『トリツカレ男』いしいしんじ

トリツカレ男 (新潮文庫)

トリツカレ男 (新潮文庫)

 借り物&初読み。


 ジュゼッペは通称「トリツカレ男」。しょっちゅう何かに取り憑かれ、そのことばかりに没頭する。三段跳びであったり、サングラスの収集であったり、オペラであったり。街の人は微笑ましく、若干煙たく思いながらも、彼を親しみを込めて「トリツカレ男」と呼び続けたのであった。そんな彼が、ある日、取り憑かれたものとは……。


 描写も分量も薄めで、童話のようにファンタジックな作品。なんだけど、主人公が左利きであることについての描写や、サブキャラの人物配置など、実はディティールが練り込んであり、とにかくうまい小説だなあという印象。文章もテンポが良く、「語り手」による軽妙な比喩も巧み。本当はもっと膨らまして長編にもできるであろうだけの要素が詰まっている。


 そして何より、作品に通底する、何かを愛して生きる事、何気ない営みの中に隠された幸福に対する、温かい目線が素晴らしい。何かに取り憑かれて、無駄に時間を過ごしているようでも、いつかそれが少しだけ幸せをもたらしてくれるだろう……。人生に無駄なものなど、何一つないということを教えてくれる。
 秀作。


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