”大空の向こうへ”『リリーのすべて』


映画『リリーのすべて』予告編

 エディ・レドメインがまたも名演?

 1930年、風景画家のアイナー・ヴェイナーは、ある日、肖像画家である妻のゲルダに頼まれ、女性モデルの代役を務める。だが、それが彼が半ば意識しつつも封印してきた自らの中の女性を目覚めさせる。リリーと言う名で頻繁に女装を繰り返す彼を、最初は楽しんでいたゲルダだが……。

 昨年に引き続きエディ・レドメインが実在の人物の役でアカデミー主演男優賞にノミネート。しかし受賞したのは伏兵アリシア・ヴィキャンデルの助演女優賞でした。実在した画家夫婦を、大きく年齢を下げて配役。風景画専門の夫と、肖像画専門の妻。ある日、モデルが遅刻したことで、夫にヒールを履かせて脚だけのモデルに起用したことがきっかけで、彼を女装に目覚めさせてしまう。

 基本的にバストアップの会話シーン中心だが、まあ役者がこんだけいい表情作ってたらそれを撮りたくなるわな。とは言え、時折印象的なロングショットもぶち込んできて、外さない作り。
 トランスジェンダーという、偏見の対象となっているデリケートな問題を扱うにあたって、美化して脚色してわかりやすく啓蒙するぞ!という方針がほの見え、ほどほどに説明的でありながら、同時にエディ・レドメインのチンコなどわかりやすくショッキングなシーンも入れ込んで、頭と身体感覚両方で理解しやすいように作ってある。

 主人公二人とも芸術家で何がしかの客観性を持ち、表現へのこだわりがあるからこそ、早くから自分の望みや互いの心情を理解してしまう。

 エディ・レドメインが本当にしつこく多様な痛い目に合わされる話で、幼少期に女装して父親に殴られた思い出から始まり、女装して出かけていたたまれない思いをしたり、チンピラに殴られたり、医者に拷問から監禁されそうになったり、羞恥心から暴力などありとあらゆるパターンが待ち構えている。
 それでも……それでもと言い続けるんだリリー! 人には好きなものを着て好きなように振る舞い、自己を規定する自由があり、本当の幸福はその先にしかないのだ、ということを歌い上げる。演技的にもホーキング博士に続いてなりきりが板についていて、本当にヒラヒラの服が着たい人にしか見えなくなっている。

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 女装にヌードにと攻めの演技を見せる彼に対し、受けに回ってるのがアリシア・ヴィキャンデル。ガイ・リッチーの『コードネームUNCLE』では監督が女に興味ないので大した扱いにはなっていなかったが、今回は大熱演。エディが何かやる度にリアクションを見せるのだが、時に困惑、時に怒り、時に不満、でも好きでしようがない、ほっとけねえんだよ、バッキャロー! こちらも大胆ヌードを見せているが、年齢を若く設定したことで、セックスへの渇望もわかりやすく見せる。早く『エクス・マキナ』も観たいぞ。

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 幼馴染ポジションのマティアス・スーナールツさん。ヒゲがないとプーチン大統領に見える。今回も作中に「ボクシングやってるよ」という台詞があるが、『君と歩く世界』のMMAファイターですよ。武闘派イメージなのな。
 この人のキャラクターが、奥さんほど身近で理解しているわけではないし、正直よくわかっていない部分もあるけれど、彼なりに理解しようと努力している観客に近い立ち位置。非常に美味しい役であったね。今回は非常にクールで、あのチンピラどもをマウント取ってボコボコにするより、ボディ一発で沈めそうなイメージ。

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 その小動物のような佇まいとアクションで存在感を残すベン・ウィショー。まあゲスト出演で、最後に見舞いにも来てないあたり、あまり重要なキャラではないのは明白なのだが、ゲイとトランスジェンダーは全然違いますよ、ということをわかりやすく教えてくれる存在。レドメインとの英国俳優同士の絡みを見せるサービス要員でもあるわけだ。

 実話ベースであり、大筋の結末もわかっているわけだが、大変悲劇的な話のようでいて、いや、こうして昔と今の好きな人たちに囲まれて、自分の願いをかなえられた「彼女」は、決して不幸ではなかったということに気づかされる。
 死を迎えるシーンで最後かと思いきや、さらに風景画とマフラーに託してガンガンにスコアで畳み掛けるラストは反則級に泣かせるぞ!

 ある意味では当たり障りなくしかもあざといと言えるのだが、難しいテーマを王道の泣かせに昇華した正統派映画ですね。『英国王のスピーチ』よりずっと良かったですよ。

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