”ピーチパイは夏の味"『とらわれて夏』


とらわれて夏 ブルーレイ+DVDセット(2枚組) [Blu-ray]

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 ジェイソン・ライトマン監督作品。


 シングルマザーのアデルと、息子のヘンリーは、夏の終わりを迎えていた。新学期の始まりであるレイバーデイを控えたある日、買い物に出かけた二人は、脱獄囚フランクによって家に連れて行くように強要される。フランクは危害を加えないと約束し、翌朝まで留まらせてほしいと頼む。緊張しつつも受け入れる二人だったが……。


 ここのところほろ苦い映画ばかり作っていた監督だが、今作は一味違うお話。刑務所を脱獄してきたゴリラのような男に家に上がりこまれてしまった母子。だが、かつて殺人を犯したと言われる男に、母は愛を、息子は理想の父親像を見出して行く……。


 知的かつ物静かなゴリラことジョシュ・ブローリンが、逃げ出す算段をつけるまでの一週間、ケイト・ウィンスレット家に居候し、建物を直し、息子にはパイ作りや車の修理、野球を教える。間にこのゴリラの過去が断片的にフラッシュバックされ、かつてはマッチョではなく痩せていて子供もいたことが示唆される……。
 欠落を抱えて生きていた母子に、突然王子様が現れた……と言ってもいいお話なのだが、殺人犯だし刑務所に戻る運命。カナダへの脱出を計る三人だが、数々の障害が立ち塞がる。


 さてさて、いつジョシュ・ブローリンの過去と本性が明らかになるか……と思ったが、ゴリラは別に悪いやつではなかったのであった。基本的に新学期を控えて夏の終わりを過ごしている少年の目線で描かれていて、都会から来たませガキ少女に離婚家庭残酷物語を吹き込まれた彼は母親に捨てられるのではないかとショックを受けるのだが、ゴリラがいいやつ過ぎて心配したようなことは何も起こらない。ストーリー的には全然ひねりや裏がなくて、オーソドックスに三人に感情移入させる作りになっている。男もまた、かつて家族を失った痛みを、母子の存在によって埋めていくような格好に。


 段々リラックスしてきて、追われているのにポーチでのんびりしたり、庭で野球をしたりして緊張感がなくなってくるのだが、さあ、いざ逃避行という段になって、警官がパトロールしに来たり、近所のオバはんが勝手に上がり込んでくる田舎あるあるが炸裂する。これは「故意に人を殺したことはない」と発言していた男も、もはや撲殺しかないか、と思うところだろうが……。


 どっかで意外な展開や真相を持ってくるかと思いきや、ひたすら恋愛関係と親子関係で引っ張り続けるのが逆に意外であったところ。バイオレンスが炸裂かと思わせて外し、エロティシズムが爆発かと思わせて匂わせる程度にとどめ、少年目線にデンジャラスなものを突きつけるのではなく、あの年頃特有の見えているようで見えていない、興味はあるけど踏み込むのには気後れや照れがある感覚で流していく。
 ロマンティシズムに浸りすぎのケイト・ウィンスレット母よりも、息子の方が語り部らしく冷静な眼差しで、またトビー・マグワイアのナレーションも合わせて、非常に落ち着いた印象。もちろん歳を経て、自分なりの整理を終えて後の述懐なので当然なのだが、映画全体のトーンを印象づけていましたね。


 ゴリラの癖に手先が器用で(いい加減怒られそうなのでやめよう)、パイ作りなんかも教えてしまう。しかもピーチ! 少年の童貞性の隠喩か。それで将来息子ちゃんがパン屋さんになってしまうあたりも良かったですね。トビー・マグワイア、パン屋似合い過ぎ! 思えばこの男自身も、自分の子だと思っていたら別の男の子だった、という過去を背負っていたわけで、童貞懐胎と言えなくもないですね(強引)。


 ラスト、「まだ体力は充分」という台詞が素晴らしく、身体一つあれば人間はやり直せる、ということに感じ入ってしまったよ。ジェイソン・ライトマンだから、いつ冷水をぶっかけられるのかと冷や冷やしながら観ていたのだが、ほんわかと暖かく終わってしまったね。期待したものからするとぬるいのだが、少年目線だとハードな一夏だし、まあ悪い映画でもないので……。

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