"牛タンが美味そうだった"『桃さんのしあわせ』


 アンディ・ラウ製作!


 映画プロデューサーのロジャーの家で60年に渡って勤めて来た家政婦の桃さんが、突然脳卒中で倒れてしまう。仕事を辞めて老人ホームに入ろうとする桃さんに、ロジャーは施設探しから付き添いまで献身的に働く。それは、かつて自分が病に倒れた時に面倒を見てくれた桃さんへの恩返しでもあった。


 見逃しかけてたけど、神戸で観てきました。
 桃さんの為人がそれとなく伝わる構成が素晴らしい。一切過去回想なしだが、映画が始まって後の現在を描くことのみなのに、桃さんと彼女が残してきたものが少しずつ伝わってくる。桃さんは料理上手でこだわりがある人で、いつもアンディ・ラウのために身体に気遣った食事を作っていた。一人暮らしになった後、彼は桃さんほどのスキルはないものの、健康的な食生活を心がけている。子供の頃遊びに来てた友達も桃さんの料理を覚えているし、離れて暮らしている家族もそうだ。
 その一方で、アンディ・ラウを除いて、他の家族に取ってはやはり桃さんは使用人であり、介護が必要になっても金を出し見舞いこそすれ積極的に関わるわけではない。桃さん自身も何も当てにせず、自分で施設に入ろうとする。


 全ての描写が日常の延長で、大きな変化やわかりやすい事件は何も起きない。それまで作られて来た関係性が緩やかに地続きになり、最後の瞬間まで続いて行く。


 老人ホームは、友達(アンソニー・ウォン!)の紹介で安く入れるものの、設備はせいぜい中の中かというところ。楽しいこともあるけれど、別れも日常茶飯事。別な施設に移ったり、とうとうその時を迎えたり……。正月の慰問に至っては大人の事情全開で噴飯もの。そんな何もかもいいところではないのだけれど、桃さんはそれらを受け入れて、淡々と日常を過ごして行く。


 そんな中で、桃さんが良い老後を過ごせるように、彼女の意見や気持ちを尊重しながら忙しい合間にも力を注ぐアンディ・ラウの姿勢が心地よい。進む老いや病の前に、彼もまた無力なのだが、だからと言って腐らず目を背けもせずにあるがままを受け入れる姿。


 「食育は大事!」とか「真面目に働いてれば老後もいいことある!」みたいな教訓を読み取ることも不可能ではないが、ちょっと今作に関してはそんな単純な見方はしたくないところ。いかに老後を迎えるべきか、介護する側はいかなるスタンスを取るべきか、といった技術論的な見方を取ることもしない(無論、アンディ・ラウ演ずるキャラクターの真摯さに見習うべき点は多い)。それよりもキャラクターたち、そこにいる一人の人間がいかに生きたか、という、現実と同じ一つのケースとして受け取りたい、そんな複雑さありきの自然さに溢れている。


 アンディ・ラウの職業が映画プロデューサーという設定なのだが、それにこと寄せてか豪華キャストが出演! ツイ・ハークとサモハンが本人役で出て映画談義を交わしたりするし、試写会とその前のパーティでは、まさかのレイモンド・チョウ御大が登場! お元気そうで何より! 大陸から来てる監督も有名な人かな?


 上映中、同じ列のおじいちゃんが「家かよ!」と言うぐらいブツクサしゃべりくさってむかついたが、終わったあとは彼も含め、周囲の老人客たちに思わず暖かい眼差しを投げかけてしまったね。見逃さなくて良かった良作でした。

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