"串刺し公の伝説"『ドラキュラZERO』(ネタバレ)


 ドラキュラ誕生の謎!


 1462年、トランシルヴァニア……。串刺し公として恐れられたヴラドだったが、その過去を悔い、聡明な領主として妻子と共に平和な日々を送っていた。だが、かつて人質として暮らしたオスマン帝国の軍が、この地に迫ってくる。斥候隊を探しに出たヴラドだったが、何者かに引き裂かれた彼らの甲冑を発見し……。


 ルーク・エヴァンス主演のドラキュラ映画。もともとオスマン帝国の人質となったヴラドが、悪名を馳せて地元に帰還して王となり、帝国への貢物を拒否して戦を引き起こし、兵力に勝る敵を打ち破った……という史実があり、それを元にした話。後々、串刺し公と呼ばれるほどの残虐行為が話題になるが、それは後付けの眉唾ものっぽい伝承にすぎなかったそうで、本人はそこまで怪物的な人物ではなかった……ということであるが、映画ではいかにも主役然とした好人物になり過ぎているな。


 そもそもブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』は、この串刺し公の怪物的悪名をモデルにして創造されたわけだが、今作では「串刺し」こそ敵に対してやるものの、基本的に家族を愛する紳士的なキャラになっているので、ストーカー版とはまったく違うお話に。ただ、オスマン帝国を撃退した裏には、実は吸血鬼としての力を得てそれを振るっていたのだ……という、フィクションが付け加えられている。
 そんなこんなでややこしいのだが、ブラム・ストーカー版『吸血鬼ドラキュラ』は綺麗さっぱり忘れ去って、ヴラド・ツェペシュさんという人の史実と伝承のみを踏まえて観るのがわかりやすいであろう。


 しかしまあ、実際のところはそれなりに複雑な話であったろう当時のお話を、主人公を無理やり悪の帝国に立ち向かう善人に仕立て上げて単純化し、吸血鬼になってもいい人!にしてしまい、 そもそも三日間だけは血さえ吸わなければ吸血鬼にならずに力を使えます!というどっからひねり出してきたのかわからない都合いい理屈を加えちゃってるので、作中で色々と悲劇が起きても、なんともマッチポンプ的なものになってしまっている。唯一良かったのは、吸血鬼の力で住民を守ったのに化け物扱いされて火をつけられたヴラドさんがブチ切れるところ。ここはルーク・エヴァンスが、なんとか薄っぺらなキャラにするまいと、切れる男を駄々っ子のように熱演していて面白かった。


 妻子と臣民を守ろうとした男が、妻を失い、子だけを守るために臣民を犠牲にして(吸血鬼化させて)勝利する、というラストの展開は、まあそれなりに「業」のようなものを表現していると言えるのだろうが、そもそも主人公のキャラが名前だけで行動の全てが底が浅いので、どうも「悪」に堕ちたことへの落差がないままに終わってしまった感あり。
 ドミニク・クーパー演ずる皇帝との最後の決戦は、もう吸血鬼ということがバレてるので、弱点である大量の銀貨に囲まれて戦う、というハンデ戦に。しかも自分が貢物として前に贈った銀貨をそのまま使われる。まるでクリプトナイトに囲まれたスーパーマンのように苦しむドラキュラ! うーむ、これでハンターがドラキュラを倒したらかっこいいのだが、今作は主役ドラキュラなので、肉体的ハンデを負った人間が頓知で追い詰めたのにやっぱり負ける、という、何とも釈然としない展開になるのであった。しかも皇帝殺されちゃったよ。史実と違うよ。


 実は割合、ヴラド・ツェペシュの物語を丁寧になぞっているな……と思われたストーリーだが、終盤から激しく脱線していって、最後は現代まで飛んでしまうのであった。「彼の名はドラキュラ……!」みたいなことを言って、彼に力を与えたヴァンパイアのチャールズ・ダンスさんが中世ではヨレヨレのボロボロの格好だったのに突然垢抜けてスーツ着て登場して、「さあ、ゲームの始まりだ」なんて言ってしまい、ありもしないアメコミにつながるような体裁で終わる。これはNGワードだろ……。
 うーん、『アイ・フランケンシュタイン』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20140911/1410440793)ほどじゃないが、何だろう、この蛇足感と、「あーはいはい、わかったわかった」と言いたくなる感じは……。
 それなりにまとまった話、映像、美術があるので、『アイ・フランケンシュタイン』よりは安心して観られるのだが、かと言って特に面白いわけではないという、何とも残念な映画でありました。

吸血鬼ドラキュラ (角川文庫)

吸血鬼ドラキュラ (角川文庫)