”明日を求めて”『ベイビー・ドライバー』(ネタバレ)


映画『ベイビー・ドライバー』予告編

 エドガー・ライト監督作!

 犯罪組織の「逃がし屋」を務める天才ドライバー、ベイビー。難聴を抱える彼は常にipodを身につけ、音楽をかけながらドライビングテクニックを発揮する。仕事を繰り返しながら、足を洗う時期を模索し続けるベイビーは、ある朝のダイナーで、デボラという女と運命的な出会いをするのだが……?

 サイモン・ペッグニック・フロストの三部作が終了し、『アントマン』を降板した後のオリジナル新作。バランスとしては『スコット・ピルグリム』に近いが、さて中身はどうかな……?
 実を言うと、音楽にあまり興味がないので、如何にもオシャレオシャレしたテイスト、選曲についていけるか結構不安であった。『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』など、そのせいで全然好きじゃないからな。予告も、なんだこのつまらなさそうなのは……えっ? エドガー・ライト? という感じで……。

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 センスあふれるオープニングではまだ不安だったが、徐々に物語にものめり込めて一安心。主人公のアンセル・エルゴートのフレッシュさが素晴らしく、若さゆえの不安定さと、裏腹に抱いている希望……。強盗の片棒を担いでいる「ドライバー」で、現場の荒事には手を染めず運転担当。分け前はすごい金額なんだが、かつて自分をとっ捕まえたギャングのボスであるケビン・スペイシーに大金の借りがあり、そちらにごっそり抜かれている。
 ドライバーを続け借金を返し、社会復帰するのが夢で、わずかな分け前を部屋の床下にコツコツ貯めているが、綺麗な身でいてほしい里親には、それさえもよく思われていない。
 それでもいよいよ借金返済完了というところまでこぎつけるのだが、ケビン・スペイシーは悪どくて、ベイビーの身内を盾にとってまた仕事を回してくるのである。

 このケビン・スペイシーのキャラ、人を雇って銀行強盗をさせるのだが、ドライバー以外はいつも違う面子を集めるのが信条。ベイビーを続けて雇っているのは、腕がいいのはもちろんだが内心ちょっと可愛く思っているのだな。父親的キャラクターの暗黒面を担っているのだが、後半に至っての心境の変化が肝になっている。
 銀行強盗をやるチームに加わるジェイミー・フォックスは真性の悪役という感じで、主人公と対極的な存在。こちらは善意の欠片もなく音楽もわからず、ひたすらに主人公の嫌な部分を突いてくる。
 そして同じ強盗チームのジョン・ハムエイザ・ゴンザレスのカップル。ジョン・ハムジェイミー・フォックスとは対照的に、音楽もわかる男としてベイビーがシンパシーを抱ける男として描かれる。

 三者が三者ともそれぞれ、ベイビーが足を突っ込んでいる世界の先達であり、結局のところ足を洗いたいベイビーにとっては、どこかで乗り超えなければならない存在ということになる。そういう意味で、ストーリー的に誰がラスボスになるのかな?と思っていたのだが、これがジョン・ハムだったから、ちょっと驚きでありました。過去からの束縛であるケビン・スペイシーがガーティ的に助けてくれ、対極の存在であるジェイミー・フォックスが無残な最期を迎えたのに対し、最も共感を示してくれていたはずのジョン・ハムが最大の敵になる。『俺たちに明日はない』という映画があるが、ベイビーとヒロイン役のリリー・ジェームズの関係がかの作品を思い起こさせるものに近づいて行く先には、ジョン・ハムたちカップルが「あり得るかもしれない未来」として存在していて、だからこそ決してその道を選んではいけないのだ、ということが今作の哲学として語られる。彼を打ち破ることこそが、真の通過儀礼となるわけだ。
 しかし、俺はてっきりジェイミー・フォックスが腹の傷を縫ってムショで復活してきて、もう一立ち回りがあるんじゃないか、と思っていたぜ!

 クラシックな物語、寓話としての骨子があり、非常にスマートな作りの映画で、ともすればあまっちょろくご都合主義になりそうなセンチかつロマンチックな話であるにも関わらず、現実的な落とし所(端的に社会復帰……)も常に探っているような、そんな感覚もある。まさにエドガー・ライト自身も一皮剥けたような映画で、やっぱり『ワールズ・エンド』はあの作風へのお別れだったのか、と一抹の寂しささえ覚えてしまう。

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 ipodなどのガジェットも楽しく、今でもそうだが、もう十数年経った頃にさらに味わいが増してそうな予感もある映画ですね。