ」という台詞の欺瞞性が泣かせる。DVDの未収録シーンにあった彼のもう一つの結末は、正直、映画的な座りの悪さを考えて外されたのだろうが、実際にはありそうなシーンであった。
 池内博之も、空手の打撃を繰り出すところなどかなり頑張っていたなあ。悪役も雰囲気出してるし、いけてるじゃないか。つうかこれはもう二年以上前の映画で、この後でキムタク『ヤマト』なんかに出てるのだよね……香港で頑張ろうよ! こちらの結末も未収録シーンでご覧下さい。
 もうドニーさんに関しては何も言うことなしというか……もう本物は何やっても本物なんだとしか言えないし、あの浮世離れした純粋さの表現も見事なものだ。


 欧米や日本による侵攻により激動の時代を迎えた清朝以降の中国で、「武術」も幾度もその存在意義を問われる試練を迎え、それでも乗り越え続けてきた。今もってその精神はこうして映画という形でも受け継がれて、いくつもの豊穣な作品を生んでいる。武術映画の多様性については、続編『イップ・マン 葉問』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20110206/1296983880)にて、よりバラエティ豊かに描かれている。作品としての完成度はこの『イップ・マン 序章』の方が上だと思うが、テーマを補強する意味において、続編も必見ですな。もちろん、単純に後日談として観ても楽しいよ。


 しかしまあ、やっぱり順番に見たかったなあ。
 『2』で「月謝取れなかった」とドニーさんが謝るとこで、嫁が怒らないのは『1』でこういう経緯があって受け入れたからなのだな、とか、逆にドニーさんの方が昔みたいに癇癪起こされないかちょっとドキドキしてたのじゃないかと想像したらウケるね。そしてサイモン・ヤムやルイス・ファンの役が『2』でなぜああいうことになってたのかは描かれるかと思ったらなかった! ということはルイス・ファン演ずる金が『2』で真人間になって再登場した際、イップ師匠は「この野郎、昔は面倒かけたくせに……」と、ちょっとイラッとしていたのではないだろうか……。だいたい、最後に日本軍にイップ・マンを売ったのも彼なわけで、普通に考えたら許し難いと思うんだが、終戦を迎えたしもう水に流したのか。人格者過ぎるよ!
 他にも『2』はこの一作目から十年が過ぎてるわけで、ボクサーへの苦戦なんかも、イップ師匠も全盛期を過ぎていたからなのではないかな。もし『1』の時点の強さなら、やっぱりコーナーに詰めて滅多打ちにしていたような気がする……(笑)。つうかあの連打連打、ひさびさに往年のやり過ぎマッハクンフーを思い出しましたわ。


 さて、見終わった後は、神戸から同じく初日に観に来られたid:yosinote氏と合流し、地下のカフェでプチオフ。この映画の話も含め、気付けば2時間ほどしゃべってたが、映画の話以外まったくしなかったぜ! なんという映画充っぷり……!

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