"絶望的な成長譚"『フィッシュ・タンク』


 三大映画祭週間にて鑑賞。


 労働者ばかりの住むアパートで、母と妹と暮らすミア。昼間から酒を飲む母や、口だけは達者な妹を避け、ダンスに打ち込むことだけが救いだ。友達にも見放され、荒れていたミアのところに、ある日、母の新しい恋人コナーが現れる。ミアたちにも気さくに振るまい、ダンスにも詳しいコナーに、ミアは徐々に惹かれていってしまうのだが……。


 『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20120116/1326690625)や『少年と自転車』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20120516/1337168204)などにもつながる、「かわいくない子供」映画の系譜。もっともこちらの主人公は15歳ということで、保護者目線はもはやなくなり、手持ちで不安定に揺れるショットは少女自身の姿を捉えるのみ。
 団地住まいの母子家庭、母親は何をしているのかもよくわからない劣悪な環境で育ち、妹共々ろくに学校も行っていない。その境遇から鎖でつながれた馬にシンパシーを感じ、唯一没頭しているものがダンス。家では常に母か妹と罵り合い、出かけるけれど行く場所はなく、友達にも見放されている。出かけるシーンはいくつもあるが、どこへ行くのもすべて歩き!


 団地の空き室に忍び込んでダンスの練習に没頭し、近所のダンサー募集のオーディションに、この生活からの脱出を託している。そこへ母親の新しい恋人、ダンスにも詳しいマイケル・ファスベンダーが現れる。
 最初は母親の男関係ということで嫌っているのだが、ダンスつながりで段々心を許してしまい、母親への反発が悪い方向に作用して三角関係のようになってしまう。


 しかしこのファスベンのキャラがすげえ! ヒゲなんか生やしていかにもチャラ男で、主人公の母親のうちのパーティーにビール缶抱きかかえて現れて踊り狂い、いかにも「君と同類だよ」という雰囲気を醸し出している。母親と二人暮らし、という「設定」を語り、「家にいづらい」(だから君のところにいたい)と暗に言う。明るいし子供にも割合親切で、しかし男っぽさを絶対に忘れない。だが、愛想の良さの裏には驚くべき秘密が……。
 『イングロリアス・バスターズ』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20091212/1260619986)や『X-MEN ファースト・ジェネレーション』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20110612/1307871121)まではこんなやりチン役ばかりやってたのだね〜。これはこれで上手すぎるんだけど、新境地もつかめて良かったなあ。


 まあ細かいところは色々と違うけれど、母子家庭の友達を思い出した。どうしても生活は不安定になるし、人間関係も錯綜する。そんな中、どこへも行けない、どこかへ行く力もない15歳の少女の苛立ちと、性への興味を、どこまでもカメラは不安定な動きで追い続ける。
 これもまた成長と通過儀礼の物語で、大人はどこまでも頼りなく汚く、現実はいっこうにままならない。貧困の中で生きる少女は、あわや犯罪すれすれのところに手を染めることに。偶然の積み重ねでそれを逃れた彼女は、やっと自立のきっかけをつかむが、その先の未来もまた見えない。


 共感できるような登場人物は出てこないし、物語の体裁もとっていないのだが、スタンダードの画面に閉じ込められたような少女の苛立ちだけで全編を見せ切る。ロールモデルになってくれるような大人の一切登場しない中での、絶望的な成長譚。それでも先へと進む、少女の未来に幸あれ。

ものすごくうるさくて、ありえないほど近い Blu-ray & DVDセット(初回限定生産)

ものすごくうるさくて、ありえないほど近い Blu-ray & DVDセット(初回限定生産)

少年と自転車 [DVD]

少年と自転車 [DVD]