”我が剣は何者にも折れぬ”『こころに剣士を』


映画『こころに剣士を』予告編

 フェンシング映画!

 ドイツ、そしてソ連に相次いで占領された小国エストニア。ドイツ兵という過去を持つためソ連の秘密警察に追われる元フェンシング選手のエンデルは、田舎町ハープサルに身を隠す。圧政で親を連れ去られた子供達が多く暮らすその地で小学校教師に身をやつしたエンデルは、課外授業で彼らにフェンシングを教えるようになるのだが……。

 スターリン政権下のエストニア、という、他の映画ではなかなか観られないものが観られる。いつ密告されて収容所送りにされるかわからない中で、元ドイツ軍兵士だったという過去を持つ主人公は、田舎を転々として逃げ回っている状態。新たな勤め先の学校で体育教師になるのだが、課外授業でスキーをやろうとしたら板を取り上げられてしまう。
 一応、都会の大学を出ているせいで田舎者の校長にコンプレックスを抱かれており、事あるごとに邪魔をされてしまう。さあ、いったいどうしたものか、ということで、むくむくと頭をもたげてくる本性……実は彼は、元フェンシング選手だったのだ!

 体育館でこっそり練習しているところを女生徒に見られてしまうのだが、その練習ももう習い性になっていて、やらないと落ち着かない。正体がバレる危険があるけれど、でも剣持ちたいんだ! その気持ちが、初めてフェンシングを目の当たりにしてワクワク全開の女生徒マルタちゃんとシンクロする。試しにフェンシングで課外授業の募集を始めて見たら、学校中の子供が押し寄せる。

 「不器用ですから……」という感じで、あまり愛想の良くない、子供も好きじゃない主人公なんだが、ここはもう腹をくくってやるしかない、ということで、木の枝を拾って剣にするところからフェンシング教室が始まった。
 全編にその競技が好きでしようがない気持ちが溢れていて、練習のイロハから始まり、いかなる妨害があろうがこれをやりたい、他のことでは代わりは決して効かないんだ、ということが繰り返し示される。それこそが人間であり、自由であり、文化であり、スターリン時代の圧政下でも、それを押しとどめることは絶対にできないのだ。
 住民同士が互いに監視しあい、密告が奨励され、些細なことで次々に収容所送りにされて二度と帰ってこない。日本でも戦前の隣組によって同じような光景があったわけだが、本当にクソだな……。そんな恐怖に満ちた時代において、「剣士」であることの意味は? 「教師」は「大人」は子供たちに何を示すべきか?

 時代と舞台以外は全くと行っていいほど目新しいものはない、スポ根もの、部活ものの定番のようなお話で、先生の恋愛話まであったりして、ベタだなあ……!と思うんだけれど、それが全くマイナスになっていない。『ベストキッド』みたいに、クライマックスは試合シーンで弟子が勝って締めじゃないとだろ、と思ってたら、ちゃんとやってたのも好印象。三人で一チームなのだが、決勝戦では一人怪我してしまい、補欠の出番。登場するのはもちろん……あいつだあああああ!

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 他のチームのコーチは女性の体育教師が多いが、やたらときっぷが良かったり、試合のシーンでめちゃめちゃ声出してたりするあたりが地味に既視感があったりと、ちょっとした描写がリアルさを積み重ねてるのもよし。

 恋愛話、同僚の女教師の方が最初は気がある感じで、フェンシング野郎は「不器用ですから……」みたいなよくわかってない顔をしているのだが、段々と逆転して積極的になってくる。密告によって追い詰められ、正体を明かし、いよいよ別れの時を迎え……。連行されたおじいちゃんに「これからは大人だ」と言われてた少年が、せっかくの別れのキスシーンで「電車出ちゃうよ! 急いで!」とまったく空気を読めない童貞感を出していたあたりが皮肉ですね。

 時代が時代だけに重い話ではあるが、圧政もスターリンの死によって終わりを迎え、この物語も実話に即した結びで終わる。じんわりと心にしみるラストが心地よく、2016年の結びにふさわしい映画でありました。いや、もちろん『バイオハザード:ザ・ファイナル』でも良かったけどね!