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”それでも愛してる”『白鯨との戦い』


映画「白鯨との闘い」予告編

 ロン・ハワード監督作!

 1819年にエセックス号を襲った悲劇……。作家ハーマン・メルヴィルは、その唯一の生き残りを訪ね、深夜の宿屋にやってくる。妻に促され、宿屋の老人は少しずつその物語を語り出す。エセックス号を深海に沈めたその巨大な生き物を……。

 かの『白鯨』が原作……じゃなくて、その着想の元になった実話を原作にした映画。物語はハーマン・メルヴィルベン・ウィショーが、「エセックス号沈没事件」の生き残りのおじいさんを訪ねるところから始まる。「唯一の生き残り」だけど、事件が終わった直後に生き残った人は他にもいて、存命なのはこの人が最後、ということね。
 宿屋の奥でボトルシップを作りながら飲んだくれているおじいさん、最初は「恐ろしい……あれは恐ろしい話じゃ、誰にも言わんぞ……!」と拒否するのだが、宿屋を一人で切り盛りする奥さんに、「ちょっとは稼いでよ!」と怒られ、メルヴィルの持ってきた謝礼のために話し始める。

「これから語ることはすべて真実だ……。面白くはないぞ」

と語るおじいさん。いや、ほんとにまったく面白くないとは思わなかったよ……。
 若返ったおじいさんは新スパイダーマンことトム・ホランドとなり、捕鯨船の末端水夫に。船長の座を約束されながら地元のボンボンにその座を奪われて不平タラタラな一等航海士クリヘムの仕留めた鯨から、頭部の中の鯨油を掬い出す! このあたりはなかなか生々しくて面白い。しかし、これが最初で最後の鯨収穫になりました……といきなり景気の悪いことを言い出し、まったく獲れなくなったために遥か南洋へと向かうことに……。

 ここで噂の白鯨がついに登場! 先に来ていた捕鯨船が木っ端微塵にされていて、「あの悪魔がいなければ……!」と生き残りが語る定番パターン。船長とクリヘムも手ぶらで帰るわけにはいかないし、いまいち危機感のないままにやってきた魔の海域。大量の鯨にヒャッホーしてたが、そこに奴が迫る……!
 いやはや、最初の一撃は尻尾でボートをひっくり返すだけ、という「これは警告ですよ」という紳士さに痺れますね。しかしそれでも危機感のないクリヘム、銛で戦いを挑む! 邦題は「白鯨との戦い」なんだけど、この初戦からして全く勝負にならず、いきなり船を丸ごと沈められることに。すでにライフはほぼ0……。

 いやあ、つええ、強すぎる白鯨大先生。これはソーさんがハンマー持ち出してきても倒せるかどうか……。さて、船もなくなりボートの上にかろうじて数丁の銃と銛だけは確保したクリヘム他生き残りメンバー、果たしてこれでいかに戦うのか……? 結論だけ言ってしまうともはやこのあとは勝負にならず、二回戦ではただ翻弄されるだけなのであった。
 実力差ありすぎ、という意味でまったく『白鯨との戦い』にはなっていないのだが、キャラクターの心情的にも「仲間の仇を取るぜ!」とか「大事な船を沈めやがって!」みたいなモチベーションがまったく上がってこないので、邦題は完全に偽りありになってしまった。

 ……ここまで語って、「もう十分じゃろう」と言い出すおじいさん。おいおいおいおい、そりゃあないよと食いさがるベン・ウィショー。しかしながらここから語られるのは血湧き肉躍る冒険譚ではなく、殺伐とした暗い暗いお話なのであった。
 しかし、回想のクリヘムパートはともかくとして、この宿屋夫婦と作家のパートが若干舞台劇っぽく、妙に芝居が大げさなのだな。ロン・ハワードの語り口の大げささは鯨に大暴れではいいとして、この合間合間にいちいち入ってくる語りシーンではちょっと抑えた方が良かったのではないか。「〇〇したわしが愛されると思うか!?」というじいさんに、盗み聞きしてた妻が現れて「それでも愛したわ!」とか、くさい芝居だな……。

 結局、ボートで漂流したクリヘム、トムホ他は、死んだ他の船員を食って生き延びる。

「食人したわしが愛されると思うか!?」
「それでも愛したわ!」

 ……いやいや、初対面でそんなこと聞いてたら、絶対それはなかったと思う。

「あなたの中に、そうしてでも生き延びた強さが見えるわ」

 ……調子いいこと言うな、この女……売り言葉に買い言葉のバリエーションと言うか、どんなことでもポジティブげに言い換えてしまう強さが見えるわ。とはいえ、このいい歳こいていつまでもいじけているジジイの操縦法としてはこれが合っているのかもしれないし、本音を隠して良さげなことを、たとえ嘘でもいいから言うことが、あるいはパートナー関係を長続きさせる秘訣なのかもしれないね。そう考えると深いのか?

 前振り、語りがそれなりの分量なので、どうしてもこの後の漂流期間もダイジェストみたく端折った形になっている。いや、トータルのバランスで見ればこれはこれでまとまってるし、いい映画なのかもしれない……が、昨今の『ライフ・オブ・パイ』、『ゼロ・グラビティ』、『オール・イズ・ロスト』etc……etc……の体感型漂流ものと比べるとどうも臨場感に欠けてしまうのは否めない。やっぱり虎が必要だったな……。
 マッチョ野郎クリヘムも見る影もなく痩せ細り、ボートに力なく横たわるのみ……。なんだが、序盤は元気→漂流してガリガリに→鯨襲ってきて急に銛持って元気に→鯨が去るとまた力尽きてガリガリに→救助されて元気に、と短時間の間にめまぐるしく弱ったり元気になったりするのでどうも真剣味に欠ける。

chateaudif.hatenadiary.com
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 映像はCG技術の発展によって大迫力と臨場感を生み出したわけだし、鯨の頭をほじる生々しさも手伝ってリアル路線かと錯覚してしまうのだが、こうダイジェストにしちゃうともう少し寓話っぽい味付けにした方が良かったのではないかと思える。せっかくある老人の「語り」にしているのが機能していないし、語りの先の「二人の男の物語だ」も対比ができていない。『RUSH』を引きずっていたのであろうか……?

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 捕鯨業界の存続を危ぶむ船主たちに、生き残ったクリヘムが「鯨に沈められた! 人肉を食って生き延びた! それが真実!」とぶち上げ、最初は黙っていた船長もそれに追随する、というシーンがあるので、じいさんがここまで黙っていた意味もちょっとわからないのだが……。クリヘム一等航海士が手記を発表しているので、ウィショーさんもそれを読んだのではなかろうか。

 最後は石油の登場と、捕鯨に命を賭けた男たちが伝説の中に消えていくことを示唆して映画は終わる。胸のつかえを吐き出したじいさんもスッキリ顔。家庭の危機も回避され、作家は『白鯨』を書いてめでたしめでたし、でありました。

 どうも大仰さが災いして、煽った挙句にあっさり風味、もちろん「戦い」もなかったという、大変地味な映画でありました。『ビューティフル・マインド』の美談仕立てをひさしぶりに思い出したな……。

白鯨 (上)<白鯨> (角川文庫)

白鯨 (上)<白鯨> (角川文庫)

白鯨 (下)<白鯨> (角川文庫)

白鯨 (下)<白鯨> (角川文庫)