『聖家族』古川日出男

聖家族

聖家族

 日本史において、常に僻地として位置づけられてきた「東北」の歴史と、その影で連綿と息づいてきた「異能の者」らの架空の歴史。物語の始まる現代より遡る事700年、彼ら狗塚の三兄弟は、いかにして生まれたのか。


 短編だと、ただ薄いノリだけの文章に感じられるのだが、長編になるとそのリズム感で淡々とディティールが積み重ねられることで、俄然、文体が生きてくる。特に身体感覚の描写が圧巻。
 第一作からすでに感じられたことだが、作者は言葉(言い換えれば理屈)で表せない音楽のリズム感や、感情の高揚、肉体の躍動……目で見て映像を描写するのではなく、自らの内で起きていて言語化できないことを、あえて小説と言う形式で表現することに腐心しているように感じられる。その表現方法が、この独特の文体なのかな。


 実際、土着の伝承という現代日本人には馴染めないものを、血筋を整理して理路整然と語ってしまう愚を犯さずに、一種の異様なものとしてそのまま描き切った表現力はさすがである。例えば今邑彩の『蛇神』シリーズなども、現代的な理屈に落とし込まれすぎて正味の怖さは薄い。これらをなし得るのは、実際に作中に登場しない「妖怪」を迫真の肌触りで描いてみせる京極夏彦ぐらいのものであろうか。


 近世、幕末を経て現代の冒頭につながる構成は、物語性は薄いもののディティールだけで飽きさせない。時間の経過と歴史ってのは作者にとって重要なファクターなんだな。
 『サウンドトラック』で東京、『ベルカ』『ロックンロール』と世界史に走り、今作で東北に戻ってきた古川。「東北ぶらり旅」でもある作品だったが、次はぜひとも関西を題材に長編をものにしてほしいものである。