”涙の川の流れのように”『最愛の子』


生みの親と育ての親の葛藤が胸に突き刺さる!映画『最愛の子』予告編

 ヴィッキー・チャオ主演作?

 妻と離婚し、三歳の息子ポンポンと二人暮らしのティエン。元妻のジュアンは、週に一度しか息子と会えないことに不満を募らせていたが、彼女の浮気が原因のために親権を得たティエンは相手にしない。だが、ある日、友達と遊びに出かけたポンポンが姿を消し……。

 主演と聞いてたけど、ヴィッキー・チャオがなかなか出てこない! おかしいな、主役じゃないのか? 実際のところ後半にならないと出てきません!
 そこまでは我らがホアン・ボーさんの独壇場。田舎町で働いているのだが、自然と周囲の店の人たちの兄貴分っぽくなってるあたりは、『101回目のプロポーズ』と同じだ! 妻の浮気で離婚し、息子の親権を勝ち取り、まあ店は儲かってはいないながらもぼつぼつ生活はできているような状態。ところが、店で暴れてたガキどもを追い出してる間に遊びに行かせた息子ちゃんが帰ってこない! 息子ちゃんは車で帰ろうとしてた母親を追いかけて近所を離れたところを、何者かにさらわれてしまう……。

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 舞台は深圳。駅前は都会だが、ホアン・ボーさんの住むあたりはもう少し雑然とし、区画整理もされていない印象。そのものずばり貧富の差が垣間見えるところ。元妻が新たな夫と住む家は都会側で、そこに怒鳴り込んだはいいものの、いないのでいよいよ青ざめるホアン・ボーさん。24時間は警察にも相手にされず、やっと動き出したらあっさり駅の防犯カメラに映っていた、息子が長距離列車に乗せられる映像……。それは怒るよ……。

 ここから息子探しが始まるが、最初の一年は情報こそ殺到するもほぼ全部デタラメ、冷やかし、偽情報の山。陰鬱な表情のホアン・ボーさん。母親役はやっぱり一人っ子政策絡みの『二重生活』のハオ・レイ。『捜査官X』のピーター・チャン監督は非常に映画らしい演出をするが、ここらへんのシーンは常に曇天で雨が降り、水があちらこちらから滴り……もう泣いてるのはわかったから! 新情報でまたも詐欺師にだまされそうになったホアン・ボーさん。追いかけられて、鉄橋から川に飛び込んで逃れる! ドボンと落ちたその周り、川の水がすべて彼の涙であるかのような演出……悲しい!

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 三年の月日が流れ、ホアン・ボーさんは元妻を自分の通ってるセミナーに連れていく。同じ誘拐被害者が集まっている団体で、自分の体験談を話したり、人の話を聞いたり、集まって新たな手がかりを検討したり……。

 現実の厳しさのみを追求するなら、結局子供は見つからずに終わる、という展開が望ましいのかもしれないが、映画では見つかる。と言うか、モデルになった話でも見つかっているし、統計上は行方不明になった子の4%が見つかった年もあるらしい(公式サイト調べ)。見つからないままに追い求め続ける、あるいは諦める苦しさ、辛さは団体の他のメンバーが担っている。

 田舎の農村に息子の姿を見つけたホアン・ボーさん。教えてくれた人は「お礼はいりません」とすごく親切。今までの詐欺師どもと違いすぎ、これは本物の情報なんじゃないかと期待が高まる。そして現地……鶏に餌をやる少年……あの顔は……あの額の傷は……。
 しかし、肝心のその子は両親の顔をまったく覚えておらず、抱き上げると泣きわめく! そうだっ、子供の頃に教えたあの歌を歌うんだ!

「こげこげこげよ、ボートこげよ」(違う歌です)

が、やっぱりまったく反応なし、フラグをボキッとへし折られた! さすがは実話だっ!

 絵面は完全に子供を誘拐するよそ者なので、近隣の村人が大挙して追いかけてきて、さらに「母親」が必死に迫る……めちゃめちゃ顔を出すのを引っ張る演出が印象的だが、ここで満を持してヴィッキー・チャオ登場!

 ヴィッキー・チャオも、もう気づけば四十歳か。今作ではノーメイクで渾身の田舎者演技。まあ『少林サッカー』でもしてた舌足らずな感じの喋り方を、そのまましてる感もある。
 洒落っ気もなく学もなく都会に出たこともない超田舎者が、母の愛だけを胸に現実に立ち向かう……。
自分の不妊症のために子供ができず、夫が出稼ぎ先の深圳から連れ帰ってきて、それを誘拐とは知らなかった……というポジション。ホアン・ボーさんの息子はDNA鑑定で本人と証明されるのだが、もう一人連れ帰られてきた妹は、マジに捨て子だったから何とか自分の子として育てられないか……。そのためには間違いなく捨て子であったことを証明せねばならず、弁護士を立てて証言してくれる人を探すことになる。

 ここから完全に主役が交代して、後半スタートというなかなか贅沢な作り。直接の誘拐犯ではなかったヴィッキー・チャオの心情も細く見せられ、その愛情に偽りはないのでは、と思わせられる。結局、誘拐犯であるダンナが最悪なんじゃないか、という話なんだが、すでに病死しているというのも痛い。
 息子が帰ってきたけれど、なかなか打ち解けられてないホアン・ボーさんも主犯不在のために憎む気持ちを抑えなければならない努力をしていたり、実に重い展開。
 で、互いの心情に寄り添える部分があるならば、どう落とし所をつけるのか……ということで、ここからは法律や制度の話が一気にクローズアップされてくる。一人っ子制度の弊害である誘拐事件の多発、巨大市場となった人身売買。そして、子の死亡が証明されて初めて次の子を産めるようになる法や、里親制度の不備……。弁護士の語る「この国では誰もが自分の立場でしか物事を考えない」という言葉が印象的。それは登場人物の誰もがそうで、だからこそどこかしら落とし所を見つけなければならないのだが、システムの不備はあまりに巨大だ。

 さすがは実話ベースで、現実にある複合的な問題のどうしようもなさが、物語上のやるせなさに姿を変えてどっしりとのしかかってくる。誰の立場に立ってもどうしようもなく、失ったものは二度と戻らない……。

 「憎まれ役」でもある役を演じたヴィッキー・チャオは本当に熱演で、しかしまあスッピンをさらしつつも、エンドロールではツインテールだったりしてやっぱり自己アピール侮れないな、この女は……と思ったものである。作中でも証言を渋る夫の出稼ぎ仲間を説得しようとして、「今晩泊まっていく?」と身体で代償を支払うシーンが……! いや、これはこれで非常に胸に詰まる展開ではありますが、若干『SO YOUNG』的価値観も感じられてしまったのは気のせいでしょうか……?

 が、ハッピーエンドはあり得ないが、何かしらの意味で確たる結末は訪れ得ないものか、やっぱり無理だわな……と思っていたラスト、突然降って湧いた衝撃展開! ぐふあっ! 「あいつ」め……! と『真夜中のゆりかご』的ショックを受けましたよ。いや……あり得る話だが、これは予想せんかったわい……。

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 ここに来て田舎の教育問題に加えて男尊女卑まで突きつけられて、打ちのめされました。問題根深すぎて、どこから手をつけていいのかもわからない。いやはや、力作でした。

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