”奴らを蹴り倒せ”『チョコレートドーナツ』


 アラン・カミング主演作。


 検事局勤めのポールと、ショーダンサーのルディは、バーで出会ったすぐに恋に落ちる。その翌日、アパートの自室の隣に住むダウン症の少年マルコが、母親に放置されているのをルディは見つける。ポールに助けを求めるルディだが、ポールは施設に預けろと言って身を入れようとしない。失望するルディに、マルコの母親が薬物所持で逮捕されたとの知らせが届き……。


 おおお……アラン・カミング久しぶりだな……『X-MEN2』以来のような気がする……。バーで口パクしているドラッグクイーンという役だが、付けまつ毛がはまり過ぎの似合い過ぎ! 客として訪れた男に挑発的に歌いかけ、あっという間にカップル成立となるのであった。
 相手役の検事ポールを演じるのはギャレット・ディラハントさん。うーむ、出演作はまあまあ見ているはずだが、まったく覚えていない……。実に真面目そうで、逆にちょっと融通効かなさそうなあたりがはまり役。社会に敷かれたレールをひた走ってきたけれど、自分がゲイだと自覚しそこを外れかけている。でもまだカミングアウトしたり、本当にゲイであると公言して振る舞うことは出来ていない。それは社会の冷たい目線もあるし、変わりつつある自分に戸惑っていることでもある。アラン・カミング演ずるルディとの出会いがそれを加速させる。
 ルディはとっくにカミングアウト済みで、それを少しも恥じていないし、仕事柄もあって堂々と生きている。あまり「彼」とか「男性としては」とかいう表現を使うのもそもそも的外れなのかもしれないが、「舐められてたまるか」と思いがちな男に対し、「舐められるいわれはない」という根源的な自信を持っている感じがたのもしい。時にそれは過信につながることもあるし、その奥でルディ自身が歌手への夢とそれに対する気後れも抱えているので、無論通り一遍なキャラクターではない。


 そんなドラッグクイーンと検事の恋愛が始まったと思いきや、まだ出会ったばかりなのに新たな問題が降って湧く。ルディの住むアパートで、育児放棄されてしまったダウン症の少年マルコを、ルディが思い余って引き取ることに。まあ後先考えない行動と言えばそれまでだが、こういう根拠のない自信や義憤に支えられた行動力がなければ、世の中も周囲さえも決して変わっていかないのだよね。果たして、かつて「世界を変える」志を持って法律家になったポールは、忘れていたその心を思い出すことになる。


 実話ベースだが、若干、テーマのために話をハイスパートに進めた感はあり、心通じ合うの速いよ!と思わなかったわけでもないが、人との関係性とは、そうするかどうか決めるか決めないか、という話で、本当はもう出会った時には、それまでの生き方次第で答えは出ているのかもしれないね。
 またこのマルコ少年のいる環境が劣悪そのもので、それまでも単に生物学的に「母親」がいるだけという状況で、部屋の汚れっぷりやボロ着、物のなさなどが恐怖さえ感じるレベル。これを放っておくかどうかは、それこそ出会った瞬間の決断だ。
ルディは全然料理とかできなくて、言い出しっぺのくせに金もないし超頼りなかったりもするのだが、誰よりも暖かいし、ポールが部屋や食事を用意してそれを支えていく。幸せはまず衣食住からだな……。新しい部屋とベッド、そしてスターウォーズのフィギュア! クマ! しかしマルコ無言! えっ、なんか気に入らなかったかな……と心配になる二人! でも実は嬉しすぎで泣き出すマルコ! やめろ! 泣かすな!


 しかし幸せな時間は長くは続かず、ルディとの関係を上司に知られたポールは仕事を首になり、マルコも施設へと奪い去られてしまう。舞台は1980年前後のアメリカだが、さすがにここまでの露骨な偏見と、法の濫用は現在では減っている……と思いたいな。
 ポールは自ら裁判に臨み、時に激昂するルディをたしなめ、時に背中を押されつつ戦いを挑む。個人的な問題がいつしか社会との戦いになる、という話では『ダラス・バイヤーズ・クラブ』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20140309/1394366586)にも通じるところで、本質的に負け戦なところも同じだ。法が個人の権利を守らず、企業の利益や偏見をより強固なものにしていく。時に味方になる、有効活用できるかと思われた制度や判例が、一転して牙を剥く。
 差別と言っても、本当に狡猾な人間は、決して罵倒したり差別用語を使ったりはしないのだな。もっとずっと陰湿なやり方で、制度や法の影に隠れて攻撃してくる。


 ポールは自らに加えてやり手の黒人弁護士を雇うが、それでもはかばかしい結果には結びつかない。最後に守られるのは彼らの権利ではなく「母親」……ヤク中で育児放棄した……の権利となる。「正義なんてないんだな」と嘆息するポールに、弁護士が言う。


「法律事務所で最初に習わなかったか? ……それでも戦うんだ」


 今でこそ同性婚の認められる国も増えて来たが(日本はまだ)、世界はまだカジュアルな偏見に溢れ、変わったとは言い難いだろう。だが、「それでも」と言い続ける人は常にいる。それは、『トガニ』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20120826/1345874382)でも触れられた「世界を変えるのではなく、世界に私たちを変えさせないための戦い」の系譜でもある。


 終盤は涙を搾り取りにきているのだが、その泣かせもまあ、あざとくなくさらっと処理している感じでしたね。後半、法廷物になるとは思わなかったので、熱く燃える要素も感じ、かなりぐっときてしまいましたよ。最後はチョコレートシリーズらしく、ジージャーがあの判事と上司、ヤク中どもをバッタバッタと蹴り倒したら最高だったのにな!

チョコレート・ファイター [DVD]

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