"模倣から挫折、そして選択から再生へ"『キック・アス』

キック・アス Blu-ray(特典DVD付2枚組)

キック・アス Blu-ray(特典DVD付2枚組)

 マニアに話題沸騰、映画秘宝のイベントで上映された作品。


 コミックのヒーローに憧れる、高校生のデイヴ。本物のヒーローになろうと思い立った彼は、インターネットで買ったスーツを着込み、自動車泥棒に立ち向かうのだが、瀕死の重傷を追わされる。それでも懲りなかった彼は、今度こそ悪漢を撃退。その姿がネット中を駆け巡り、その時名乗った「キック・アス」の名と共に、全米で知られるように。だが、ガールフレンドのケイティの頼みで麻薬の売人を倒そうとして危機に陥った時、「ビッグ・ダディ」「ヒット・ガール」と名乗るヒーロー達に救われる。本物を目にしたデイヴは、自信を喪失するのだが……。


 割引もなしの月曜の昼に行ったのだが、さすが関西一館のみだ! 結構、人多い。約六割の入り。だいたい60人ぐらいだったが、直前にツイッターのタイムラインを見たら、フォロワーさんが二人もいた(笑)。ちょっとキョロキョロしちゃったよ。男率高かったが、オレの隣は女性で、しかもあるシーンでは鼻をすすり上げていたぜ!


 想像していた映画と、少し違った。これは、とてつもなく重く、やるせなく、現実的な物語だ。


 ボンクラ野郎の主人公には、特殊能力も財力も何もない。コミックにのみ存在するヒーローの物真似で、スーツを身につけ武器を手にし悪に立ち向かう。だが、強盗との最初の戦いであえなく刺され、車に跳ねられ、一命を取りとめるも入院する。いや……これこそが現実だよね。これは映画なんだからまだまだ続くのはわかってるんだが、主人公の「なぜ誰もヒーローになろうとしないのか?」との問いかけに、まず回答が出てしまう。仮に同じように戦うことを決意しても、こうして死ぬ。『スタンド・バイ・ミー』のラストを思い起こす。
 だが、痛覚が弱まり、骨を金属で固定した主人公は、やっと常人よりややタフな存在となる。初めて勝利し、ネットの報道で有名になる。
 そんな彼の前に登場するのがビッグ・ダディとヒット・ガール。強力な武器と高い戦闘能力を持ち、ギャングを簡単に蹴散らす本物のヒーローだ。キック・アスは彼らにコンプレックスを抱き、挫折の思いを味わう。意欲だけは十分だが、自分はあまりに弱い。ヒーロー失格だ……。


 当初、ニコラス・ケイジ演ずるビッグ・ダディは、確かにヒーローの諸条件を満たした存在に見える。だが、元刑事だった彼の当時の同僚に言わせれば、彼もキック・アスと同様「ヒーローごっこ」をしている人間に過ぎない。マフィアのボスへの復讐に狂い、幼い娘をその道具として育てている。娘の防弾チョッキに銃弾を打ち込み、犬や洋服ではなくバタフライナイフを欲しがるのにほっとする姿は、麗しい父娘愛の歪んだパロディだ。
 無実の罪を着せられ、妻を失い、復讐のためにヒーローとして立ち上がるその半生を、彼は自らコミックで表現する。これは、己を「主人公」とし、自身によって正当化され、美化された「物語」だ。自伝には常に自己隠蔽の力学がつきまとう。彼もまた自らの暗部に蓋をした脆弱なオタク野郎でしかないのだ。そして彼もキック・アスと同じく、「現実」に報いられることとなる。


 ヒット・ガールもまた、その超人的な強さとは裏腹に、父親に都合よく育てられ、言うなりに動く道具でしかない。他の世界など何も知らない。ヒーローなどではない、作られた弱々しい存在でしかない。だが、その境遇こそが彼女の宿命だ。最初、彼女はそれを自覚していないが、やがて大きな選択を迫られる。


 ビッグ・ダディのコミックに、気になったところが一つある。彼の描く漫画は、過去だけを描いたものだったのだろうか。「この先の展開」は存在したんだろうか?
 「理想」は、またも立ちはだかる「現実」の前に容易く敗北し、崩壊する。ボンクラの憧れた無敵のスーパーヒーローなど、存在しないことが明らかになる。そして悪は強大で果てがなく、どこにでも存在する。勝ち目はない。そしてそれだけありふれた存在であるがゆえに、避けて目をつむって生きていくことも可能になる。そんな選択とてあり得る。


 数々の挫折を経験し、ヒーローでなくとも幸せになれる道をキック・アスは見出す。だが、彼はやはり戦うことを選択する。
 同じく挫折を経験したヒット・ガールも、どうしようもない絶望の中で、その宿命を自ら背負って戦い続けることを選ぶ。


 我々もまた、ヒーローに憧れる。漫画を読み、映画を、アニメを見て、そこで戦うヒーロー達の強さに憧憬を覚える。だが、模倣しようとしても、ヒーローの道に待っているのは挫折と敗北という現実だ。どんな力があっても、より強大で悪辣な力が立ちはだかる。勝ち目などない。
 しかし、それでも選択する。それがヒーローだ。たったそれだけのことだ。格好や強さなど関係ない。戦うことを選択した時、その人間は再生し、ヒーローとなる。その先にどんな運命が待ち続けていようが、そう選択することだけがヒーローの条件なのだ。
 何の力もないボンクラの身で、小さな身体の非力な少女の身で、キック・アスが、ヒット・ガールが立ち上がる姿は、だからこそ大きな感動を呼ぶし、それゆえに二人は互いを同士として認めあうのだ。


 このテーマを描くために、ストーリーと人物配置、小道具から舞台設定まで、すべてが練られている。格闘シーンのキック・アスの絶妙な不器用さの表現と、ヒット・ガールの軽量の悲しさなど、細部まで神経が行き届き、計算されている。


 それにしても、ヒット・ガール最高すぎだろ……! クロエ・モレッツのこの存在感は、その健気さにおいても『レオン』におけるナタリー・ポートマンに通じる。娘を持つ親は乗れない、という意見を見たが、そういう意見があるということ自体が、リアルな存在感を生むことに成功しているという証左だ。ヒット・ガールは幼く脆弱な子供の肉体に、強さと美しさを備えている二面性を持つ、ビッグ・ダディという歪んだ父親に造られた存在で、だからこそ哀しい。そういうキャラクター性を、この映画は十全に表現しているのだ。


 「ヒーローとは何か」を、この映画は我々に教えてくれる。そして我々もまた「ヒーローになれる」と告げる。さあ、今こそ選択の時だ。行こう、キック・アスやヒット・ガールと共に。彼らと同じ、一人の非力な人間として。

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