”恋と時間と卓球と"『アバウト・タイム 愛おしい時間について』


 リチャード・カーティス監督作。これで引退するそうだが……?


 両親と妹、伯父と共に暮らすティムは、ある日父親に、自分たちの家系の男子にタイムトラベルの能力があると告げられる。暗がりでイメージし、拳を握るとその時……! 就職しロンドンへ移り住んだティムは、そこで出会ったメアリーと恋に落ちるが、うっかりタイムトラベルの能力を使い、それをなかったことにしてしまうのだが……。


 『ラブ・アクチュアリー』って、好きな人多いよなあ、観てないけど……ぐらいの認識であった監督。脚本も書いているが、『ノッティング・ヒル』『ブリジット・ジョーンズ』シリーズ、ことごとく未見! 『戦火の馬』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20120310/1331372673)は観たけど、あれは舞台がまずあるからな。
 観てみると、とりあえず自分の好き嫌いは別として、やっぱり硬軟併せ持ったユーモアを忘れない感覚と、小洒落た美術に、毒もあるけど暖かみのあるキャラクター群、これは好きな人が多いのもわかる。
 21歳になった日に、父親から代々受け継がれるタイムトラベルの能力について告げられた主人公の試行錯誤を通して、人生の意味を浮かび上がらせる「ちょっといい話」。お父さん役はビル・ナイで、一向に息子に勝てない卓球の下手さ加減のせいか、そんな能力を持っていることも全然気づかれていなかった。その秘密を分かち合うことによって、父と息子が対比され、図らずも主人公の通過儀礼的な役割が果たされて行くことになる。


 主演はドーナル・グリーソン、『アンナ・カレーニナ』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20130408/1365422119)の田舎もんか……。今回も恋人がいないのを悩む男……なんだが、金髪にはフラれたものの、普通に話も上手いし性格もまともだし、レイチェル・マクアダムスと出会って恋に落ちるのであった。ここらへんからタイムトラベルを使う展開が本格化。しかし、せっかく運命の出会いがあったのに、ルームメイトの脚本家のために能力を使ってそれを反故にしてしまう展開は、いかにももう一山作るためだけのご都合主義であった。後の展開を見ても、もう一回戻ってやり直すのも簡単そうだし。再会するために一週間ぐらい美術館に張り込む展開も、おまえはいつ弁護士の仕事をしとるねんという感じだったが、あれはきっとその日現れなかったら一回戻って仕事に行く、というのを繰り返しているに違いない。
 結局、レイチェル・マクアダムスは別の男と付き合いだしていたので、またタイムトラベルでそのきっかけを丸パクリするという方法に出て、とうとうゲットに成功するのであった。ところで、タイムトラベルで何回もセックスを繰り返すと段々良くなる、という展開は、竹本健治の短編『非時の香の木の実』における、嫌われてたら何回やり直しても一緒という教訓を思い出したところでもありましたね。


 タイムトラベルはこの後も様々な用途に使われ、徐々に制約も生まれてくるのだが、その制約を裏切るような使い方を直後にしたりするので、まあ言ってみればムチャクチャ緩い。しかしまあ話の眼目は設定を見せることではなく、そうして人生を繰り返すことの擬似体験を通じて、観客に自分の送っている日々を振り返り、噛み締めて欲しいということなんですね。


 理屈っぽいことを言い出すときりがないのだが、それよりもむしろ、細かなキャラクターの反応、性格づけのセンスが冴えているのがやはり人気の秘密なのかな。主人公が後に金髪に部屋に誘われ、結局断って妻の元へ帰るのだが、なぜか猛ダッシュしている。別に理屈はない……んだけど、あそこで走ってしまう気持ちはすごくよくわかる! 俺でも走る!という気がするのだ。


 主人公の成人、就職、恋愛、結婚、出産、そして父の死と、人生のイベントが連なる時期にスポットを当てることで、少年から一人前になるまでの成長を描き、より良き人生とは何かを語る。その過程で、ストーリー内での重要度が下がって行くのと同じく、タイムトラベルも主人公の実感として不要なものへと変わっていく。まあそりゃあレイチェル・マクアダムスと結婚してるのに、タイムトラベルに現を抜かしてたら、どんだけ満たされない人間なんだよ、ということになるわけだが……。 ここらへん、『ドラゴンボール』におけるドラゴンボールそのものが、冒険の目的から、単に人を生き返らせるツールへと変わっていったのと似ているな。


 理想の彼女、理想の妻として、作中唯一のアメリカ人ながら非常にキュートに描かれているレイチェル・マクアダムスですが、後半は父との関係に話がシフトしていくので、やっぱり今作のヒロインであり、監督のミューズであるのはビル・ナイなんであるな。彼自身も息子との関係において、死を迎えるにあたって最後の通過儀礼を終える。同じ能力を持った上で人生を先行した唯一無二のモデルケースとしてのキャラだが、そこに留まらずもう一歩掘り下げられた感あり。


 やっぱり作家性の強い監督・脚本家として、彼にとっては映画はタイムトラベルであり、自分の過去を覗き込む行為であったのかな。主人公の「卒業」は、監督の「引退」と同じなのかもしれない。

アンナ・カレーニナ [Blu-ray]

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エロティシズム12幻想 (講談社文庫)

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