"髪がないけど大丈夫?"『愛さえあれば』


 スサンネ・ビア監督の新作。また変な邦題? 原題はスウェーデン語で『Den skaldede frisor』だが、自動翻訳にかけたら『ハゲの美容室』であった。間違っちゃいねえが、身も蓋もないな……。


 乳がんの治療で闘病中だった美容師のイーダ。娘の結婚式直前に治療にも一区切りつき、夫と共に会場となるイタリアに向かうはずだった……。だが、夫の二年以上に渡る浮気が発覚し、イタリアには別々に向かう事に。道中、娘の結婚相手の父パトリックに出会ったイーダは、連れ立って別荘へとやってくるも、式間近の娘アストリッドに、夫との事を言いだせない……。


 『ある愛の風景』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20101013/1286976966)、『未来を生きる君たちへ』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20110917/1316257899)と戦争絡みのヘビーな話を撮ってきた監督だが、こちらは打って変わってシンプルな恋愛もの。しかし題材が重ければそれだけで重い話になるかというとそうではなく、恋愛、家庭、結婚など、身近な話だけで構成するからこそテーマが引き立つということがあるわけだ。


 また難病ものか……と思わせといて、物語は治療終了後から幕を開ける。一応、再発の可能性は否定しないけれど、とりあえずは様子見、という状況。やっと闘病生活を終えて、イタリアでの娘の結婚式に夫と一緒に行こうとしていた矢先、その夫の浮気が発覚! 家のソファーで愛人とハメてるところを直に目撃してしまう。病院で乳房再建を断って、「夫は精神的つながりを大事にしてくれている」と言ってきた矢先だったので、ショックもでかい。すでにこの浮気が2年も続いていたことも明らかに。


「おまえが病気で俺も苦しかったんだ〜!」


と言う夫を、許すか許さないかで迷う主人公。内心には、病気を背負い、髪も抜けてしまって自分に自信を持てない心理がある。そこで、妻と死別し独り者のブロスナンと出会うのだが、彼は娘の婚約者の父親。最初は事務的で仕事一辺倒で話し合わねえなあと思うのだが、段々と内面を知るに連れて心地よくなる。
 数日後に結婚を控えた娘と、イタリアの会場で合流し、二つの一族がわずか三日程度だけど共同生活をすることに。なんと旦那が浮気相手まで連れてきてしまい、せっかく黙っておいたのに娘にもばれ、軍隊行ってたけど骨折して休暇とってきた息子にもばれる。ブロスナンは亡妻の妹に迫られており、二つの三角関係がもつれることに。さらに、愛し合う幸せなベストカップルと思われていた娘たちにも密かに危機が進行していた……。


 人間関係が非常に複雑なのだが、表現されることはシンプルで、その関係の複雑さに囚われることはよそう!ということ。その場の関係こそ複雑なのだが、例えば主人公の闘病生活の数年や、ブロスナンの独身時代のことは、具体的に尺を取っては描かれない。その間の夫との生活などはばっさりと切られていて、浮気夫の過去の行状が如何なるものだったかは不明。でも、それはもはやどうでもいい、ということで、それよりも結局、「今」感じている違和感や不快感、あるいはときめきに正直になるべきでは?と問う。


 男女間のモラルや、家族としての形態を問うような話ではまったくなく、子供世代の結婚の危機を通して、むしろそんな体裁や格好を問うことの本末転倒さを描く。
 ブロスナンが割合クールな男役で、亡き妻を想い続けていたりと、理想的に真面目で固いイケメン。仕事に没頭しがちで、どちらかというと堅物。不器用で、息子にも上手く接せられないし、女性を褒めるのも苦手。主人公もあまり情熱的ではなく、言いたい事も我慢しちゃうような人で、老後も落ちついた暮らしを望んでいたりするので、こういう男に惹かれてしまう。たぶん、作り手としてもこういう関係が理想なのだろうか。スサンネ・ビアがどういう人かは知らないが、映画監督という職業柄、このブロスナンのキャラ的な硬さがあるのかもしれないし、同世代の女性としてこの主人公のような悩みも共有しているのかもしれない。


 しかし、理想像なのか自己投影なのか、主役カップルはそれでいいとして、対置されている浮気夫、愛人、妻の妹の描き方が面白い。浮気した馬鹿野郎として設定されてる旦那はもちろんだが、他の二人も大なり小なり空気を読まない無神経キャラ。愛人は一人だけ親戚でも友達でもなく他人なのに混じっていて全然動じないキャラで、食事や式の最中にも突拍子もないことを口走る。結婚の崩壊もやむなし、と考えるようになる主人公の立場にむしろ近いのだが、全然相容れない存在として描かれる。ブロスナン亡妻の妹は、パーティを仕切ってスピーチでブロスナンを持ち上げて、彼の息子の面倒も見たことがあって、少々出しゃばりではあるが、傍から見たらそれほど悪い人とも思えない。が、ブロスナンはぐっと我慢しているのだけれど、実は嫌いだったのだね……。この妹さんはブロスナンが好きなんだけど、「ありえねえ! 姉と正反対だし!」とバッサリ! その前にこの女は主人公のことを「本気なの? あんなハ……美容師なんかと」とdisってしまったのが致命傷だったのだが、それ抜きでも嫌われておったよ。
 とにかくうざい人が嫌いなんだな。無神経なキャラが悪役で、余計な事をしゃべる奴が嫌い。「黙っていても心が通じる関係」シンパという感じで、その点ではちょっと古いというか、いかにも文系だな……。小池真理子の恋愛小説のようだ。ジャック・ブラックとかがこの映画に来たら、ほとんど怪物扱いされそう!


 見ていて、「もう男女関係やだ」「結婚やだ」「家族やだ」という気持ちにさせてくれましたが、まさにそれが狙いで、もっとシンプルに、自分の気持ちに正直になって自由に生きようぜ!というところに着地する話。そのためには、結婚式や夫婦関係の屍を踏み越えて進まねばならない、というところがまたハードだが……。

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