”さあ今日も握手しよう”『ダラス・バイヤーズクラブ』


 マシュー・マコノヒー主演作。


 1985年テキサス。仕事中の事故で病院に担ぎ込まれたロン・ウッドルーフは、思ってもみなかったHIVの宣告を受ける。カウボーイである彼は最初は信じなかったものの、図書館での調べ物と日ごとに悪化する体調に、受け入れるしかなくなる。残された余命は一ヶ月。何とか試験中の薬を手に入れようとするロンだったが……。


 去年ぐらいから、いったいこの人の出演作を何本見ているのか、という感じであったマコノヒーさん。去年が『バーニー』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20130725/1374739555)、『ペーパーボーイ』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20130803/1375523993)、『マジック・マイク』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20130821/1377052729)と三本だったのはいいとして、今年はまだ三月なのに『MUD』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20140219/1392725316)、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20140222/1393254709)に続いて、もう三本目か……!


 ヤク大好き、酒も女も浴びるように消費し、ロデオの賭けの胴元して危ない橋を渡って生きている主人公。しかし気づけば激痩せして体調不良、娼婦を呼んでも勃たなくなり、電気技師のお仕事中に感電して運び込まれた病院で、まさかのエイズ宣告……!


 ありえねえー! 俺はゲイじゃねえのに! 最初は自分にそう言い聞かせ、地元テキサスの友達にも同意を求めるが、徐々に不安になってくる。粗暴で学のないテキサス野郎の典型みたいな顔をしていたけれど、図書館で調べ物を開始する。うわあ、似合わねえ、と思ったけれど、考えてみればそもそも電気技師になるのにも結構勉強は必要だったろうしなあ。
 持ってた偏った知識はあっさり否定され、大ショック。追い打ちを食らわすように、検査結果のことをしゃべった友達がそれを触れ回り、バーに言ったらゲイ呼ばわり、うつるから近寄るな、と罵倒! まさにこれが数日前までの自分の姿、そのものなのだな。さらに職場もそうした偏見まみれだから、仕事さえも首になる。繰り返されるブラックアウトの演出が、いつ命がそこで途切れてもおかしくない不安感を増大させる。


 余命一ヶ月を宣告されてヨレヨレだが、「とりあえず薬はあるんだから、飲めばなんとかなるだろ!」と辛うじて前向きさを取り戻す。薬物天国たるアメリカだから、民間療法だとかお祓いだとかに走らないところが即物的でいいですね。しかしAZTは副作用が強烈な上に、認可されてるのがそれだけだからなかなか手に入らない。『グッド・ドクター』のマイケル・ペーニャみたいな顔した掃除夫(要は南米系)の男にこっそり持ち出してもらっていたが、「もう無理だからメキシコで買ってこいよ」と言われてしまう。たらい回しかよ、適当なこと言いやがって、ふざけんなーっ!と思ったのだが、実際に行ったら本当に安く大量に手に入ってしまったのであった……。余命も一ヶ月を軽くクリアし、体調も上向き。さらに医者からのレクチャーを受け、どんどん薬にも詳しくなる。
 ここまでしょっちゅう倒れるし泣いてるし、先が真っ暗どころかもうないと思ってたのが、急激に好転。まあとりあえず、少しは先が伸びた……。もう飲み切れないぐらいの薬を手に入れた彼が次にしたのは、それをアメリカに持ち込んで売ることだったのであった。
 いや、彼の人生はHIVをきっかけに完全に変わってしまったのだよね。もう二度と元には戻らない。それも、今までの価値観はバッサリ否定され、仕事もなくしてしまって、帰る場所さえない。「元の生活に帰る」とか「人生を取り戻す」というのは、こういう難病ものにおける大きなモチベーションだと思うのだが、そこは絶たれている。それでもなお、生きるということ……。それでいて、もう自分の延命の手段は確保したわけで、もうそんなしゃかりきになる必要もなくなっている。まして、法を犯してタダ同然で人に売りさばく意味なんてあるのか……功利的に見れば、まったく非合理なんだが、「でもやるんだ」な。
 それはある意味、余命が限られて死の淵から舞い戻ってきた人間だけが、たどり着ける境地なのかも知れないね。国境を越えて戻って来る時に、聖職者コスプレで乗り切ってしまうハッタリ根性に笑ったが、「再生」してきた人間の無償の行為が、次第に凡百の聖職者なんて比較にならない敬虔さと崇高さまで帯びてくるのだから脱帽ですよ。


 ジャレッド・レト演ずるレイヨンとの関係において、主人公はかつての差別的な価値観からはとっくに転向を果たして悔い改めているのだが、それをわざわざ表に出さないところもいいですな。しかしスーパーで買い物してるシーンで、かつて自分の病気を言いふらした元友人と再会し、まさにそれを行動で示す。「握手しろ!」は自分の中で流行語になったね。また、それについときめいてしまうレトさん……!
 この二人のバディ関係も非常に良かった。主人公はやっぱりカウボーイだからあまり馴れ馴れしくはしたくないので、レイヨンと名前で呼ばずに「あのバカ」とか言ってるわけだが、そんなことしてると、なおさら情が移ってくるんだよね。


 マコノヒーの演技もさることながら、裁判後の拍手のシーンを見て、ああ、実在していたこの人も、きっとすごく魅力のある人だったのだろうと思いましたよ。当時も多くの人を動かし、死後二十年を経てもなお映画になって……。


 治療薬は多数あるのに、認可された一つしか流通させてはならない、という状態は、その流通しているAZTが副作用まみれだということを抜きにしても、アメリカの掲げる自由主義に反している。選択肢がある中で自己責任で選ぶという、西部の男の価値観にも結びつく問題でもあるのだろうね。
 ラストのストップモーションは、まさにそのカウボーイの魂の輝きを示した名シーンでありました。また見終わってからも、じわじわとくる素晴らしき映画ですね。

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