”私たちのマーキュリー計画”『ドリーム』


映画『ドリーム』予告A

 目指せ、宇宙!

 米ソが宇宙開発競争を繰り広げていた、1961年の冷戦下。NASAラングレー研究所では来たるマーキュリー計画を確実に成功させるため、優秀な計算能力を求めていた。天才的数学能力を買われ黒人女性として初めて特別研究本部に異動したキャサリンだったが……。

 今年のアカデミー賞がらみの映画、ラスト一本がようやく公開。NASAに勤める三人の黒人女性を描いたお話で、オクタヴィア・スペンサーはもはやおなじみだけど、主演のタラジ・P・ヘンソンは……『ベスト・キッド』のお母さんか? ジャネール・モネイさんはつい先日の『ムーンライト』で観たばかり。

chateaudif.hatenadiary.com

 これも邦題で揺れた映画で、『ドリーム』はあまりに一般名詞過ぎて全然インパクトがなかったが、作中でドリーム、ドリームと連呼していたので、まあ内容通りではあったか。カットされたサブタイトルの方は『私たちのアポロ計画』、映画のストーリー自体はマーキュリー計画を描いてて、その後アポロ計画につながりました……というだけなので、関係あると言えばあるが、別に宇宙開発の終着点がアポロ計画というわけじゃないからな。「私たちの甲子園」というタイトルで、県大会優勝まで描いて終わる話に、甲子園とタイトルつけるのでも看板に偽りあり感が否めないというのに……。

 冒頭、三人の乗る車が故障して立ち往生し、そこに警官がやってくるという展開が、時代は違えど後々公開の『ゲット・アウト』と全く同じ問題を孕んでいて、不安な気持ちにさせてくれる。三人は学識もあり、NASAという一見進歩的な職場に籍を持っているのだが、そこもまた現在の基準に照らし合わせると、ありえないほどの差別がまかり通っている。象徴的に扱われているのが「有色人種専用トイレ」であり、その計算能力を買われてマーキュリー計画の中枢に入ることになった主人公は、なんとその「有色人種専用トイレ」がオフィス近辺にないので、以前の職場のある棟まで800m移動しなければならない。

 オフィスでポットのコーヒーを飲んだら、翌日には有色人種専用コーヒーのポットが置かれ……いやはや、これいったい誰がやってんの?と言う感じだが、直接手を下したのが誰であろうが、この空気感をオフィスの白人誰もが共有している。

 上司であるケヴィン・コスナーは、何だかこの辺りがまったく目に入ってないようで、言われて初めて気づく感じ。この人は「結果が全て」という価値観に生きてるようで、それゆえに差別によって結果が阻害されると思うとそれは我慢ならない、ということなのだろうが、やっぱり当時の白人の限界か、ちょっとズレてる感は否めない。
 トイレの入り口の「有色人種専用」の看板を叩き壊し、どこでも使ってよし!と言うのだが、それNASA中の白人にまず言わないと意味なくね? 普通に近場のトイレ行ったら、「ここ使うなよ」と言われるんじゃなかろうか。まあ象徴的な意味合いでこういうシーンにしたんだろうが、どうも詰めが甘く思える。作中では、その後トイレ問題は起きないが、このあたり映画としての軽妙さを優先したせいかな。
 こういう軽さと、描写の緩さは表裏一体でもあるのだが、ハードコアな差別描写がなくとも、こういうチンケかつ陰湿な扱いを日常的にされることこそ、最も消耗させられることなのかもしれないな。

 マーキュリー計画に命を託す男、宇宙飛行士ジョン・グレンさんは全然偏見のない理想的な……というより、大らかすぎて何だかファンタジーのような、妖精のような存在になっている。いや、エリートの中のエリートの中でさらに努力してトップに立った、こういうアスリート的価値観の究極にいるような人間は、自分以外の人たちの違いとか気にしないというか、割とどうでもいいということなのかもしれないな。オレ自身と、それ以外のファンぐらいに思っているのかも……? そんな彼が計画直前に、天才の中の天才の中でさらに努力して数式をはじき出した「切れ者」の主人公こそを信頼するシーンは、実に腑に落ちるところでもある。またここを「能力がある人間だけは差別しない」という風には微塵も受け取らせないところが、今作の肝なのかもしれないな。実は重要キャラか。

 対して「偏見はないのよ」と言っちゃって手痛い一発を食うキルスティン・ダンストが、わかりやすくダメなキャラの代表的存在。あまりに構造としての差別を内面化しすぎていて、言われるまで気づかないのだな。
 『ムーンライト』のマハーシャラ・アリさんも軍人として、女性の仕事に対する偏見を内包してしまっているが、こちらも諭されてそれを見直す。
 こういう偏見って本当に消耗させられて、もういちいち口に出して指摘するのもアホらしくなるのだが、そうは言っても折に触れて言っておかねばならない。この映画自体もそういう存在であると言える。『ヘルプ』と並んで、深刻なテーマを複合的に扱いながら、軽妙で食いやすい映画で、その軽さもまた必要なのであろう。

 ところで、今時珍しいメガネ萌え映画でもあり、主人公の「クイッ」が最高ですね。特別美人ではないが、これがあるから妙にかわいく、頼もしく見えるから不思議だよ。

”気持ち悪い……”『スイス・アーミー・マン』(ネタバレ)


映画『スイス・アーミー・マン』予告編

 ダニエル・ラドクリフが死体役?

 無人島で絶望し、首をくくろうとしていたハンク。だが、まさにその寸前、謎の死体が目の前に流れ着いたことに気づく。ガスを噴射するその死体に乗って島を脱出したハンクだったが……。

 ポール・ダノダニエル・ラドクリフが並んで、ぼんやりと文系の香りがするキャストだな……。しかし中身は下ネタの連発。無人島で孤立し、自殺しようとしていたポール・ダノの前に死体が流れ着くところから映画は始まる。
 なんで首をくくろうとしていたのか、など、あまり詳しくは踏み込まず、どことなく具体性を欠く描写の数々は、まるっと心象風景のように見える。流れ着いた死体ことダニエル・ラドクリフは、尻から腐敗ガスを噴射し、ポール・ダノはそれに乗って島から脱出……あれっ!? もう島を出ちゃったよ! 宣伝では無人島サバイバルって言ってたのに!

 しかしながら漂着したところはもう少し広い陸地であることは間違いないが、人がいないのには変わらず、やっぱりサバイバルすることになるのであった。「島」なら、何か遠くに行って撮影しているような印象を受けるが、こう陸続きのところになると、実は近所の裏山あたりで撮影してるんじゃないの、という風に見えて、低予算感がすごいな……。
 死体が口から水を噴き出したり、相変わらずの「おなら」も出て、なにかと役に立つ死体をサバイバルキット代わりにして生き延びていくダノさん。この辺りのギミックの手作り感が面白くて、こちらは低予算感が逆にいい感じになっている。
 しかしラドクリフはずっと無言なのかと思いきや、途中から急に喋り出したから驚いた。こうなると死体がエゴ的存在に見えてきて、ますます心象風景チックになってくる。映画はやがて死体とのBL風味な様相も呈し、カオスを極める! 下ネタの走るところ、男子中学生が猥談しているようなホモソーシャル感もあり、あるいはこの無人の空間こそが男子の理想郷なのか、と考えさせられるね。苦労して現実世界に戻ったところで、女にはモテないし、親は冷たいし、いいことないんじゃないか……?

 それでも旅は続き、たどり着いた先はバスで出会った夢の女ことメアリー・エリザベス・ウィンステッドと家族が住む家の裏!
 心象風景が急に現実とご対面し、死体も黙り込む。この御都合主義的な近すぎな距離感が、また映画そのものの心象風景感、低予算映画ならではの閉じた世界感という感じで、さあ、そこで対面した「他者」からの視線はいかなるものなのか……? さらに通報を受けたお父さんも現れ………いや、速いな!

 警官、お父さん、夢の女に、死体との妄想生活が明らかにされるシーンの、いたたまれないような恥ずかしさと、いやこれこそが真実の自分なのだ、という開き直り、その究極として提示されるのがおならである。お父さんはおっさんでなおかつ少年の心をまだ持っているから、おならに笑顔になる! でもメアリー・エリザベス・ウィンステッドさんの「うわっ、キモっ……」というドン引き顔には、エヴァンゲリオン旧劇場版のラスト、「気持ち悪い……」を想起せずにはいられないのでありました。

”謎のエキシビジョンマッチ”『リングサイド・ストーリー』(ネタバレ)


『リングサイド・ストーリー』 本予告

 K-1映画!

 売れない俳優のヒデオを養いながら、弁当屋で働くカナコ。かつては大河ドラマに出たこともあるヒデオも、今ではオーディションにも落ち続け、マネージャーの持ち込む端役もことごとくふいにしている。そんな中、弁当屋をクビになったカナコは、プロレス団体WRESTLE-1の求人に応募するのだが……。

 K-1……のはずだったが、いきなり瑛太がプロレスの歴史を語るモノローグから幕開け。売れない役者瑛太を、弁当屋で働いて養う佐藤江梨子は、その弁当屋をクビになって途方に暮れる。求人誌で見つけたプロレス団体WRESTLE-1契約社員募集で、プロレス大好きの瑛太による偽手紙が功を奏して採用され、団体の裏方を務めることに。
 最初は汗臭い男に囲まれた職場に辟易していたが、段々と小団体ならではの温かみや人間関係、全てを手作業で生み出すプロレス興行の面白さに目覚めて仕事を楽しむようになる。一方、鳴かず飛ばず瑛太は、サトエリのステージパスをコピーして試合を見に忍び込んだりしていたが、彼女がレスラーたちと仲良くなって仕事にのめり込んでいくことに嫉妬。北海道を郷里に持つレスラー黒潮二郎から蟹をもらったことで、その嫉妬心が爆発し、「カニは腐っている」と横断幕を出して興行をぶち壊しに……。捕まってパスも取り上げられ、バックヤードで不貞腐れる瑛太

 どうもこの辺りの流れがおかしくて、あれだけ序盤にプロレス愛を語っていた男が、武藤社長の興行をむちゃくちゃにするような真似をするかね? さて、これでカニレスラーとの因縁が生まれたので、リングで勝負するという展開になるのかな、と普通なら思うところだが、サトエリは責任を取って辞表を出してしまう。しかしカニレスラーの伝手で、運営母体の同じK-1に転職することに!

 ここまで相当端折って書いているが、だいたい映画の半分くらいである。半分過ぎてやっとK-1出てきたわ。これは要はWRESTLE-1K-1の両方が同じくらいの比率でスポンサーについてるから、こういう風にバランス良く登場させねばならない、という大人の事情なのであろう。
 おなじみゲーオ・ウィラサクレックのKOシーンを始めとするハイライトシーン(また何回もやられるHIROYA……)を流し、華やかさをアピールするK-1。洗練されたオフィスでスーツ姿のスタッフに混じったサトエリ。転職に至るまでの展開こそむちゃくちゃだったが、プロレスから他の格闘技団体に興行スタッフが移籍してキャリアを積むというのは、あり得る話ではなかろうか。
 こうやってサトエリ主役で、格闘技興行の裏側を描いた映画にしたら結構面白くなったのでは、という気がする。プロレスとK-1、それぞれの職場の良さを対比させて描いたりしてな。

 さて、ここでも真面目に働くサトエリ。スター選手武尊が試合前のプレッシャーで練習場にこもっていたのを見つけだし、バンテージを巻いてあげてハグ……。この場面を、クマの着ぐるみの仕事を彼女に回してもらって来ていた瑛太が目撃し、嫉妬。入場時にその姿で背後から武尊の頭をどつく! 止めに入るセコンドの卜部兄弟がシュールだ。

 プロレスに続いてバックヤードで不貞腐れる瑛太。なんなんだ、このまったく同じ展開……。ここでK-1の女社長(誰?)が、「あんた武尊と勝負してみなさいよ」と挑戦する……なんだこの無理矢理な展開! 不自然すぎ。これだったらそもそも同じ展開でカニレスラーと勝負してたら良かったんじゃないか。次のK-1のエキシビジョンで武尊vs瑛太が急遽組まれることに。いや、本物の瑛太ならばまだなにがしかの話題性はあろうが、この作中の彼はVシネの端役俳優なんですけど……。いや、これはまったく乗れないな……。どうしてこんな話になった……。どうでもいいが、この女社長にもモデルはいるんだろうか。前田憲作ともめて、今でも宮田Pを顎で使ってたりするこういう人物がいるんだろうか。

 名もなき俳優と対戦、ということで、これはTwitterで口さがないK-1ファンが「武尊終わったな」「プロテクトいい加減にしろ」「天心から逃げるな」と散々書きそうである。この後は瑛太のロッキーばりの特訓シーン、卓球で鍛えた右フックの強化が描かれるも、やっぱり試合直前に逃げ出しそうになり、ついにサトエリも愛想を尽かす……。
 いや、この瑛太のキャラが全くのクズなので、ここまで何一つ共感できないのだが、登場人物は全員この男に甘い。やっとサトエリもここに来て……という感じだが、体感的に遅すぎ。そもそもたまの仕事も放棄して役者にさえ真っ当に取り組んでいないクズなのに、なぜ周囲はこの人間に期待し続けているのだろうか……? 「にくめないキャラ」を目指しているのかもしれないが、ちょっと思い入れが強すぎてうまくいってない。ずーっと地道に真面目にやってるサトエリと対比しちゃってるので余計にいかんのだろう。

 さて、試合シーンは『百円の恋』の監督であるからしてちょっと期待されたところなのだが、瑛太の見せ場は入場シーンだけ! この入場も会場はなんだか盛り上がってるということになってるが、無名俳優が気取って出てきてもこんな盛り上がるだろうか? 真面目なK-1ファンなら怒りだしそうなのだが……。そして試合はワンパン秒殺で終わります。急にリアルになったな……という感じだが、いくらなんでもど素人に苦戦とかやめてくれ、という現実のK-1サイドの要望なのかもしれないね。ここで無名俳優に苦戦したら「武尊終わったな」「プロテクトいい加減にしろ」「天心から逃げるな」とTwitterで(以下略)。

chateaudif.hatenadiary.com

 こうして大恥をかいた瑛太だが、これによって演技に開眼し、心機一転、次のオーディションに臨んで、サトエリともよりを戻す。この理路がまったくつかめないな……。ここで映画は終わるが、これで役者デビューしちゃうのは甘すぎるからさすがに描けなかったのだろう。
 撮影的には瑛太の背中を追うショットとか、美しい絵もあるのだが、どうも話が整理されていなくてしんどい映画だった。部分的には見所もあったが……。

 K-1ファン的には、やっぱり大スクリーンで見るゲーオはかっこいいな! 城戸もちょっと出番あって良かったな! と色々あったが、注目はラストカット。小澤海斗の試合をリング上から捉えたカメラがコーナーの方に寄っていくと……左右田泰臣がめっちゃこっち見ている! えっ、なんでラストを左右田さんのカメラ目線で締めるの!?とちょっとパニックに陥りかけたが、カメラはさらに奥、スタッフ席のサトエリを捉えて終わるのだった……。最初、実際の試合の映像かと錯覚してたから、余計にドキッとしたぜ。ここでタイトル、『リングサイド・ストーリー』! うむ、やっぱり瑛太がらみの話をごっそり削って、サトエリ主役の話にしたら良かったんじゃないの。恋愛要素が欲しかったら、それこそ武尊との年の差あるけど淡い恋ぐらいの話にすれば……それには武尊の演技力が苦しいか! 旧K-1のカリスマ魔裟斗とどっちが演技上手かったかに関しては今作だけでは判断できなかったなあ。次回はぜひ、魔裟斗の代表作『軍鶏』を超える熱演を見せてもらいたいぜ!
chateaudif.hatenadiary.com

”転生の犬”『僕のワンダフル・ライフ』


『僕のワンダフル・ライフ』予告編

 ラッセ・ハルストレム監督作!

 少年イーサンに救われ、彼の飼い犬になったベイリー。固い絆を結び、やがて天寿を全うした彼だが、転生を繰り返し、いつかまたイーサンに会いたいと願う。三度の転生を経て、ようやくその時がやってきた……。

 犬視点、犬がモノローグでしゃべり、何度も犬生を繰り返す、という、設定だけでおかしい珍作。さすがは『HACHI』のハルストレムだ……。
 最初の犬生はいきなり保健所に連れ去られて、子犬のまま死んで終わる。薬殺などの際どいところを見せないのに文句をつけるつもりはないが、これからフィクショナルな話を展開するにあたって、一発こういう現実的な話も見せておこうか、みたいなアリバイ作りにも感じたところ。それよりも、何回も転生するのにこれが最初の犬生というのはどういうことだろう、とちょっと考え込んだ。これ以前はなかったのか、無限じゃないのか。これもまた話の都合か……。

 次の犬生でメインのお話が始まり、雄犬のベイリーとして少年イーサンと共に成長することに。ここはさすがに丁寧にやっていて、転生云々のプロットを抜きにしても面白い。会社で意に染まない営業の仕事をやっている父親が段々と酒に溺れていき、イーサンが高校生になる頃に離婚して絶縁状態になるのだが、何せ犬視点だからあまり深いところには踏み込まない。が、『サイダーハウス・ルール』において、堕胎という対症療法に取り組み続けた医者の姿を描いたハルストレムであるから、そうして踏み込まないところこそが、らしいのかもしれないですね。
 イーサンはアメフトの有望選手となるが、放火によって負傷してその道を絶たれ、犬が取り持ってくれた彼女とも別れてしまい、農業学校に通うために地元を離れてしまう。そうして迎えた晩年、ついにこの世を去るベイリー……。普通のシーンなのだが、なんでこうペットが死ぬシーンってのは泣けるのだろうか。うちも猫を四匹亡くしているからかな……。

 さて、ここからベイリーは生まれ変わり、今度は雌の警察犬に。警官のおじさんは一人もので、犬と生活するその孤独が染みるぜ……。床で寝るように躾けられていたのがいつしかいっしょにベッドで寝るようになることで距離感を表現。このパートはアクション担当で、警察犬はこの警官が容疑者に撃たれそうになったところをかばって殉職する。犬を抱きしめて「救急車を呼んでくれ!」と叫ぶおじさんにまた涙!
 このシーン、撃たれる前に川に飛び込んで人助けするシーンもあるのだが、流出した撮影中の動画で役者犬が飛び込むのを超嫌がっていて問題視された。安全対策は講じてあった、というのはそりゃあそうだろうが、所詮賑やかしみたいなアクションシーンなんだから、別になくてもよかったのに……。

 転生するたびに犬が死んで、その度に涙を搾り取られるので、映画としてどうこう言うより、ちょっとずるいんじゃないか……という気さえするね。最終パートでやっとこさ、成長したイーサンのところに帰ってくる元ベイリー。予告編でもビックリして声出したが、デニス・クエイドになっているのは成長と言うよりものすごいオッサン化したように見える。またあれこれ取り持ってハッピーエンド!という流れまで文句のつけようもなく、やっぱり所詮は犬なのでそんなにすごいことはしていない、というバランス感覚がいいですね。やっぱり犬好きは必見であろうか……。

”茶ぐらい自分で入れろ”『エイリアン・コヴェナント』(ネタバレ)


映画『エイリアン:コヴェナント』予告D

 リドリー・スコット最新作!

 移住先の惑星に向けて航行していたコヴェナント号を襲った事故。船長や多数の乗員を失った船は、謎の通信を傍受したことがきっかけで、発信元の惑星へと向かう。大気があり作物が実るその星は、だが動物の姿が全く見えない。そして、謎の胞子を吸った乗員の身に異変が……。

 前作『プロメテウス』が、白いやつだけでエイリアン出ないじゃん!と言われたので、今回は堂々の登場。しかし全米では残念ながらコケたということで、日本ではIMAX上映もない悲しい扱いとなりました。しようがないので立川シネマシティの極上爆音上映で鑑賞。

chateaudif.hatenadiary.com

 しかし内容は前作の暴力的要素をグツグツと煮詰めたかのようで、まあ大変イカもの的な怪作になっていたな……。海原雄山なら「こんなものは売り物にならん!」と言いそうで、だからこそ大コケしたんだろうが、好事家的にはたまらないというか……。

 宇宙空間の航行中に事故が起きるあたり、珍作『パッセンジャー』をいきなり彷彿とさせるわけだが、その冒頭の事故で人望溢れる頼れる船長が、台詞もなくいきなり黒焦げになって焼死! 『20センチュリー・ウーマン』でも頼りなかったビリー・クラダップが副船長から昇格という、不安しかない人事。船長の妻だったヒロインのキャサリン・ウォーターストンさんは、彼との思い出の動画を見ながら涙にくれる。モニターの向こうから語りかけてくるのは……え? あれ? ふ、フランコーっ!
 なんと顔を認識する間も無く焼け死んだのは、ハリウッドの誇る大スター、ジェームズ・フランコだったのであった。なに、この扱い……なんなんだろう、この感じ……こういう時、どういう顔すればいいかわからないの……。

chateaudif.hatenadiary.com

 目的地の惑星はまだはるか彼方なのだが、謎の信号を受信したコヴェナント号。就任したての新船長は功を焦り、その信号が放たれている星に行こうとする。やってはいけないB級ホラーの死亡フラグがガンガン立ち続けるこの展開……行った先の惑星には酸素があるので、マスクもせずに地表に降りるメンバーたち……。植物や作物が生えているが、なぜか動物はさっぱりいない。何か気持ち悪いものを踏んづけたら、『プロメテウス』を見た人ならおなじみの黒い胞子がふわふわと……。
 「ここはいい星だ〜!」とハイになってるビリー・クラダップが、本当に下船前にヤクでもきめてきたみたいで、もう不安しか感じられない。そうこう行ってるうちに黒い胞子を吸い込んだ人はあっさりと体調を崩し、着陸している探査船に運び込まれるも背中を突き破って白いものが!
 この辺りの流れは神がかっていて、人体が何者かに侵食されている、という絵面と、中から何かが出てくる、ということの掛け値無しの怖さが、それを目撃する乗員の完全なるパニックぶりで表現されている。怖くて怖くてしようがない根源的な恐怖を目にすると、人はパニクり、滑って転び、めったやたらに銃を撃ちまくるのだ、という、もう笑うしかないコントのような状況である。探査船が吹っ飛ぶシーンでは、ひさしぶりに腹の底から笑ったわ。

 その後も白いものに襲われる乗組員だが、この無防備さ、対抗手段のなさがなんとも言えませんね。しかしそこに謎の人影が現れ、助けてくれる! 出た! ファスベンダー!

 正確にはコヴェナント号には新型アンドロイドである、やっぱりファスベンダーの顔したウォルターが乗っていて、ファスベンは初登場ではない。新たに登場したのは『プロメテウス』で初登場し、本作オープニングでガイ・ピアースによって完成された初期モデル、デイヴィッドである。首だけになったはずだったが、身体は再生していて、どうもノオミ・ラパス博士に作り直してもらったらしい。
 彼の案内で、かつてはエンジニアが住んでいたと思しき館に案内される一行。猛烈にまたクラシックなホラーの香りがしてくるが、こんなところに一人で住んでいる人は、だいたいろくでもない妄想に取り憑かれて、怪しげな実験とかしているんである。
 あまりにひねりなく、お約束通りに話が進んでいくので、のこのこついていく登場人物たちがますますアホに見えてくるのだが、やっぱり着実に仕留められていくのであった。白いものももちろんまだ生きているのだが、館の中で待っていたのはお馴染みの黒い方……デイヴィッドにより生み出された完全生命体、エイリアンだっ! これがエイリアン誕生の秘密だったのだ〜!
 人を生んでは滅ぼそうとするまったく理想的でない造物主のエンジニアと、その創造物の一人でありながらアンドロイドを生み出したウェイランド社長が、それぞれの創造物に対してまったく愛がなくて超傲慢なのだが、その傲慢をしっかりデイヴィッドも受け継いでいて、自分を作った奴らも許せないし、その結果の自分自身の不完全さも許せない。それゆえに新たな生命を生み出すことにこだわるんだが、元が歪んでいるのにろくな結果になるわけがない。
 お茶入れるぐらいでめっちゃ嫌そうな顔をするアンドロイドって、道具としてはあまりに失敗作すぎるが、一つの人格を生み出すという点ではある意味大成功ですね。なんか『her』や『エクス・マキナ』に似てきたな……。

chateaudif.hatenadiary.com
chateaudif.hatenadiary.com

 やたらと二役をやりたがるヴァン・ダム、クローンやAIでどんどん増殖していくミラ・ジョヴォヴィッチなど、自己愛や夫婦愛でやたらと出番の増えていく俳優は今までもいましたが、他人であるはずのリドリー・スコットに愛されすぎなファスベンダー、二役でほぼ出ずっぱり。ファスベンダー同士が戦うアクションなど、見ていてクラクラしてくる。

 しかし映像はキレッキレで、最新技術で暴れまくるエイリアンは超カッコいいし、宇宙船上のバトルも最高! なんだが、あまりに成長過程が早く、先述したB級ホラー映画の文法に則って物事を端折りまくっているので、妙にドライブした快感がある反面、もはやリドスコ御大はエイリアンにまったく興味がないんだなあ、ということもよくわかる。
 『エイリアン2』以降の存在をそもそも認めてないし、渋々出したもののこれからエイリアンサーガするつもりもないのでコンセプトの迷走も感じられ、それはまあヒットしなかったのもむべなるかな……。でもブロムカンプに作らせるのはいやなんだなあ。
 さて、ソフト化した際のディレクターズカットにも期待したいところですが、フランコの出番は敢えて増やさないでほしいですね。

今日の買い物

ディパーテッド』BD

ディパーテッド [Blu-ray]

ディパーテッド [Blu-ray]

 『インファナル・アフェア』のリメイク。マット・デイモンが犬に避けられるシーンは何回見ても最高だな。


”痛みは連鎖する”『アフターマス』(ネタバレ)


『アフターマス』予告

 シュワルツェネッガー主演作!

 妻と身重の娘の帰宅を待ちわびていた現場監督のメルニック。だが、空港まで迎えに訪れた彼を待っていたのは、思いもかけない悲報だった。航空史上最悪の空中衝突事故……。戻らぬ妻子のために航空会社に謝罪を求めるメルニックだったが……。

 前作『マギー』あたりから、いよいよアクションスターにもお別れしようとしているらしいシュワちゃん。今作は工事現場の監督が仕事の男だが、身体こそでかいもののしっかり老いているイメージで、シャワーシーンで脱いでるがもはやシワシワのブヨブヨだ!

 ニューヨークから飛んでくる妻、娘、娘の胎内の孫が来るのを、家を飾りつけして今か今かと待っていたが、空港にまで迎えにいったところ別室に案内され、まさかの墜落の知らせを受ける。生存は絶望的と言われるが、情報センターではなく家に帰り、自ら事故現場に車を飛ばす。ボランティアに紛れ込んで現場を歩き回り、ついに二人の遺体を……。
 まあやるせなさしかない展開なのだが、シュワは大きな身体をすぼめて好演。さあ復讐のために馬鹿でかい銃をかついで航空会社に乗り込むのか……? 今なら原作版『バトルランナー』もやれそうね。

 視点が変わって事故当日の管制官スクート・マクネイリー。一見暗そうな人だが、出だしはまずまずふくよかで、『96時間』のキムちゃんと結婚して男の子も一人。平凡だが幸せな人生……。

chateaudif.hatenadiary.com
chateaudif.hatenadiary.com

 マッチョじゃない痩せた男だけど、実は彼とシュワちゃんは共通点も多く表裏一体の存在なのね。共に事故によって人生を破壊される。事故の経過を見ていると多くの偶然やシステムの欠陥が重なりに重なって起きている。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B2%E3%83%B3%E7%A9%BA%E4%B8%AD%E8%A1%9D%E7%AA%81%E4%BA%8B%E6%95%85

 映画はこの経緯をかなり忠実に描いている。無論、ミスした管制官にも責任はあろうが、彼一人に全てが帰結するものでもない。スクート・マクネイリーはもともと貧相なのがどんどんやつれメイクになって、痛々しく罪悪感に苛まれていく。憔悴し切って小さな背中になるシュワちゃんと、対照的なルックスのこの二人が、いつしか重なって見える。

 航空会社は現場レベルでは親切なのだが、いざ賠償の交渉となると露骨に居丈高になり、この金で我慢しろよ、と迫るかなりわかりやすく嫌な感じに変貌し、「家族の写真を見て謝罪しろ」と要求するシュワを突っぱねる。遺憾の意、とか言ってる政治家などそうだが、世の中確かにこういう「謝ったら死ぬマン」が結構いるよな……。非を認めるともっと吹っかけられると思うのであろうか。こうして「誰一人謝らない」という状況が作られ、行き場を失ったシュワは当事者である管制官を探すように……。

 家族を持つ普通の男二人が対面し、事態は悲劇へとまっしぐらに。やっとリーアムパパから解放されて幸せな結婚をしたキムちゃんが、今度はシュワに襲われるというのも気の毒としか言いようがない。写真を見せられたマクネイリーさん、「あれは事故だったんだ!」「俺が殺したんじゃない」「消えなきゃ警察を呼ぶぞ!」と言ってはいけないワードを連発。あれだけ後悔し苦しんでいたのに、口を開けば出てくるのはこれなのは、結局は認めないことで精神の安定を保っていたのであろうことがわかる。責任を認めてしまうと、きっと押しつぶされてしまうのだ……。
 あんだけマッチョな肉体を持っていたはずのシュワちゃんが、チンコより小さいナイフを使っちゃうあたりも物悲しく皮肉で、カタルシスなど何もない。マクネイリーの家族を自分の妻子と誤認するところは、実にわかりやすくこの悲劇の構図を浮かび上がらせるな。

 10年の服役の後、シュワちゃんが迎えるラストは、ちょっとメタ的に観ると、今まで数々の映画で、正義、復讐、国家の名の下にボディカウントを積み重ねて来た彼についに清算の時が訪れたかのようで、老いさらばえた彼にはもはや反撃の手段はない。これこそがシュワ版『グラン・トリノ』なのだ!と言っちゃうには、映画自体がいささか小粒なのだが、これは今後の作品選びにおいても傾向として浮かび上がってくるんじゃないかな。

 ラストはラストで、シュワちゃんがまた「あいつは殺されて当然だったんだ!」とか言っちゃうバージョンもありだったと思う。実際、服役して教育刑も受けずに一年ぐらいしか経ってなければそう言ってたんじゃないか。人間は常に正しい行動を取り得るとは限らないし、死んだ管制官にもまた違った運命があったのかもしれないですね。

マギー(字幕版)

マギー(字幕版)