”経済動物食ってく?”『銀の匙』


 荒川弘原作漫画を映画化。


 札幌の進学校で挫折を味わった八軒は、家を離れることだけを考えて大蝦夷農業高校へと進学してきた。初めて触れる農業と、それに慣れた者ばかりの同級生に囲まれ疎外感を味わう八軒。自らの挫折と、夢を持たず逃げるようにやってきたことへのコンプレックスを拭い切れない彼は……。


 『鋼の錬金術師』はすべて読んだが、こちらは一巻しか読んでいない。もちろん一巻だけでなく、数巻に渡る物語を一本の映画にまとめている。


 主人公の「夢」コンプレックスを軸に人物を配置し直して脚色し、監督お得意の現実と願望の狭間でもがく若者を主軸にした物語に仕上げている。おかげで、さりげなくエピソードを連ねる週間連載の原作漫画とは、その絵柄から受ける印象と実写作品としての重みがギャップを生んで、ずいぶんと「湿っぽい」イメージになった。これはもう『桐島』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20120905/1346763191)にも出てたあの人が出てくる冒頭から露骨で、重い重い。「経済動物」という言葉一つにしても、まったく重みが違って感じられる。それは、やはり農家出身である原作者と、そうでない監督のその世界との触れ合い方の違いによるものだろう。
 八軒はうつむきがちで暗く、血も牛糞も豚も貧乏も生々しく、駒場はいかにもでかくて話しづらそうで、タマコはひたすらドライで冷たい。もちろん、それは後半では反転してくるし、主人公の一見軟弱だが骨のあるところ同様、登場人物それぞれに「一見」があるものの内面はそんな単純ではない部分も描かれる。それは漫画表現における類型的な描き分けから一歩踏み出して、「キャラ」とずれた内面を描く手法と同じだ。
 しかし、あの絵柄でダークで苛酷な展開にも軽々と切り込んで行くストーリーテラー荒川弘の作家性と、真綿で首を絞めるような辛さとどこか共感してしまうキャラクターを描く吉田恵輔のカラーは、そのタッチこそ異なれど、人間に対する目線において交わる部分も多いのではないかと思う。


 かっちりした仕上がりで、なおかつ作家性もマッチする原作を自己流にアレンジすることで、山から落ちから意味から、これこそメジャー作品というエンターテインメント映画になった印象。『ばしゃ馬』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20131126/1385466331)がむしろくどかったように感じてしまう、すっきりとしたまとまりぶりで、監督のファンとしては若干の物足りなさはあるものの、これこそがメジャー作品と作家性のバランスのありようなのではないかな。監督の得意技がことごとく光り、やるせなさの中でそれでも生きて行く、という人生讃歌が光る。『麦子さんと』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20140109/1389257163)でも、堀北真希を一回肥溜めにでも叩き落としておけばよかったのになあ。せっかく田舎に行ったんだから。


 役者陣も好演で、黒木華のキャラの漫画っぽさと、レースでの決めのシーンでの格好良さが印象に残ったところ。デフォルメのやり過ぎなさのバランス感覚もよろしく、漫画っぽさとリアルの狭間で大いに楽しんだのでありました。

銀の匙 Silver Spoon 1 (少年サンデーコミックス)

銀の匙 Silver Spoon 1 (少年サンデーコミックス)

銀の匙 Silver Spoon 11 (少年サンデーコミックス)

銀の匙 Silver Spoon 11 (少年サンデーコミックス)