”再び走り出す”『Mommy/マミー』


 グザヴィエ・ドラン監督作!


 公共医療政策が改変された架空のカナダ……。15歳になる多動性障害の息子スティーブを抱えたダイアンは、掃除婦をしながら生計を立てている。スティーブが矯正施設で事件を起こし退所になったことで経済的にも困窮するダイアン。息子の面倒を見る人間もおらず困っていたが、向かいの家に住む女性カイラと意気投合し……。


 天才グザヴィエ・ドラン、『トム・アット・ザ・ファーム』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20141105/1415191144)に続いて2本目観ましたよ。今回は監督他裏方中心で、出演はしておりません。
 最近、すっかりドランにはまっている妻が、僕がいっしょに行くと言うと「ええ〜、あなたは好きじゃないんじゃない、こういう映画」などと言って嫌がるのですが、今回もめげずに行ってきました。


 1:1のアスペクト比にどういう意図があるのか、と思ってたが、序盤はキャラのクローズアップを捉えるためで、母と息子の表情を丁寧に見せていく。新世代の天才と言われているが、やっていることは古くからある真面目で丁寧な仕事ぶりそのもので、今昔問わず「映画」が好きなんだろう、というのが作品から見える気がするのだな。『トム・アット・ザ・ファーム』の時も思ったが、エンドロールにしょっちゅう名前が出てきて、現場中を精力的に吹っ飛び回っている姿が見えるようだ。


 ADHDを患う息子を抱えた母親を主人公に、その画面比は登場人物の抱えた閉塞感をダイレクトに表現する。辛いし面倒臭いこと極まりないけど、愛してるし放っておけない存在。だが、その二人だけの関係は互いに互いを閉ざしあって行き、同一画面に収まらせないことですれ違いや断絶を見せていく。


 実際のカナダよりも、見た目はいっしょながら架空の法律を付け加えてディストピア化した社会を舞台にしている。法律一つ加えられただけ……とは言うものの、発達障害児の親が本人の同意なしに養育を放棄し施設に入れることができる、そういった法が成立する背景には、当然、社会にそれを容認する意見や空気感があるということ。まあ映画自体がそこまで切り込んでいるかというとそれは疑問で、あくまで母子の物語でまとめているわけだが、ちょっと頭の片隅に置いておくといいかもしれない。道やバーなどで彼ら親子を見る視線に含まれるニュアンスなどに……。


 さらに画面比の変化を、割とわかりやすいやり方でビジュアル的にどどんと見せてきたから、逆に驚いてしまったな。男の子が画面の端を力で押し開けるようにするとビスタになって……何てことをするんや! 閉塞していた人生に希望が開けた瞬間を、そのものズバリ見せる。母親や、同じく家庭に問題を抱えて彼らの家に通うようになったカイラも含め、皆が未来に夢を見られるようになった……。束の間、それは続き、再び起きた現実によってまた1:1へと戻っていく。


 映画の後半、それがもう一度起きるのだが、前半のは現実に感じられた希望そのものであるのに対し、後半のそれは単なる夢に過ぎないのが切ない。誰もが望む未来は決してやってこない。母は愛を捨て、現実に息子を引き渡す……。
 望んだ夢は夢でしかなかったが、だが希望がなくなったわけではない、と母親は言う。か細いものではあるのかもしれないが、人はそれを求めて生き続ける。少年もまた、閉ざされた扉に向けて、縛めを引きちぎって走り出すのだ……。


 映画作り自体は手堅いが、母親との関係や少年の心理の描写などはついこないだまで少年だったような目線でフレッシュ。こういう感覚で映画を撮れるのはもしかしたら今だけなのかもしれないな。果たして老成して後はどんな映画を撮るのであろうか。

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