"イライジャ、バターで滑ったってよ"『ウィ・アンド・アイ』


 ミシェル・ゴンドリー監督作!


 夏休み前日のニューヨーク、ブロンクスのとある高校。放課後、バスに乗って家路につく高校生たち。しばらく登校していなかったテレサが金髪になって現れたことで、車内は騒然とする。恋愛話や、仲間内のゴシップ、バターを踏んで滑った同級生の動画……いつもどおりのありきたりな話題が錯綜する中、バスは動き出す……。


 公開直前まで全然存在を知らず、「バスの中で青春する」というぐらいの予備知識しかないまま観に行ってきました。
 夏休み前の最終日、放課後、授業を終えて郊外へ走り出すバス。乗っているのは家路につく高校生たちがほとんどだが、小学生や老人などそうでない客も。もう乗った瞬間からうざい悪ガキばかりで、物語に入り込まないうちは「一般の客」としてそのバスに乗っているような気分になる。あ〜、失敗したな、こんな時間帯に乗るんじゃなかったぜ……。見た目からしてジャイアンのような奴がいて、小学生をどかし、婆さんにセクハラし……。誰か! この車内にゾンビを解き放て! こやつらを皆殺しにしろ!
 無情にも暴力は続き、婆さんが「アフリカに帰れ!」と大暴言を吐いてバスを降りた際で、セクハラのとどめに疑似顔射を炸裂させるジャイアン! しかし次の停留所で降りようとしたところで、走って追いかけてきた婆さんの逆襲! すげえ! なんてスリリングさだ!


 映画は100分間、終点まで走るスクールバスの同じだけの時間を切り取る。窓の外の風景は徐々に郊外へと流れて行く。ニューヨークが舞台だが、多分詳しい人には「あるある」な光景なんであろう。その中で、雑多な集合体、キャラクターの羅列に見えていたバス内部が、徐々に描写が深まり群像劇の様相を呈してくる。濃厚なスクールカーストの香りの中、各登場人物の人間関係が錯綜し、細かな描写がそれぞれの内面を浮かび上がらせて行く。キャストは全員、本職の俳優ではないそうで、自然と呼ぶよりもむしろ混沌と呼ぶのが相応しい雑然とした気配を生んでいる。かと言って雑な映画では全くなく、これをまとめあげてしまった手腕はすごいね……。


 一口では説明し切れない多彩な設定のキャラたちがいて、狭いバスの内部で座席を移りながら言葉をかわす。最初は上辺だけで振る舞っていたものが、バスを降りる直前、降りた直後に、突然その真意を見せることも。時間が経ち、乗っている人間が減れば減る程に関係が動き、「We」が「I」になることで、残った者はその本当の表情を見せ始める。つうか、映画に誘われた時は「知るか! キモい!」とか言ってた女が、バス降りた瞬間に「ほら! 映画行くんでしょ!」と言い出したのには愕然としたよ! なんだこりゃ、アレか! ツンがデレになるアレか、クソッ! 


 高校生の日常のわずかな時間を切り取った映画として、昨年の『桐島、部活やめるってよ』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20120905/1346763191)を彷彿とさせるが、ほぼリアルタイムに凝縮したことで、彼の作品にはない臨場感を発揮している。特に『桐島』に決定的に欠けていた要素……濃厚な暴力の臭いが鮮烈だ。どこへも行けない閉鎖的な空間で感じる身の危険……。時に中学や高校で感じたもの。先のジャイアンや、重要なキャラクターであるマイケル、他の二人の執拗な嫌がらせには、身がすくむものを感じる。こっちに来ないで欲しいな、早く降りないかな、標的になりたくないな、という、身近で起きるいじめの典型だ。密かに苦々しく感じている者も多いが、なかなか口には出さない。そうそう、これこそが学校ですよ。俺の嫌いなね! それだけに、ラスト近くでマイケルに突きつけられる言葉には、胸がすく思いがするのである。
 とはいえ、もはやこちらも高校生ではない。アレックスの格好よさ、名前は忘れたがスケブ書いてる彼のようなぶれのなさ、映画好きの非モテ少年のような秘めたタフさ、バンドやってる奴の図々しさに拍手を送りつつも、迷いを抱えたテレサや、冷水をぶっかけられるマイケルにも、大人になってしまった僕は、何か放っておけないものを感じてしまうのである。あ、ジャイアンとチャラ男はどうでもいいけどな!


 本編には回想でしか登場しないイライジャという少年がバターですべって転ぶ動画が面白く、何度も何度も流されるのだが少しも飽きない。スマホに次々と転送され、バスの中の大勢がそれを観る。終いには音楽までつけられMAD化してしまう。ある意味非在のカリスマ的存在であり、物語のキーをも握っているということで、彼が言うなれば「桐島」に当たるのかもしれない。マイケルが「宏樹」で、テレサが「前田」、アレックスが「キャプテン」で、チャラ男はチャラ男で……とか、ちょっと人物配置も似たところがあって、考えだすと面白いよ。


 キャラの関係性が変化して行くのと同様、観ている自分の感覚もまた、一般客からまるで同級生のような距離へと近づき、最後にはもっと近しい家族のような眼差しを注いでしまったぜ。これは今年のベスト10ぐらいには入りそうな快作。こないだから人にも薦めまくってますが、チラシや公式サイトには強烈なネタバレがあるので決して鑑賞前には観ないで下さい……。見終わった後は、監督のインタビューなどもじっくり読んで味わって欲しいな。

桐島、部活やめるってよ (本編BD+特典DVD 2枚組) [Blu-ray]

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