"その男の名は……?"『アウトロー』


 トム・クルーズ主演映画!


 ピッツバーグ郊外で放たれた6発の弾丸、撃ち殺された5人の男女……。容疑者として逮捕されたジェームズ・バーは、黙秘したまま「ジャック・リーチャーを呼べ」と書き残す。果たして、街に現れるジャック・リーチャー。だが、その時バーは護送車内で囚人に襲われ、昏睡状態に陥っていた。それを見て去ろうとするリーチャーだが……。


 原作はまったく未読のまま観たのだが、ジャック・リーチャーというのは、相当すごい男であるらしい。元軍人だが凄腕、流れ者で決まった住所や連絡先も持たず、法に捉われない嗅覚で悪党を追い詰めて行く。腕が立ち、頭も切れて、ルックスも良くて、自由で、一匹狼で……。実に格好いい、理想的なヒーロー像ではないか。
 登場時点ではその正体は皆目わからないものが、彼の行動を追うにつれて徐々に明らかになる、という構図。メインのストーリーである狙撃事件はあるのだが、観客には最初から実行犯はわかっているし、逮捕された人が冤罪だということもわかっている。黒幕も早々と登場し、動機も中盤で明らかになり、内通者も終盤にはわかって……と順繰りに見えてくるので、あまり話を引っ張ってくれない。


 となると、やはりこれはジャック・リーチャーのキャラと活躍を楽しむ映画、と言えるのだろうが……出てくるのは毎度おなじみのトム・クルーズなのである。予告編でも「その男の名は……」と言われて、つい「トム・クルーズ」と思ったら「ジャック・リーチャー」と言われて、誰?と思ってしまったもんな。
 作中で「リーチャーを呼べ」と唐突に名前が出てきて、刑事も検事も弁護士も「だれ?」と首をひねる。現れたのは、トム・クルーズ。もちろん、作中の人たちは役者トム・クルーズの存在しない世界に生きているのだから、現れたのは見知らぬ男だ。元軍人ということだけはわかっているが、他は風体で判断するしかない。腕っぷしが強そうなわけでもなんでもない、むしろ弱そうな男、40歳ぐらい、角刈り、着てる服は安物……。普通に考えて、これが「重要人物でござい」と現れても、誰もが一笑に付すと思うのだが、対面する人がみんなはっきりした反応を見せないのだよね。彼は捜査の最中、自分が警察関係者と思わせようとわざと曖昧な言い方をしたりするわけだが、安い見た目でバレバレだし、チビ野郎として見くびられてもおかしくない。だが、相手はすべて信じていいのかよくないのかと判断に困ったような顔をするばかりである。原作ではもっと放浪者らしく薄汚れた感じの大男だそうなので、それならば逆に恐れおののいたり過剰に警戒したりしても良さそうなものだ。
 なんだろうな、これはおそらくこの主人公には「危険な香り」とか「謎めいた雰囲気」とか「人を惹きつける魅力」とか、そういうものが漂っていて、誰しもがそんな反応になってしまう、という、そんな演技プランなのだろうな。「トム・クルーズ」という存在には、自然とそう納得させるだけのカリスマ性があるからそれでOK、という……。まるでオレを当て書きしたようなキャラだ!とトム自身思っていそう。


 でもなあ、実際はただの足の短いにやけ顏の男じゃないですか! 凄みとかどこにも何にもないよ! いや、魅力がないわけじゃないけど、そこにいるのはせいぜいいつものトム・クルーズでしかない。いやあ、おトム様には、たぶん自分がすごく「ビッグ」な「ガイ」に見えているのだろうなあ……。セルフイメージというやつですね。で、多分、監督もそれをもういちいち訂正しないんだろう。好きにやらせていて、それで相手の俳優も微妙に困っているのではないか……。
 そんな風に考えると、ロザムンド・パイクやロバート・デュバルら共演者、他のチンピラ役や店員役などの演技にも、妙なおかしみが漂ってくるのである。


 本当ならば開き直って、「チビだけど実は超強え!」「にやけた弱そうな奴だけど、めちゃ切れ者!」ということにしちゃえばいいと思うんだけど、さすがに原作のキャラに合わなさすぎるし無理だったのだろうなあ。女弁護士の前でわざわざ服を脱ぐとことか、おトム様のナルシシズム全開、まさに道化で、どう考えても笑うところである。これでハードボイルドというのは、かなり無理がある。


 ま、こんなことをずーーーーーーーーーっと考えていたら、もう筋とかどうでもよくなって、全然映画に集中できなかったよ。なんかやたらと顔アップでの会話の多い演出も疲れたな……。
 トム様の賢さを表現するためにロザムンド・パイクはかなりバカに設定されているし、そもそも前述の通りだいたい真相は観客の前にだけ提示されているので、必要以上にそう見える。凄腕スナイパーの『ダイ・ハード ラスト・デイ』でマクレーン息子役やってる人をトムがしばき倒すところとか、いかにもハリウッドの洗礼、先輩スター俳優からのしごきという感じで笑いましたが……。
 意味ありげにシルエットの悪役が出てくるので、ははあ、ロバート・デュバルだなと思ったら、まさかのヘルツォーク監督だったのでびっくりした。これも見た目は怖いけど別に活躍しなかった……。「刑務所を恐れない犯罪者」という設定で、最後に帳尻合わせするための存在かな。


 トム野郎によるトム野郎のためのトム野郎ファンムービー。この監督が『ミッション・インポッシブル5』も任されるらしいけど、やっぱり言われるがままに大物俳優のアップを撮ることが出世の早道なのかなあ、と勘ぐってしまうのであった。

アウトロー 上 (講談社文庫)

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アウトロー 下 (講談社文庫)

アウトロー 下 (講談社文庫)