”息が苦しい”『ある優しき殺人者の記録』(ネタバレ)


 POV映画!


 施設を脱走し、大量殺人を犯した男。呼び出されて廃屋へと取材にやってきた女性ジャーナリスト。二人の間には、彼らしか知らない過去があった。狂気に取り憑かれた男は、訥々と自らの殺人の真相について語り始める……。


 白石晃士監督の作品は初見。昨年、金沢のイベントで『カルト』を見る機会があったのだが、見逃してしまったのだよね。
幼馴染でもある男を取材するために、カメラマンと共に廃屋へと呼び出されてやってきたキム・コッピ。おお出た、『息もできない』女子高生ではないか。えらく綺麗になっておるよ。しかし、幼馴染は25人の殺人を告白し、あと2人殺せば、かつて事故で死んだもう一人の幼馴染を蘇らせることが出来る、と神の啓示を受けたというのであった。


 この映画、タイトルが最後に出るパターンなのだが、完全に頭をおかしくして電波を受信したと思われていた人が、実は「優しき」人であった、というオチなのだな。しかしながら、こっちは当然宣伝でタイトルを知っていて、チケット買う時にも「『ある優しき殺人者の記録』、二枚ください」などと言っているものだから、実は優しい人なんでしょ、という先入観で観てしまう。
 そうすると、「あ〜、いかにも頭のおかしいことを言ってるようだけど、最後はこれが全部本当になるのよね」と想像をつけた上で全て追うことになり、いかにももったいなかった。




<ここから某映画ネタバレ>


 頭のおかしい人殺しだと思っていたら、実は正義の仕事人だったのだ〜!というのが衝撃のラストになる映画としては『フレイルティー 妄執』という傑作がありましたね。今作の構造もそれと似ているのだが、こちらはわざわざ邦題で「妄執」と付け加えてミスディレクションしているのが特徴。


<ネタバレ終わり>


 不思議なもので、「成功するとわかっている」ことが進行していると、「失敗しねえかな」と思ってしまうのだよね。どうにも頭がおかしく暴力的な人を「実は優しいの」と言われている時間帯が長すぎて、疲れてしまった。怯えるキム・コッピさんやらカメラマンのような普通の人代表のキャラの方が感情移入しやすいし、「ああ、早くこの気狂いに絡まれ続ける悪夢が終わって欲しい」と思ってしまうのはどうしようもない。
 そういう不快感をひたすら喚起する臨場感という意味ではなかなかのもので、男がでかい声を出して暴力を振るう、というのは最も基本的な恐怖であるな、と実感。韓国人キャストということで、言葉が通じない、コミニュケーションが断絶されているところも怖さを煽る。日本語で説明的なことを言われると急激に冷めていくので、そこをワンクッション置けたのも良かった。
 さらにヤクザ風の日本人カップルが登場。ここでやっと優しさがアピールされるか、と思いきや、バイオレント度は二乗になって加速していくのであった。ここでこの殺人者の童貞力がクローズアップされるか、とも思ったのだが、レイプを前にギンギンだったりして、やっぱりただのケダモノであったか……。


 で、オチでは全てが報われてほっこりする……というはずだが、他の三十人近い殺された人らは丸ごと置いてきぼりなので、果たして本当に生き返ったのやらともやもやしてしまったな。映画館で、後からヤクザが入っていくカットなどあれば良かったのに。
 何とも甘ったるいラストに辟易したので、ビルの屋上からカメラごと落ちて死んで何事も起こらないバージョンの方が見たかったね。


 POVとしてはあれこれと凝った仕掛けを大変面白く見た。ナイフで刺された瞬間のカメラの外し方など、実に自然。反面、どう見ても当たってない打撃なども気になった。斬新なテクニックと、まだアップデートされてない古典的な手法の混在という感じでした。
 非常に完成された感じは受けたんだが、それに反して個人的な満足度は限りなく低く、嗜好に合わない映画でありました。

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