『LOFT』
- 出版社/メーカー: ジェネオン エンタテインメント
- 発売日: 2007/02/09
- メディア: DVD
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中谷美紀好きなんだが、最近は変な映画に出過ぎで、どうもまずい方向に行っているような気がする。演技力と独特の存在感で、ある種のジャンルにははまるが、いわゆる大スターになるタイプじゃないんだよな。その演技もポテンシャルもきっちり演出して引き出してなんぼで、本人がいるだけで映画が光り輝くような大女優かというとそういうわけじゃない。
映写トラブルのせいで三回も見た(まだ言ってるよ)『嫌われ松子』ぐらいがギリギリのとこで、こないだの『自虐の詩』はちょっとなあ……。で最近公開された『しあわせのかおり』というのは相当すごいことになってるそうなんだが、もう怖くて見られない!
誰か、ちゃんと演出してやってくれ! で、演出と言えばこの黒沢清なんだが……。
芥川賞作家でありながら行き詰まり、恋愛小説への転向を計るヒロインに中谷。容色の衰えと作家的才能の枯渇を自覚しながらも、出版社の追い立てを受け入れ書き続けようとする。田舎の一軒家に移り住み、なんとか新作を進めようとするが、思うように行かない。そんなある日、裏の大学の施設に、長身の男が何かを運び込むのを目撃する。その日に前後して、特異な現象が起こり始める……。
114分の映画としてはいささか軽いプロットに感じるが(ホラー小説だったら短編にまとめるだろう)、緊張感のある画面作りが美しく、何とか間が持つ。登場するミイラや死体、あるいはキャラクターに過剰な意味付けを行わず、それらが一画面に収まることによって生まれる映像の効果のみが引き立てられる。
独自の世界観を持ち、そこから逸脱せずに映像、役者、全てをコントロールしていくタイプの監督らしく、俳優の妙な自己主張の出てくる隙がない。
そこで逆に、例えば主演の中谷美紀の表現力、あるいは容貌の透明感や繊細さ、同じ意味でのひ弱さのようなものが、素材として十二分に引き出される。豊川悦司のスマートさや、安達祐実の異形性なども然り。
ただ、「画面に映っていること」を重視するためか、見ているこちらの情感に訴えかけるような部分は、異様なまでにない。
わりと正統派のホラー映画に仕上がっているので、いわゆる「理に落ちる」感覚には薄いし、あまり一般向けではないなあ。
とはいえ、ラストシーンはきっちり決めてくれるし、端正な佳作ではある。
まあ見てて「俳優」の「素材」としての存在というものを、色々と考えさせられた。
停電した真っ暗の家の中で、この頃は髪長かった中谷美紀の、ノースリーブで肩出した後ろ姿にじわーっとカメラが寄って行くシーンの緊迫感たるや、すごいものがある。これがもうちょっと肩のラインがごつかったり、動きがせかせかしてたり、目が小さい女優だったりすると、まったく効果が違ってきそう。中谷自身のホラー演出における演技も、キャリアからすると当然だが手慣れたものなんだが、そこも含めて計算された画面作りがいい。
トヨエツが安達祐実を抱きかかえるシーンも、長身の男が大人であるようでも幼女でもあるかのような女を抱えている、という何か異常な状況を感じさせ、妙な不安感を煽る。
そこに中谷やトヨエツの役者としての存在はあるが、スター、本人としての存在はない。
近年の邦画界で、アイドルやあるいは映画スターの存在におんぶにだっこの企画が通り、それが計算された演出もないままに映画として撮られてしまう、という状況が続いている中、黒沢清のこうした演出力は貴重だ。
そして、だからこそもう一つ日の目を見ず、このまま日陰の花として咲き続けることしかないのかなあ、とも思う。
しかし、メイキングの中で監督が「明るい未来」について聞かれ、「あまり考えた事がない。いい加減な性格だし、それでもなんとかやってきた。これからもそうだろう」と語ったのには、勇気づけられるものを感じたな。