”僕の宝物”『ヘイトフル・エイト』


『ヘイトフル・エイト』本予告

 タランティーノ最新作!

 賞金稼ぎのウォーレンは三人の死体を抱えて雪の中で立ち往生。たまたま通り掛かった駅馬車に顔見知りの同じく賞金稼ぎジョン・ルースが乗っていたため、手錠をかけられながらも同乗することになる。ルースが連れていたのは1万ドルの賞金首デイジー・ドメルグ。彼らは街への中継地点であるミニーの店へと向かうが……。

 一時期、脚本の流出で制作が流れたと言われていたタランティーノの新西部劇。結局、流出したのはパイロット版だったそうで、無事に完成作にこぎつけました。米国では70mmフィルムで公開されたりもしたそうで、画角もシネスコとは違い、より横長。そんな横長画面の雪原を馬車が横切っていくカットなどが超美しく、これはやっぱり70mmで観たかったよ。日本ではもう無理だが……。

 タランティーノのちょうど8作目の監督作であり、メインの登場人物はタイトル通りの8人。舞台となる山荘につくまでも普通に40分ぐらいあり、なかなかその8人は揃わないな……と思ったら、たどりついたところ9人いるぞ? はてな?と首をひねってしまった。
 これはオープニングクレジットのキャストのところで、最初に出てくる8人が「ヘイトフル・エイト」であり、他の人はそこに入りません。最初に揃う9人で言うと、御者の人は省くわけだ。
 ところで、公開前に某映画情報サイトが「9人目の登場人物が!」という記事を上げ、後半のサプライズを割っていたのだけれど、実はこの人もこのオープニングクレジットでバンとでかく名前が出るので、映画的には最初からバレバレであり、タランティーノ自身もそこはあまりこだわっていないのだろう。

 ここ最近、『イングロリアス・バスターズ』や『ジャンゴ』は場面転換も多く、対話シーンはデカプーVSヴァルツさんなどに短めに凝縮しててどんどん娯楽作品然としてきた印象があったのだが、今作はひさびさにしっかり「しゃべりタランティーノ」に回帰。ずーっとしゃべりっぱなし! ミステリであるという宣伝はかなりずれていて、確かに後半は「犯人は誰?」という疑問で引っ張るものの、サプライズはまた別のところにあり。まあミステリとしての要素もありますよ、というぐらいかな。

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 登場人物は皆、曲者の悪者で、後半の大仕掛けにつながる嘘以外にも、多くの嘘をついている。作中で登場人物が真実と受け取った話も本当かどうかはわからない。ブルース・ダーン元将軍の手柄話もそもそも誇張された伝説かもしれないし、彼に対してサミュエル・L・ジャクソンが語る、作中で大きなインパクトを残す彼の息子を殺した話もまた、その場で挑発するための作り話ともとれる。
 そして賞金稼ぎカート・ラッセルが信じていた、サミュエル・L・ジャクソンが持っている「リンカーンからの手紙」がまた最高なのだよね。凶悪な賞金稼ぎの顔が束の間和み、恭しく押し戴くその手紙……中身もなかなかの名文。捕まってるジェニファー・ジェイソン・リーが手紙に唾を吐きかけると、サミュエルが切れる! この下り、序盤の馬車のシーンでかなり長いので、ついうっかりそんなに大事なのか、と思っちゃうのだが、後半で一笑に付されて大爆笑。偽物だあああああ!

 閉鎖された空間では、語られた言葉が真実かどうか確かめる術はない。サミュエル・L・ジャクソンのキャラだけが論理でもってその真実に迫ろうとするが、そうして見えたものもあるいは無意味かもしれない。8人の登場人物がいるがゆえの虚実は、血まみれのカタルシスと共に収束していき、残るのは現実……なんだが、そこで再び「リンカーンからの手紙」にスポットが当たり、不思議な読後感を残す。

 同じ話で、もっとタイトにしてほんとのミステリにすることも可能なんだろうが、そうはしないのがやっぱりタランティーノですね。それでも、殺伐とした山荘と、本来の「ミニーの店」の姿との落差は大きなサプライズ。章立てで時間軸が前後するいかにも作り物の映画めいた構成なのに、体感したような疲労感を残すあたりもさすがですわ。