”あの番号がまた来る”『イロイロ ぬくもりの記憶』


 カンヌで新人賞、台湾で金馬奨を獲った映画。


 1997年のシンガポール。小学生のジャールーは問題を起こしてばかりで、第二子の出産を控えた母や仕事がうまくいかない父もそれを持て余していた。住み込みのメイドとしてフィリピン人のテレサを雇うが、ジャールーは自分の部屋で寝起きする彼女にも嫌がらせ。しかし、次第に打ち解けて……。


 「いろいろありましたね」という話かと思ったら、「ILOILO」という島の名前のことなんだと。そしてその島が舞台というわけでさえなく、1997年のシンガポールのお話。不景気の中、2人目の子供の出産を間近に控えた夫婦が、長男の世話と家事のためにフィリピン人のメイドを雇う。
 ノミ屋まがいのデータ収集に狂う息子が大変なクソガキで、勉強はそっちのけで教師なんて屁とも思っていない。まさに反抗期真っ盛りで、性格も図太くて遊び呆けまくる……のだが、この少年こそが監督の自身の投影だそうで、その裏に子供らしい傷つきやすさが垣間見える。
 母親は出産を控えてイライラしまくり、父親は仕事を失くしてこっそりタバコを吸い、やってきたメイドはパスポートを取り上げられ公衆電話から故郷の島に電話し妹に預けた娘のことを心配する……。


 それぞれ深刻なんだけど、単体では家族を揺るがすような大ごとにはならないはず、なんだが、こうも積み重なってくると、連鎖的に大カタストロフに発展するんじゃないか、とついつい心配になってしまう。いや、映画ではよくある作劇ですからね。
 だが、そんな崩壊の予感をフェイントのようにして緊張感を保ちつつ、映画は日常の描写を丁寧に積み重ね、反抗期の少年の心の揺れと変化、当時のシンガポールの抱える社会問題を切り取っては提示していく。


 アジア映画がらみではここ数年で見た『親愛』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20130321/1363770330)、『越境』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20140322/1395477148)よりも、もう一つ地味な話なんだが、何も起きないがゆえにより日常にコミットして豊穣さを増した印象さえある。監督の体験ベースだからか、ベタな隠喩として使われるような手垢のついた表現がなくて、メイドさんの髪を切るあたりなどぎょっとしてしまうのだが、そこがまた子供ってものの扱いづらさを示していて面白い。この少年のクソガキっぷりには、彼に対する大人の反応を見ることでまたイライラっぷりに拍車をかけられるのだが、段々愛すべきキャラに思えてくるあたりがいやだ!


 一人の少年に小さな変化をもたらした、つかの間の出会いと別れを丁寧に切り取った秀作。一日一回上映なのがもったいないなあ。

D20 地球の歩き方 シンガポール 2015~2016 (地球の歩き方 D 20)

D20 地球の歩き方 シンガポール 2015~2016 (地球の歩き方 D 20)