”僕らは失い、奴らは殺す”『真夜中のゆりかご』(ネタバレ)


 スサンネ・ビア監督作!


 妻のアナと生まれたばかりの息子と共に暮らす刑事のアンドレアス。ある日、同僚のシモンと共に踏み込んだ現場で、薬物依存の親たちによって育児放棄された赤ん坊を目の当たりにする。保護されない赤ん坊を気にかけるアンドレアス。だが、ある夜、彼の子が突然の死を遂げ……。


 前作『ハゲの美容室』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20130520/1369049801)から二年、今回は赤子誘拐ものということで、またハードな題材に踏み込む監督でありました。冒頭、主人公の刑事が手入れに入った先で、かつて逮捕したことのある男と再会。その子供である赤ん坊が育児放棄をされている……! 寒いところに放置され、オムツも替えずにウンコまみれになっている乳児のビジュアルがまずズバリで、まあここからこのクソ親どもが許し難いのは明確なんですよ。しかし最初は声を荒げず、てきぱきとその世話をする刑事、マジでイケメン、いやイクメン。北欧のアンディ・ラウのようなビジュアルだが、手慣れた様子でオムツを替えて身体を拭いて、母親に状況を諭す……。
 家に帰れば、まさにそれと同じ年頃の赤ん坊がいるんですね。夜泣きするのを妻と代わる代わる散歩に出てあやし、なかなかいい父親感を醸し出す……。家に帰った時にちょいと乱れてた飾り付けを直したりして、几帳面な性格をもうかがわせる。


 長年、子供を熱望していた妻との間に息子を授かり、幸せいっぱいの主人公。一方前科持ちでヤク中で育児に一切興味ない男とその妻……。二組の家族が対比される。主人公は虐待される赤子の行方に気を揉むのだが、『チョコレートドーナツ』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20140525/1401018063)でもあった通り、環境が劣悪でも母親がいる限りはなかなか保護されないのよね。


 子供を欲しがってようやく授かった自分の妻は若干育児疲れ感も漂ってきてるが、まあそれにしたってあいつらよりはずっとマシな境遇だ、ぼかあ幸せだ……そんな風に思っている刑事ですが、突如、降って湧いたように、その夜中に不幸は訪れる。赤子の突然死である……。「乳幼児突然死症候群」は、確かにありえないことじゃないと知識ではわかる。そして刑事だから人の死に慣れている夫に対し、妻は超取り乱し、「通報しないで! したら自殺する!」と絶叫。思い余った夫は、あの夫婦の赤ん坊を代わりにさらってくることを思いつく……。
 いやいやいやいや、なんとなく一石二鳥のような気がしたのかもしれないが、そんなことしても全然解決にならんのじゃないの!? でも通報したら妻は自殺すると言ってるし、どうせあの赤ん坊は助けないといけないんだし……だいたい、あいつらはいずれ子供を殺すのに、僕たちは失うなんて不公平だ!……という考えが短時間で脳内を駆け巡りまくったのであろう。犯行直前、同僚に相談しようと電話するが、彼はアル中なので寝てた……。もうこうなればやるしかない! 条件は揃ってる! 啓示だから! と完全にギャンブラーの心理に……。
 こっそり忍び込んで、トイレの床でやっぱりウンコまみれになってる赤子からおむつと産着を着せ替えるあたりの嫌な緊迫感がまた恐ろしいですね。


 さて、虐待夫婦の夫は完全にモンスター男に設定されていて、全然育児もできないし前科はあるしヤク中だし救いようがない。朝、赤子の死体を発見し、母親の方が「違う子だ」と言うのに耳も貸さずに、殺人になると大慌て。何を考えたかと言うと狂言誘拐……。バカすぎ! しかし……主人公も全然人のこと言えないのであった……。


 最初は正反対に思えた二組の夫婦が、結局子供の死をごまかすために犯罪をやらかすという、同じ方向へと突っ走っていく。主人公の刑事は彼らの行動を合わせ鏡のように突きつけられながら、俺たちは違う、あいつらとは違う、と自らに言い聞かせる……。
 安定剤飲んで寝てた妻は、さらってきた子供を見て「えっ……? この子……誰……?」となる。当たり前だよ! 「こないだ言った虐待されてた子と取り替えてきた。これからはこの子を育てよう」という刑事であるが、言ってる端からどんどん自信なさげになってくる。いや、顔も違うし、母親からしたらこれって愛せるの……?


 今年見た『ラブストーリーズ』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20150305/1425553220)でも、同じ子供の死に対する男女の捉え方の違いが鮮明に描かれていたのだが、今作でもその違いがどんどん露骨に見えてくる。それなりに理解があってイクメンな男でさえも、実は妻のことなんて全然わかっていないし、まったく違う人間なのだ、ということが次々と突きつけられる。この場合、主人公はついつい、「夫婦」「家族」という単位で考えがちで、とりあえず体裁だけ整えれば内心はついてくる……みたいな希望的観測が痛々しい。


 それでも、死体を隠して狂言誘拐をした夫婦は逮捕され、全ては収束に向かうか……と思われたが、代わりの赤子を育てることに疲れたか、妻が赤ん坊を残し飛び降り自殺! 悲劇の上塗りにフルボッコな主人公。さらに、主人公を支えるべく同僚の刑事が一念発起! 禁酒してアル中から脱出し、無駄な有能さを発揮して狂言誘拐の真相に迫って行ってしまうのである。ついこないだまでは心配していた主人公であるが、いやいや、ずっとアル中でいてくれたらよかったのに……と思ってしまったりして……。
 尋問中に赤ん坊の名前を呼び間違えたりして、もう主人公のライフはゼロ。さらった赤子の面倒見るのは自分の母親が知らずに手伝ってくれているが、この状態じゃあこの先の人生が見えないわな。妻の葬儀には疎遠だった向こうの両親が来るのだが、事務的なことしか会話ができず、いったいこっちの親子はどういう関係だったんだと頭を抱えたくなる。


 完全に孤独になり、さらに場当たり的犯行であったすり替えもだんだん不自然な点が見えてきて、どんどん追い詰められていく主人公。この辺りの倒叙ミステリ的なサスペンスの出し方は監督にとっても新境地か。伏線の張り巡らせ方から何から『ある愛の風景』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20101013/1286976966)頃から比べても切れが段違いで、かわいそうな話がどんどん悪い方向へ行ってしまう感覚はそのままに、ソフトSMのように主人公をいたぶりまくる。


 早い所全部ゲロった方がマシだと思うのだが、そこはギャンブルと同じく、今まで張った分がもったいない、あそこで白状するよりもずっとマイナスの状況になってるんだからもう突っ切らないと損だ、みたいな心理になっている主人公。もう庇うべき妻もいないんだがな……そもそも、発端の赤子の死が自然死なんだから、仕方なかったんじゃないか……。しかし尋問の最中、死体を隠した男に「突然死症候群だろ? よくある話じゃないか。罪にはならないし吐いた方がいいぞ」と言うあたり、なんともおこがましい。






<ここからネタバレ>






 ……が、この後で想像もしなかった真相が待ち受けていたのであった……。森の中に埋められていた主人公夫婦の赤ん坊の死体は解剖され、身体には骨折、頭部には血が溜まっていたことが明らかになる……。検死官曰く「揺さぶられっ子症候群よ……これは殺人ね」。


 この瞬間、妻の行動に対しての解釈すべてが一気に反転すると同時に、彼女をいいイメージで見よう見ようとしていた主人公の認識の甘さがすべて暴かれる。両親との関係は良くなかったけど彼女自身はいい母親になれる、不幸にも子供を失ったけれど、新しい子はきっとちゃんと育てられる、大丈夫だ……。いったいそりゃあ何を根拠に言ってたんだ、とばかりに突きつけられる現実。
 序盤にちょっとヒステリーを起こしかけるシーンなど、ちょいちょい伏線を張っていて、実は妻の精神状態は相当にやばいところに行っていたのがわかる。最初に死んでいるのを見つけた時、通報を止めたのは子供と離れたくないからだ、と解釈したが、それは実は発覚を恐れた保身のためであったのだろうし、逆に自殺は、「もう一人殺してしまわないよう」に自ら命を絶った、まさに良心の叫びであったのかもしれない。


 主人公のお母さんは出番少ないけど、いかにも面倒見良さそうでこのピンチにも駆けつけてくれたわけで、多分いい母親だったのだろう。主人公は無意識にその理想的イメージを妻にも投影し、半ば聖化し、普遍的な母性というものがあると思い込んでいたのではないかな。その考えこそが最もっ、危険なのだっ! 「僕らは失い、奴らは殺す」、自分たちだけは大丈夫となぜそんなに思い込むことができたのか……!? 一方で妻の両親はその疎遠さから伺える通り、子に愛情を注いでこなかった、うまく伝えられなかったのかもしれない。


 信じたかったもの、守りたかったものは全て失われ、もはや主人公には隠し通す気力は残っていなかった……。同僚もついに真相に気づくことになる。ようやく妻と息子を葬り、その墓の前にやってこれたシーンで、安堵すら感じてしまうのがまた悲しいね……。
 モンスター男はなし崩しに刑務所にぶち込まれ、残った母子がどうにかこうにかやっていく一方で、数年後、刑事ではなくなりホームセンターで働く主人公が彼女らと再会する、小さな救いを感じられるシーンで映画は終わる。


 主人公は男性だが、その男性に向けて、「育児」に関わる女たちの「悲鳴」を伝えんと作られた映画。内容は重くやるせないが、常に善悪と倫理の中での葛藤を描いてきた監督の作品の中では、かつてなく明快にも感じたところでもありました。

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