“唸れ、胴回し回転蹴り”『空手道』


OAFF2018『空手道 / The Empty Hands』予告編 Trailer

 大阪アジアン映画祭2018にて。

 幼い頃に父から空手を習っていた真里だが、試合で負けたことをきっかけにやめてしまい、大人になった後も父とは絶縁状態となっていた。父の急死を受け、道場を継ぐ事になった真里だが、土地の権利を自分と元一番弟子のキョンで分けなければならないことを知り……。

 今年は来阪してティーチインにも参戦してくれた、チャップマン・トーの監督作。出演もしているが、主演ではなく脇のポジション。

 最近、金のかかった中国映画は五つも六つも製作会社のロゴが開始前に流れて結構うっとおしいのだが、今作は香港で作られチャップマン・トー自身の製作ということで、そういうのが一切ないのが逆に寂しいところ。

 チャップマン・トーは自身も空手を十年近く習い、倉田保昭とも親交があって、それがこの映画の着想となったようである。その倉田さんが映画の冒頭で早々に亡くなってしまい、不倫に入れあげている一人娘が道場のある不動産を継ぐと思われたところ、倉田さんの遺言状ではかつて破門になり、ヤクザを殴ってムショに入っていた弟子のチャップマン・トーに51%を渡すことになっていたのであった。

 空手を子供の頃にやめてしまったバカ娘と、暴力に使って道を間違えたバカ弟子が、力を合わせてもう一度正しい道を歩もうとする、割と定番チックなお話になるかと思うんだが、ムショ入ってたくせにチャップマン・トーが人格者然としていて、ヒロインにも「クズが!」とか言ったりして妙に偉そう。そもそも破門になったバカ弟子に、なぜ倉田さんがそこまで目をかけていたのか彼の意図が全くわからず、疑問符が飛びまくる。
 チャップマン・トーは、女の子を犯そうとしたヤクザを空手で成敗していて、そのシーンではアクションも見せるのだが、正直スロー多用でいまいち決まらない出来だった。倉田保昭が道場を任せ、娘を導かせるほどの腕前であり人物であることが、説得力を持って描かれないのが苦しい。
 不倫に入れ込んでた娘だが、じきに捨てられることに。捨てた男のDJは後に闇討ちにあってボコボコにされたことが新聞で語られるのだが、空手家がこういうことをしていいものか? まあ裏稼業の男のやることとしてはあり得るが、キャラがずれてはいないだろうか?

 ヒロインに発破をかけるため、道場の権利を手放すかわりに、試合に出て終了まで立ってられたらOKという条件を出すチャップマン・トー。再び空手に取り組むヒロイン! まあこのあたりはそんなに悪くないのだが、なぜか試合はK-1ルールで3分3ラウンド、相手もムエタイの選手なのだった。しかも道場マッチでギャラリーもいないし、クライマックスの絵面としては異様にしょぼい! 試合は序盤こそ特訓の成果を発揮しハードパンチを叩き込んで優位に立つも、ブランクがたたってスタミナ切れになり滅多打ちにされ、判定まで持ちこたえようと背中を向けて逃げ回るしょっぱい展開に! 最後は父の教えを思い出して子安キック(とは言わないか……?)で勝利するのだが、なんともすっきりしない。

 その後にもう一試合あるが、これも雰囲気頼みの無観客試合だったりするので、まあ金がなかったんだろうな、とは思いましたね。意気込みは買うが、どうもセンスがずれた映画でありました。

<初回生産限定>倉田保昭・グレートセレクション【DVD】

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”血族の神話”『血観音』


OAFF2018『血観音 / The Bold, The Corrupt and The Beautiful』予告編 Trailer

 大阪アジアン映画祭2018にて。

 日本統治時代の名残をとどめる台湾の旧家、棠家。古物商である棠夫人の裏の顔は、台湾政界のフィクサーであり、様々な裏の仕事を手がけていた。巨大な権力を操る彼女は、二人の娘に家を継がせようとする。だが、長女が反発する中、謎の一家惨殺事件が起き……。

 ヤン・ヤーチェ監督作! 『GF*BF』に続く監督作だが、全然タッチが違いますよ。昨年来日したカラ・ワイさんを主演に、三世代の女性を描く物語。正直、去年のアクション引退作よりもはるかに締まった内容で、今年来日してほしかったような……。

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 名家の当主にして台湾政財界でもフィクサー役を務めるのがカラ・ワイさんのキャラクター。あちこちに人脈を作り、政治家たちをある時はおだて、ある時はなだめ、資金を用意してもてなして……とまあ、気苦労の方が多そうな感じだが、それゆえに彼らの尻尾を握り、絶大な力をいつのまにか得ている。カラ・ワイさんは顔自体の作りは割と怖いんだけど、愛嬌もあるし逆に人が良さげな雰囲気もあるのよね。その彼女がホステス的に政治家に取り入ってくあたりが恐ろしいですよ。

 その娘役のウー・クーシーは、母親とその家業を嫌っていて、歳の離れた妹役のヴィッキー・チェンはまだ未成年で、母と姉の間でその将来を決めかねている状態。危ういパワーバランスが保たれていたが、政界の絡む一家惨殺事件が起きたことでその様相が一変する。
韓国ノワールほどの直截的な暴力性はないが、生暖かい体温が感じられる、まとわりつくような不気味な恐怖感を煽ってくる。そのいたたまれなさに対し、ここで生きて行くしかなくなった母と、そうなるには弱すぎる姉と、二つの行く末を少女は見続ける……。実は公然の秘密という奴で、母は実は「祖母」であり姉こそが「母」であるという事実が明かされる。必然的に「娘」の行く末もまた二人が暗示しているわけで……。三世代の女性の物語だが、同じ人物の別の道を歩んだ場合、と言えるかもしれないね。

 「祖母」「母」「娘」という体裁を崩したがために、ウー・クーシー演ずる長女は後継足り得ないのだが、代わりとなるヴィッキー・チェンもまた同じように愛を捨てなければならない。そうして「家」に留まり、裏稼業に手を染めるのが貴女のためなのだ、と囁かれ……。
 金や権力に焦がれ、その中でゲームをし続けてのし上がって行くカラ・ワイさんのキャラは、その中でどんどん空っぽの邪悪と化し、娘や孫にも同じ道を歩ませようとする。その最後は、というとこれが完全に『インファナル・アフェア』案件で、これは参りましたね。

 アジアン映画祭常連になりそうなこの監督、大変腕があるなあと思いました。また新作頼むよ!

“あいつが憎い”『どこか霧の向こう』


《藍天白雲》預告

 大阪アジアン映画祭2018にて。

 香港郊外で起きた夫婦の殺人事件の容疑者は、実の娘コニー。なぜ、彼女は両親を手にかけねばならなかったのか? 悲惨な家庭環境に着目した担当刑事のアンジェラだったが……。

 これは香港で実際にあった事件がモデル。モノクロ映画と錯覚するようなくすんだトーンが印象深く、映画全体に陰鬱なムードが漂う。ただウエットさはまるでなく、ひたすらに愛のない世界で無味乾燥とした関係が続く重苦しさ。

 主人公の少女は、暴力的で女子高生(自分と同級生のことも!)を買春してくる父親と、そこから目をそらして宗教に逃げ込む母と暮らす貧困生活。お話はこの両親の死体が発見され、行方不明だったその娘が、同級生の男子と宿泊先で見つかるところから始まる。
とりあえず任意同行し、担当についたのは妊娠中の刑事。夫と、元医者で今はボケている父親と暮らしている。

 取り調べの過程で、特に協力的でもないが黙秘すると言うわけでもない少女が、むしろ虚無的なまでに供述を積み上げ、彼女の境遇が次第に明らかになる。両親の虐待の手法は無論おぞましいのだが、少女がそれを再生産し、意識してかそうでないのか、同級生のコントロールに流用してくるあたりがまたぞっとさせる。
 で、その境遇に段々と同情してきた女刑事は、自分もふとした時にボケ老人である父に殺意を抱いてしまい共感する……って、これはなかなかに身もふたもない話だな。はっきりとは口に出さないのだが、特に刑事自身は父からの虐待を受けたというわけではなさそうで、単に殺意にのみ共感したみたいな話になっていて、ますます虚無的になる。

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 なかなか見ごたえはあるし、暗さと身もふたもなさ、青春もの感覚なら『Kids』枠だが、殺害シーンのリアリズムも含め、どこかしら『八仙飯店之人肉饅頭』を思わせなくもない……ということで、今年は来てないけどこれが今回のハーマン・ヤウ枠だったのかな。それだったら噂の日本軍の人体実験映画やってくれよ!とも思ったのでありました。

“天皇制を撃て”『朴烈 植民地からのアナキスト』


OAFF2018『朴烈(パクヨル) 植民地からのアナキスト』予告編 | Anarchist from The Colony - Trailer

 大阪アジアン映画祭2018にて。

 1923年東京、関東大震災が起こったその年。朝鮮人虐殺が隠蔽されようとする中、アナキストである朴烈とその妻である金子文子が皇太子暗殺を企てたとして投獄された。世にいう、「朴烈事件」の幕開けである……。

 今回はこれがオープニング作品。舞台は関東大震災頃の東京。

 植民地時代の移民や出稼ぎ労働者が大勢いた時代ということで、人力車引きである主人公への聞くに耐えないような罵倒から幕開け。朝鮮独立運動の活動家であった朴烈だが、関東大震災後、反乱の疑いありとの口実で、同棲中だった同じく活動家の金子文子と共に逮捕されることに。

 特別、強烈なキャラクターとして描かれているわけではないはずだった二人だが、政治運動潰しのために無実の罪で捕まると、それを逆手に取って皇太子暗殺を計画していたと言い始め、遥かに大きな「大逆罪」で裁かれることによって運動を盛り上げようとする。
 二人のキャラクターは、奇矯さもあるが素顔は平凡かつ温和な好人物として描かれているが、状況が激変し日本政府と対峙するにあたり、どんどんエキセントリックさを増して行く。これは本性がこうだ、というわけではなく、法廷を含む「劇場」を最大限に盛り上げようとするための行動なのだが、それを突き詰めて行くと恩赦も拒否し自ら死刑を望む、というところまで行き着く。

 植民地支配と人種差別の構造がまずあり、その頂点に君臨する神国日本の天皇を撃つのだ!と言う者に対し、まさにその理屈を補強する「大逆罪」を適用してしまう、という無神経さがポイントなのだが、二人の行動によって注目が集まれば集まるほど、司法も政府も混乱し、全てが政争の道具となっていく。

 裁判後の政局の複雑さもあって、なかなか背景全てを理解することは難しいが、綿密な取材が感じられるまさしく歴史の1ページですね。
 文子役のチェ・ヒソが日本在住経験もあって、ほぼネイティブなレベルの日本語を披露。イ・ジェフン共々強烈な個性と普遍的な愛情関係を演じるあたり、政治劇とは言えこれもまた韓国映画らしい一本になっているな、と感じた次第。そしてまた、この日本公開なさげな一本をオープニングに放り込んでくるアジアン映画祭のチョイスが最高ですね。

朴烈 (1973年)

朴烈 (1973年)

常磐の木 金子文子と朴烈の愛

常磐の木 金子文子と朴烈の愛

大逆罪

大逆罪

”いつも見守ってるよ”『さよなら、僕のマンハッタン』(ネタバレ)


『さよなら、僕のマンハッタン』予告編

 マーク・ウェブ監督作!

 大学を出て親元を離れたトーマスは、同じアパートに引っ越して来た謎の老人ジェラルドに声をかけられる。人生の目的を見出せないトーマスは、ある日、父親の不倫現場を目撃。愛人であるジョハンナに、父と会うことをやめさせようとするのだが……。

 去年の『ギフテッド』はなかなか面白かったなあ、ということで、今作にも割合期待していた。NYを舞台に若者を主人公にして原点回帰を図った内容か?

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 主人公の名前は「トーマス・ウェブ」で、監督自身の名字に『500日のサマー』の主人公トムの名を合成したもので、まさにこれは俺自身だ!と言わんばかり。父親に反発し、報われぬ恋愛に執着し、創作にも行き詰まり……という冴えない青年。その同じアパートに、謎の老人が越してきて突然話しかけてくる。すぐに親しみを覚えるようになるウェブ青年……。

 まあ何か裏があるんだろうな、というのはだいたい想像がつくわけだが、この老人役がジェフ・ブリッジスで、実は今作の製作にも名を連ねているのであった。そりゃあ美味しいところは持っていくわな。
 主人公と折り合いの悪い出版社経営の父親がピアース・ブロスナンで、その不倫してる愛人がケイト・ベッキンセール。自身に創作の才能がなかったので出版社をやってるブロスナンが、息子の創作を否定して出版社を継がせようとしていて、認められない息子は当然反発し、ただまあ何も成し得ていないので、その反発は一人暮らしやら父親の愛人を寝取ることにエネルギーが注がれるのである。

 ものすごいコンプレックスまみれの陰湿な話で、NYもどんどんくすんで見えてくる。実は有名作家だったジェフ・ブリッジスが主人公に「君は才能がある」と励ますのだが、後々で「I’m your father」が飛び出すのだな。子種がなかったブロスナンが妻と共通の友人だったジェフ・ブリッジスに種付けを頼み、その結果できたのが主人公であったことが明らかに。
 どうせ頼むなら親友に、という話だったのだが、実は妻はジェフ・ブリッジスの方を愛していて鬱病になり、ブロスナンはそれに耐え切れず不倫に走り、作家の才能にもコンプレックスを抱いて、息子の才能を否定していた……なんじゃそら。
 気持ち悪いにも程があると思うのだが、何とブロスナンの愛人と寝てた息子がこれを理解し共感し、それによって成長するあたりの無理やり感もすごい。だいたい、遺伝で自分の才能を信じるとか、意志薄弱すぎでしょ。目線がびっくりするぐらいこの親世代に同情的と言うか不気味なぐらいに思い入れていて、そこは製作ジェフ・ブリッジスのええかっこしいなのだろうが、こんな老人のセンチメンタルに若者が共感するのは虫が良すぎるだろう。
 スサンネ・ビアあたりに撮らせたら、ど直球の老春ものに仕上げたんじゃなかろうかと思うが、ついこないだまでキモい若者の映画を撮っていたマーク・ウェブではな……。ことによると、そろそろ干されようとしているウディ・アレンの後釜でも狙っているのだろうか?

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 製作ジェフ・ブリッジスが怪しすぎて、戦犯がマーク・ウェブかと言うと断言し切れないが、彼が瑞々しさを失い、オッさん化した記念碑的作品になりそう。前からキモかったけど、キモいおっさんには全く価値がないぞ……。

今日の買い物

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 公開時の感想。
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『ラッキー・ガイ』DVD

ラッキー・ガイ [DVD]

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 チャウ・シンチー主演作。


“政治はドラマティック”『ウィンストン・チャーチル』


【映画 予告編】 ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男(90秒予告)

 アカデミー主演男優賞受賞!

 1940年、歴史上、類を見ない電撃戦によりフランスを追い込んだナチス・ドイツ。侵略を目前にして、イギリスはウィンストン・チャーチルを首相に選出する。和解か、徹底抗戦か。第二次大戦の中でも最も難局と言われた決断を、チャーチルはいかに下したのか……?

 『ダンケルク』の裏としての『人生はシネマティック』という話をしましたが、今作もまたダイナモ作戦の裏側を描いた裏ダンケルク2本目になります。
 監督のジョー・ライトは『つぐない』(未見)でもダンケルクを描いていて、この題材にはこだわりもあるのでしょう。

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 ゲイリー・オールドマンは、まだ賞取ってなかったんだっけ、というぐらいの人ですが、今回も声の大きな嫌われ者を大熱演。まあ確かに特殊メイクの出来もすさまじいのだが、首相就任直後の超強気感から、国内では段々と厭戦派に押され、さらにドイツ軍の電撃戦に真っ青になり弱気になっていく流れの表現が上手いし、そこから一つ殻を破ったかのごとく反転攻勢に出るシフトチェンジは脚本も込みでさすがですね。

 チャーチル政権も長かったが、今作はわずか数日の、まさに世界の命運を分けた瞬間の話。先日見ていた『ゲーム・オブ・スローンズ』で徹底抗戦を叫び壮絶に玉砕した人が、今作では和平和平と言ってるので戸惑ってしまったわ。結果論として、ナチスは後世に凄まじい悪名を残しているし、ヒトラーによる独裁の危険さは当時でも知れ渡っているが、それでも「冷静な視点」ぶった講和論というのはあったのだな。そしてまた如何にも俯瞰して物を見ているようなことを言うのである。
 それに対し、庶民は皆、徹底抗戦を叫ぶ。これを「俯瞰的、冷静な視点」に対する衆愚と捉えるというのも、またありがちなことではある。
 ここには背景に、政治家も含めた白人の高所得層と、そうではない一般市民の経済的格差の問題がある。富裕層はナチスの手にロンドンが落ちたところで、自分たちはお目こぼしされて変わらぬ生活が送れるが、差別の対象になりかねない層にとってはそうはいかない。

 そこをチャーチルがすくい取るのが、実話の中でややファンタジーっぽく撮られている地下鉄のシーン。正直、こんな絵に描いたような話があるのかいな、と、甘さも感じるが、実際はあそこでの会話はさして重要ではなく、あの後チャーチルが話を盛りまくってる「This is 政治家」なところが肝だろう。

 この映画の話の後もまだまだ難局が続くわけだが、それはまた別の話でありました。原題どおり数日間でうまくまとまってる反面、ちょいと食い足りない感もあり。