”モーレツ復帰演奏会”『グランドピアノ』


 イライジャ・ウッド主演作!


 鬼才パトリック・ゴーダルー愛用のピアノと、彼と一番弟子しか弾けないと言われた超難曲「ラ・シンケッテ」。だが、一番弟子のトムはかつてステージでその演奏に失敗し、舞台恐怖症に陥っていた。五年を経て、妻の後押しで復帰の舞台に挑む事になったトム。だが、緊張を孕んで始まったステージで、思いもよらぬ危機が……。


 演奏の失敗をトラウマとして抱えステージから遠ざかっていたが、映画女優である妻から復帰の舞台をお膳立てしてもらった天才ピアニスト役にイライジャ・ウッド。しかしながらそのお膳立ても中途半端だったのか、空港から駆け込みで会場に向かってぶっつけ本番で臨むことに……。
 その時点ですでに、ほんとに復帰のための舞台なの? なんかプレッシャーかけて嫌がらせして破滅させるための舞台なんじゃないの? とさえ思えてしまう。夫婦間も何か妻の方は忙しすぎなのか、どうもすれ違いが起きているような雰囲気だし……。


 さらにステージ上で楽譜をめくったら、実は謎の男にスナイパーライフルで狙われていることが明らかに……。悪条件が揃いすぎていて、これはもはや失敗は確定か、と思われるのだが、狙撃手の目的は、曲を完璧に弾き切ってステージを成功させることであった……!


 イライジャ・ウッドという人は、まあ本人がどうなのかは知らんが見た目がいつまでも子供かホビットかなので、「夫として」とか「プロとして」とか、そういう一人前の大人として証明してみせねばならないハードルが、普通の人よりずっと高く見えてしまう。そんな人にガンガンプレッシャーをかけたら、もう成功なんて無理だろ、と思ってしまうし、友達の指揮者も「失敗したっていいじゃん」「それも音楽」とかいい加減に言ってプレッシャーを和らげようとしているぐらいなんだが、狙撃手だけはそう思ってないのだな。環境を安定させて余計なプレッシャーを取り除くことと、スパルタで追い込みまくった方が力を発揮するであろうと思うことと、果たしてどちらがアーティストにとって正しい方法論なのか……。


 そんなこんなでテンパりまくっていたイライジャ・ウッドだが、動揺しつつも天才の超絶技巧は少しずつ覚醒。インカムで狙撃手とずーっと喋りながら弾き続け、そのままスマホで電話をかけ、さらに譜面をめくりながらメールを打ちまくる! 弾けと言われてる難曲に比べると前座レベルなのだろうが、これはもう演奏じゃなくて曲芸だよ! 演奏の合間には犯人の指示で席を立ち、楽屋に猛ダッシュ! いくらピアノパートが休みだからって、こんな演奏会ありえねえだろ、と客もザワザワ。しかしそんなツッコミを物ともせず、勢い任せで突っ走る疾走感がいいですよ。
 結果的に段々と肝が座ってくるイライジャ・ウッドが、あれほど嫌がってた難曲を自ら弾くと名乗りを上げるとこでテンションMAX。しかし難曲「ラ・シンケッテ」はこの映画用に監督が自ら作曲したそうだが、とにかく忙しいだけの曲で、このサーカスまがいのステージのラストにふさわしい一曲でありましたね。
 で、実はこの後はアンコールが待ち受けているのだが、心配された夫婦関係の中、夫は妻の性格をちゃんとわかっているという表現にもなっていて面白い。


 最近、凶悪な人役の多いジョン・キューザックがついに業を煮やして襲いかかってきて大立ち回りになるあたりなど、少々大味かつ蛇足な感もあったし、綾辻行人館シリーズみたいな仕掛けはそのまんま過ぎていささか食い足りない。とはいえ、この全編に横溢したライブ感は捨て難く、なかなかいい映画でありました。