”また野球を好きになりたい”『42 世界を変えた男』


 初の黒人メジャーリーガー、ジャッキー・ロビンソンの実話。


 1947年、黒人リーグで活躍していた野球選手ジャッキー・ロビンソンは、アフリカ系アメリカ人として初めてメジャーリーグ球団のブルックリン・ドジャースと契約する。GMのブランチ・リッキーの意向によるものだったが、ロビンソンを待っていたのはチームメイトやファンからの罵倒や迫害だった。激昂しかけるロビンソンに、リッキーは「やり返さない勇気を持て」と告げるのだが……。


 予告編でイチローが42番をつけている映像なども流していましたが、アジア系選手にとっても重要な意味を持つお話。この映画の中で繰り広げられるような差別が温存されていれば、日本人がメジャーの舞台に上がるようなことも当然あり得なかったわけだ。


 ハリソン・フォードが、まるでハリソン・フォードじゃないみたいに熱演しているドジャースGMが、突然の思いつきのようにジャッキー・ロビンソンをスカウト(この時、名前が挙がっていたサチェル・ペイジの伝記(『史上最強最速の投手』も昔読んだが、おもしろかったね)。
 ロビンソンを待っているのはお定まりの差別と迫害なのだが、特別強烈な表現はないにも関わらず日常と化したそれを見ているだけで、苛立ちがこみ上げてくる。ニガニガニガニガ……うるさいよ! まさに王道中の王道といった趣で、真っ向からそれに立ち向かう理想を描く。
 このGM、当初は真意を隠していて、ロビンソンはそれを測りかねつつも、まあドジャースに入れるんだからとりあえずいいや、と淡白。ラストはそれがやっと明かされて納得……なのだけど、ロビンソンにとってはそれは主たるモチベーションや目的ではないのだよね。彼にしてみれば、野球をやる、彼自身にとって当たり前のことをし続ける、当然存在しているはずの権利に則って生きることこそが重要。人種差別と戦っているのはもちろんロビンソンなのだけれど、差別について考え、それを止め、あるいはなくすように今までと違う行動をせねばならないのは、マジョリティの側であるということを、チームメイトや観客の行動を通して訴えかける。これは、僕たちの問題なのである。


 映像も実に普通に撮っている感が強いが、試合シーンでのロビンソンに迫る投球のアングル、彼に向かって駆け込んでくるランナーのショットなど、ロビンソンのすぐそばにいるような視点を追体験できるようにきっちりなっていて、淡々と進むベースボールの試合展開の中の一瞬の緊張をうまく切り取っている。彼の恐怖、彼の痛みを最も近くで感じ、ロビンソン自身と言うよりは、ちょうどチームメイトのような距離感に立つことができる。
 ロビンソンを忌避し、彼と共にプレイしたくないと嘆願書まで出そうとしていたチームメイトもまた、自身の愛する野球というスポーツを通しロビンソンと気持ちを共有することで、少しずつ変わっていくことになる。
 そしてそれこそが、オーナーがかつて望んだことであったことも明らかになる。ベタなんだけれどこれらを丁寧に見せ切った映画で、それでも、何度でも改めて言い続けねばならんことなのであろう。こういった戦いがあったからこそ、イチローやムネリンがプレーするメジャーリーグの今もあるのだ。


 後にロビンソンと二遊間コンビを組むピー・ウィー・リース役に、『ワイルド・スピード TOKYO DRIFT』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20120830/1346299758)で「ウワバキ」言ってたルーカス・ブラック君! しょーもない差別者役だったらどうしようかと心配してたが、そもそも嘆願書にすら参加せず「実力で勝負だ」と言うナイスガイ。一番美味しいシーンもかっさらい、『アメリカン・ゴシック』以来、長年応援してきたけれど、やっといい役がついたなあ、と感動ですよ。この余勢を駆ってか、『ワイスピ』シリーズにも再登板が決まったそうで、また活躍できるといいなあ。

伝説の史上最速投手―サチェル・ペイジ自伝〈上〉

伝説の史上最速投手―サチェル・ペイジ自伝〈上〉

伝説の史上最速投手―サチェル・ペイジ自伝〈下〉

伝説の史上最速投手―サチェル・ペイジ自伝〈下〉