”奴が祈っている”『ハクソー・リッジ』


映画『ハクソー・リッジ』予告編

 メル・ギブソン監督作!

 第二次大戦が激化した頃のアメリカ。デズモンド・ドス青年は、汝殺すなかれとの教えを胸に軍に志願。武器を持たぬ衛生兵を目指す。だが、海兵隊で待っていたのは執拗ないじめと懲罰だった。過酷な訓練にも耐えたドスだが、銃を持たなかったことを理由に、ついに軍法会議にかけられることとなる……。

 これは楽しみにしていた映画。長らく干されていたメルギブが完全復活し、さらにアカデミー賞にも絡んだというのは、大変なことでありますね。今回は武器を持たずに沖縄戦を戦った衛生兵デズモンド・ドスを描いた実話。

 さあ、冒頭はかわいい少年時代から始まり、弟と山野を走り回って後の身体能力の素地を作っている。ちょっと無鉄砲なところもこの頃から……なのだが、その弟と喧嘩して、いきなりレンガで撲殺! ……ああ……ちょっと待て、生きてる生きてる……助かったから……が、当たりどころ悪かったら死んでたな。元軍人で体罰上等のお父さんヒューゴ・ウィービングもさすがに青ざめる。その瞬間に見たキリスト教の絵で、神への信仰に目覚めるデズモンド……。そして決して武器を持たないという誓いを立てる。

 あれっ、これって「シリアルキラー誕生秘話」みたいに見えるんですけど……。いい話要素がまったくない! 理路がつかみづらくて、どうしてこの話でこういう悟りに目覚めるのか、わかったようでわからない。
 成長してアンドリュー・ガーフィールドになったデズモンド君、交通事故にあった人を助け、ついでにそれを話のネタにしてナースを口説く。最近では『ライト・オフ』に出てたテリーサ・パーマーさん、ちょっと古風なメイクと衣装が似合うな。

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 いきなりチューして顔をはたかれつつ、「普通の人と違うから」と好きになってもらえるデズモンド。いや、ここらへんも何かおかしいな……柔和なようで目つきが何か怖いんですが!

 弟が出征したので、自分も軍に入ろうとするデズモンド。この弟がどうなったのかはその後語られない『アメリカン・スナイパー』と同じ扱いなんだが、まあ別に関係なかったのだろう。
 第一次大戦でトラウマ背負いすぎなお父さんは反対するのだが、全然動じないデズモンド。海兵隊に入隊して訓練では意外に好成績……なんだが、肝心の銃の訓練をしない! 「そういう信条なんで……はい」「衛生兵志望なんで……」。

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 仲間意識とプライドだけはいっちょまえな海兵隊では、当然のごとくいじめの標的にされてしまう。いや、他の連中も人撃ったこともない同じ新兵の癖に、規範に従ってるというだけで、なんでこんな何者かになった気分になれてるのか不思議ですね。夜中にボコボコにされるデズモンドだが、絶対に音を上げないし決して銃を取らない。
 『フルメタル・ジャケット』で描かれた人間の尊厳を剥ぎ取る教育方式がデズモンドには全然通用せず、ついには法廷にかけて追い出すことに……。しかしそこに旧軍の軍服着て乗り込んでくるお父さんヒューゴ・ウィービング
 このお父さん、最初は怖い人かと思いきや、実は全く普通の平凡な人で、普通であるがゆえに戦争に行って心に傷を負っており、暴力的になっているのね。正直、息子のことは全然わかっていないのだけれど、彼を作った責任のようなものを感じている、という面はあるのかもしれない。

 晴れて銃なし衛生兵となったデズモンド、向かった戦場は陥落間近の日本・沖縄、ハクソーリッジ……!
現地の先任衛生兵は彼が銃持ってないのを全く気にも留めないのだが、そりゃあ一丁ぐらい関係ないだろ、という地獄の現状はこのあとすぐに明らかに……。

 お楽しみの壮絶戦闘シーンが始まり、「天皇陛下万歳!」と言って命知らずに攻めてくる日本軍の前に、どんどん登場人物が脱落! 人のこと「臆病者!」とか言ってた同じ新兵、上官も、どのみち日本軍と戦場の前には誰もが似たり寄ったりの無力さを晒すしかない。「現実」の前には無意味なレッテル。「日本軍がおまえに合わせてくれるのか!」とか言ってる方がまったくのナンセンスで、じゃあ自分は何にどう合わせてるの? という話で……。
 海兵隊の規範を利用したホモソーシャル関係が全く通用せず、崖っぷちの日本軍の特攻っぷりにメタクソにやられるのが前半で、さてさて、打開策はあるのか……?

 この戦闘シーン、人間が爆発で吹っ飛んでいく派手な外連味と、容赦ない人体破壊描写がマッチしてて、実にエンタメしてて面白いな。リアルかというとそうじゃないんだけど、テンポと迫力で押し切る、これこそ映画でしょう、というシークエンス。メルギブのノリノリっぷりが見えるようで最高。

 さて、この地獄の戦場でデズモンド衛生兵はいかに……?と思ったら、もうひたすらに衛生兵としての職務を全うし続けている。相手が日本軍だろうが戦場が過酷だろうが、どこで誰に対しても自分のスタンスを貫き続けてしまう。訓練中に見せた姿と全く同じで、これが彼の人生、生き方そのものなのだな。
 で、味方が総崩れで撤退してもそれは一向に変わらず、崖の上に一人残ってひたすらに生き残りを助け続ける……。

 アンドリュー・ガーフィールドという人は『ソーシャル・ネットワーク』でも『わたしを離さないで』『アメイジングスパイダーマン』でも、常に天才やシステム、運命に翻弄される凡人の役回りだったのだが、ここに来てついにその凡人の領域を踏み越え、狂人=ヒーローに!

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 撤退命令を無視した完全なるスタンドプレーで生存者を助け続ける姿は、完全に海兵隊の論理を超越している。『Xミッション』=オザキ8の人も出演してたけど、アンドリュー・ガーフィールドの方が完全にオザキ8している。75人助けたからオザキ75かな……。

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 その一夜にして築かれた英雄譚が、正直あんまり信心深いとは言えなかった兵士を勇気づける一種の信仰まで高められ、その力が日本軍の「天皇陛下万歳!」という狂気をも超えたのだ、というメルギブらしい解釈が、これまた実に映画的と言うかエンタメ的というか。衛生兵が天皇に勝った!
 パイオニアがスタンドプレーで周囲をも巻き込んで変えてしまう、というのは、ハリウッド映画の定番パターンでもあると思うんだけど、デズモンド本人がそんなことまったく意識してないのも面白いですね。

 神風日本は『アポカリプス』の首刈り族並に、「いずれ淘汰される旧文明」みたくあっさり描かれてて、司令官の切腹シーンも「これで決着しましたよ」ということを伝えるための演出に過ぎなかった感じ。まあメルギブ的にはあまり興味なかったところなんでしょう。

 実話ベースだが、リアルさよりも思想対決が絵になったような展開が先にくるあたり、しっかり劇映画を見た気持ちにさせてくれるし、それでいて凡百のナショナリズム戦争映画とは一味違う実在の人物の型にはまらなさも堪能できる。さらに狂気じみた作家性も感じさせる。このバランスも天才的ですね。

 やってることが狂気過ぎて感動とかは全然ないのだが、めちゃ上がる映画でもありますね。大変面白かった。

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