"美しき断罪の天使を見た"『悪魔を見た』


 R-18! ビョン様主演、韓流スプラッタ復讐ムービー!


 国家情報院の捜査官スヒョンの婚約者が、雪の日の路上で何者かに惨殺された。元刑事である婚約者の父から捜査資料を受け取ったスヒョンは、容疑者となった四人、いずれも性犯罪の前科のある男たちを一人ずつ急襲していく。復讐のため、彼女以上の痛みを味わわせるために。ついに真犯人ギョンチョルにたどりついたスヒョンは、彼を殺さずに生かしより過酷な復讐を加えようとするのだが……。


 さて、自分かなりシリアスなテンションでこの映画、観に行ったんですよね。復讐とは……正義とは……そういうことをちょっと真面目に考えることになるかな……などと……。冒頭、チェ・ミンシクの大切株殺戮を見ながらは、まだ考えてました。しかし段々突っ込みどころが出て来るにつれ……そこかしこで笑ってしまうにつれ……そんな気持ちはいつしか放棄してしまった……。


 ビョンホン演ずる主人公はその本業が……スパイ?なんですか? 「韓国国家情報院」をwikiで見たら、結構すごい! 前身である韓国中央情報部の略称は「KCIA」だ! やべえ、強そう! 殺人鬼が銃や刃物を持ち出してるのに、平然と素手で対抗して圧勝。セガールかよ! 一切武器を携帯せず、その場にあるものを使って戦うあたりもセガールっぽい。
 「復讐をよりハードなものにすべく生殺しに留めて長引かせようとしたら、思わぬ逆襲を受けた」という話なんだけど、それはこの超人的スパイとしての強さや能力があるからこその「過信」ですわな。凡人なら、最初に引っ捕まえるまででもうとっくに青息吐息、あとは止めを刺すだけで満足してしまうところ。それこそ『親切なクムジャさん』に集められたご父兄のように、据え膳状態で「さあどうぞ!」と言われてもまだ逡巡するぐらいが正しき凡人のあるべき姿なんですが、スパイ・ビョンホンは冒頭から復讐する気満々、上司の2ヶ月の休暇の薦めを「半月でいいです」とわざわざ区切ってそれでも成功する自信たっぷり、このやる気と優秀さこそが仇になったわけだ。
 で、ここまで残酷に復讐を長引かせようとし、「普通の殺し」では物足りない、という発想が生まれるあたり……このスパイ・ビョンホン自身、今まで相当、仕事上の事とはいえ、人を殺ってきてるんじゃないか? どういうスパイなのかは作中ではいまいち語られないのですが、この素手ゴロで殺人犯をぶち殺しまくる超人的活躍はそういうことなんじゃないかね……。
 釣り針をマキビシにするあたり、つい爆笑してしまったんだが、ここらへんは忍者のエッセンスとも取れるよね。


 うっかり「殺した、人質に取った、乗っ取った」人やら場所に、運悪く「元CIA、元特殊部隊、カンフーの達人」なんかが居合わせてしまい、テロリストや殺人犯が逆に大変な目に合わされてしまう……というのは、ハリウッドのアクション映画(特にセガール映画)の定型でもあるわけだが、この映画はそんなパターンを越え、大変な目にあった殺人鬼がさらに巨大な力を発揮して大逆襲を開始する。チェ・ミンシクは最初から最後まで怒濤の飛ばしっぷり、白昼の路上で血まみれで大見得を切るシーンなど、痺れまくるね。物語開始直後の、日頃は朴訥な運転手と言う表の顔を持ちながら、夜は一人でいる女を襲って殺すという快楽殺人犯らしいせせこましさから一転し、復讐にさらされた男は、それに対抗すべく逆に人の世を嘲笑い警察さえ屁とも思わない悪魔へと進化してしまうのだ。


 悪魔がその存在感を増すに連れ、あるいはとち狂って同じ悪魔となるかとも思われたイ・ビョンホンは、逆に美しき復讐の天使(ぐわっ、自分で書いてて恥ずかしいぞ!)として純化していく。「殺せ! 犯せ! オレを舐めるな!」しかない殺人鬼たちとは対照的に、常に衝動性を克服しようとし、計画としての復讐を遂行する。彼の「汚れ」はラストシーン、ただ一本のタバコで表現されるのみだ。
 その復讐劇の非情さは、殺人鬼ミンシクと同じ「悪」と呼ぶにはあまりに異質で、それよりもむしろ「善」を掲げる者による誅戮と称するのが相応しいように思える。純粋なる「善」は、人の世の「法」による裁きさえも否定し、より苛烈な苦しみを与えようとするのだ。それは聖書にある天の御使いによる人間への裁きを連想させる。
 「悪」を「悪魔」と称するに相応しいほどに肥大化させてしまったが故に、「善」もまた人の理を超えた「天使」による断罪でしか対抗出来なくなり、それは結局、主人公に「悪魔」と同じく人間性を失ったかのような非情さをまとわせることになる。最後の裁きを経たラストシーンの主人公の慟哭は、「天使」としてとうとう本当に人としての一線を踏み越え、全てが終わった時には、もはや自身が人間を名乗る資格、家族を愛する資格までも失っていたことへの嘆きではないだろうか。悪魔も、天使も、かよわき人間から見れば同じく怪物でしかないのだ。


 ……とまあ、この解釈はそんなに無理筋でもないと思うんだが、しかしあれだけエログロ殺人鬼たちと遭遇させ、逆に彼らをグロい目に散々あわせ、多くの人の死を招いたキャラクターであるにも関わらず、ビョンホンのイメージを汚そうとしないのが凄い。もっと人相悪い役者を使い、ミンシクの模倣のような「悪」と化していくシナリオも有り得たろうに。そうまでして守らなければならないものが「イ・ビョンホン」にはあるんだろうな。特に性的なイメージは薄く、それは最初の一人を「去勢」するシーンにも明らかだ。殺人犯たちにある「男性」としての原理を彼自身は微塵も感じさせない。
 そういう意味では、これだけグロいにも関わらず、韓流ドラマファンやビョンホン大好き腐女子をキャーキャー言わせるための映画としての要件を満たしているよなあ。何やら三回見たらグッズもらえるキャンペーンをやってるらしいが、これを単に「苛烈かつ残酷な、R-18指定がつくようなエログロ復讐物語」としてのみ捉えず、「実は十二分にビョンホン大好きっ子が盛り上がれる、リピーターの見込める映画」であることを見抜いた宣伝担当は炯眼であると言っていいのではないか。


 いやあ、ある意味すごかった。しかし、真面目に語るにはちょっと無理がある、怪作として捉えるのが相応しいようにも思える映画。見ている間は熱演と迫力ある演出に引き込まれて真剣だったのだが、後から人に説明しようとしたら「スパイが……」「ギロチン……」「下痢便の中に……」と笑えるガジェットが満載過ぎて、逆に戸惑ってしまったよ。さすが韓国映画と言えるパワー溢れる作品で、ネタとして大いに楽しめる。特にイ・ビョンホンファンはやっぱり必見だ!

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