"鮭がのぼれば女もなびく"『砂漠でサーモン・フィッシング』(ネタバレ)


 ラッセ・ハルストレム監督作!


 ロンドンで役所勤めをするジョーンズ博士のもとに届いた奇妙な依頼。それは、イエメンの大富豪が砂漠で鮭釣りをするのに協力してほしい、という荒唐無稽なものだった。一笑に付したジョーンズだが、中東との関係悪化に悩むイギリス外務省は、これを明るいニュースと捉え、プロジェクトに協力するようジョーンズに命令する。渋々と大富豪のシャイフとコンサルタントのハリエットに会うジョーンズだが……。


 どうもユアン・マクレガーとは相性が悪く、出会いからして『ナイト・ウォッチ』(ベトベトベトフじゃない方ね)であるあたりいまいち感漂う。一時期までは『ビッグフィッシュ』と『スターウォーズ』を散発的に観たぐらい。あとは『天使と悪魔』のつまらない悪役ぶりにガックリ来たり、割と最近観た『彼が二度愛したS』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20111112/1321090914)やら『パーフェクト・センス』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20120124/1327314386)やらのしょうもない男っぷりにうんざりしたり(『ゴーストライター』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20111010/1317906322)も映画自体は良かったのだが……)、ちーともいい想い出がないのだよね。おかげさまで、「ああ、ユアンの主演映画ね……スルーでいいかな……」というぐらいには忌避感が生まれてしまい、何かこれを払拭してくれるような映画がこないかなあ、と思っていたところであった。「ユアン萌え」というのは僕の観測範囲ではもう1ジャンルと化していて、できることなら乗っかってみたい、せめて一端に触れてみたい……。


 いや〜、しかしながら、今作もまたひどいキャラクターだったね! 仕事に行き詰まり、結婚生活は冷えていて……と書くと何かかわいそうな人のようだが、描写から性格の幼稚さがビンビンと伝わってくるため、全然同情的になれない。自分が仕事から逃避するために子作りを提案するあたり、自分のことしか考えておらんではないか。仕込むだけのくせに、すげえカス野郎だ! 嫁にすげなくされて鯉に餌やりながら泣きそうになってるあたり、非常に子供っぽいキャラ。
 まあしかし、それも奥さんのことが好きすぎるゆえだとしたらかわいいところとも言えるんじゃないか、と思いつつ見てたのだが、自分の仕事に熱心で僕の仕事に対する嫌悪を理解してくれない嫁とはもう限界だ〜、と言い出す。で、結局嫁と別れてしまったあとは急に仕事熱心になるんだから、びっくりするぐらい自分本位。
 ま、夫婦生活というのは難しい。傍から見て小さなことと思えても、本人からしたら重大な問題かもしれない。幼稚な考え方でも、結局折り合いがつかない原因になるとしたら同じことなんだから。でもねえ、離婚するしないの真っ最中に、恋人が死んだばかりの女を口説くかね? 「いや、恋に落ちてしまったんだから仕方ない!」と言うかもしれないが、どんな恋愛にだって「好きになろう」と決める瞬間がある。自分の結婚生活が冷えてるから、手近で弱ってて落としやすそうな女に手を出すという神経がクズすぎるだろう。


 鮭を中東に運んで根付かせる、という壮大なプロジェクトが進行しているのだが、ユアンが参加する前にほとんど出来上がってるので、ビックリしてしまった。ダムも完成済みだし、じゃあこいつは結局何をやるの? ということで、輸送のプランこそ練るんだが、冒頭で科学やりたいと連呼してるわりにはちっとも難しそうなことに見えない。シャイフの財力でスイスイと進んで行き、何の創意工夫もなされない。「プロジェクトX」的な楽しみは何もなくて、代わりに何をやってるのかというと、死んだ死なないでメソメソした愁嘆場と、それにつけこんだ恋愛だというんだからうんざりなんですが……。
 決め手になる発想も、「たぶん養殖でも大丈夫!」で、信心と科学が全然対比にならず、単に信心だけの話になってるんだよね。科学を尽くした先でこそ信念が問われる、というシビアさはなく、信じる、ということが便利なマジックワードと化している。まさに悪い意味でのファンタジーだ。


 で、結局彼氏は生きていて、寝取りに失敗したユアンがガクーッとなってしまい、シャイフが慰める。この展開はなかなかシビアながら優しさも感じられて良かった。シャイフさんマジ人格者。人格者すぎて嘘っぽいけどな(あ、言っちゃった)。


 さて、ダムが建設計画に反対している現地の人たちによって開けられてしまい、クライマックスでは大カタストロフが! これで彼氏まで流されて「二度目の死」を迎えるんじゃないかと心配したが、さすがに無事だった。そこまで恥知らずのシナリオはさすがに書けなかったか。このシーン、鮭の放流が大失敗して夢が壊されてガックリ、でもダムを開けた彼らに押し付けていた自分も悪かった、とつぶやくシャイフさん、またも人格者ぶりを見せる。しかし気の毒な話のはずが、この放流でイギリス政府と外務大臣の茶番まで流されてぶち壊しになり、そちらは愉快であった。


 夢を抱く中東の金持ちと、どぎつい政治ゲームやってる英国、という対比は割合効いていて面白く、出てこない首相とのチャットなどは笑ってしまったね。こういうブラックな部分は総じて面白いのだが、その裏で夢とか愛とか語る話が薄っぺらでため息。


 で、結局彼氏は捨てられてしまうわけですよ。「戦地で君を想って生き延びてきた。でも君を束縛はしない。自由に選ぶといい」なんて言っちゃって、マジ男前なんですけど。この前に「シャイフって、がめついアラブ人でしょ?」と言っちゃってたのが唯一の失点で、それは確かにつまらない偏見なのだが、会話したこともない人のことを説明もしてもらえないまま善意に解釈しろ、というのも難しいだろう。非現実的な夢物語だってのは誰もが認めているのに。
 アフガン侵攻に価値があるとは思わないし、戦地で兵士として戦うのが鮭の放流するより偉い、なんてことは別にないと思うが、しかし異国の戦場で死にかけてやっとこさ帰ってきたのにこの仕打ちとは、可哀想すぎて泣けてくるね。


 鮭が生きてたラストシーン、どうしようか迷ってた女がユアンを選んで残る決め手になるわけだが、これって鮭がみんな死んでたらやっぱり帰ってたのかね? 鮭が生きてたから残ったなら、そりゃムードに流された吊り橋効果でしょ……。この連中の何がダメって、結局、愛と仕事と人生を混同しすぎで、何にも芯がないんだよね。シャイフさんに影響されすぎで、二人まとめて彼の何番目かの嫁になればいいんじゃないの、と思ってしまう。
 先の彼氏にしろ、シャイフさんにしろ、ダメキャラのユアンをスポイルし、彼に都合のいい展開になるように存在しているかのようである。いや、そのユアン自身のキャラクターも、前半と後半ではギャップが大きくて、ほとんど別人ではないか。最後に(シャイフさんの受け売りの)夢を語るシーンの取ってつけたような安っぽさときたらどうだ。大して何もしてないのに。
 死んだ死なないと無駄にヘビーになった恋愛話をごそっとカットし、政治ゲームに翻弄されつつ鮭放流頑張って、最後に恋が芽生えました、で普通にいい話になったと思うんだが、それで済ませなかった原因はなんなのか。今回もユアン萌えには全くもって近づけなかった僕だけど、この童顔のおっさんには、何か磁場を狂わせるような魅力が確かにあるのかもしれない。普通にゲスなキャラクターで、だだ滑りしているにも関わらず、作り手や観客にそれを認識させない、ユアンならば許せちゃうと思わせてしまう魔力、ユアン萌えの名の下にすべてが許容されてしまう力が……。
 そうして映画はユアンに甘くなり、ユアンに甘い人にも優しいものとなるわけだ。隣の席の人はラストで号泣してたからな!


 今年はそんなにひどいものも見ずにやり過ごせるか、と安心してたが、題材的にまずまず鉄板だろうと予想していた映画が思わぬ地雷であった。もうユアンの面は当分観たくない。

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