"史上最遅最弱の牙突"『るろうに剣心』


 ジャンプの人気漫画原作映画!


 かつて幕末の京都で新撰組と死闘を繰り広げた、伝説の人斬りと呼ばれた男がいた。赤い髪、頬には十字傷、史上最速の剣・飛天御剣流を操る、その名は緋村抜刀斎……。明治維新から十年、東京の街に抜刀斎と神谷活心流を名乗る辻斬りが出没する。神谷活心流の師範代である神谷薫は、流派を騙る辻斬りを追う中で、赤い髪と十字傷の男と出会う。だが、流浪人を名乗るその男が持つのは人を斬れぬ逆刃刀であった。彼は何者なのか? そして辻斬りの正体と目的とは?


 思い入れのありすぎた『カムイ外伝』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20090921/1253552884)が壊滅的な出来だったので心配していたが、まあ今作に関しては全巻読んだもののさして思い入れもないし、谷垣健治の仕事っぷりを確認するために気楽に観られるかなあと思ったところ。


 さて冒頭、これって鳥羽伏見の戦いかな? 佐藤健剣心に対峙する、新撰組のコスプレした江口洋介! タバコふかしながらチャンバラをかます姿は、かの「あんちゃん」(『一つ屋根の下』)の人がなにか変わった格好をしているようにしか見えない。これ、何の役? あ、新撰組の下っ端隊士かな。これから抜刀斎に惨殺されるデモンストレーション要員だね……え? 違うの? も、もしかして、このチンピラバージョンのあんちゃんがさ、斎藤一……そ、そんな馬鹿な……!?
 いや、予告も観てるし知ってたけどさあ。この映画のダメなところのおおよそ8割ぐらいは江口洋介がらみじゃないか?
 なんだろこれ、大物だから監督も演出できないのか? いや、冒頭のシーンはまだ斎藤も血気盛んな二十代なのだから、少々荒っぽい表現でもよかろう。だが、再登場以降は演技プランがあったとは思えない。大股開いた偉そうな態度で画面の真ん中に立ち、常にニヤニヤ笑い。すげえ小物臭だ!


 斎藤一というキャラクターは、剣心の「人斬り」としてのダークサイドに近い存在でありながら現代におけるもう一つの在り方としてのモデルであり、それゆえに彼の矛盾を突く存在なんだよね。
 その設定を作中の言動や行動で印象付けなければならないのだが、妙に出番の多い割にはネチネチネチネチとひたすら台詞で絡むだけ! そもそも原作ではここで登場せず、警察が無能をさらけ出す展開なので、そこに無理やりねじ込まれているために、まとめて無能なようにしか見えなくなってしまっている。香川照之をおどかすシーンのみっともなさときたらひどいし、警官が殺されたのを剣心に「おまえのせいだ」と詰め寄るが、いやいや、おまえの仲間なんだから、まずおまえが助けたらええやん……。完全に自分のことを棚にあげた人で、普通の話だったら口だけ野郎として成敗されるか、びびって醜態をさらしそうなところ。
 そもそも剣心の人斬りとしての影の部分をまず浮き彫りにしたのは、もう一人の人斬りたる刃衛で、彼のエピソードがあってから、それ以上の課題として斎藤や志々雄が登場するからよりストーリーが深まったのであって、刃衛と斎藤は同時に出すと各々の役割が互いに生きなくなってしまう。剣心拘留後の立会いで優勢に進める部分も、刃衛や蒼紫に勝った剣心を圧倒するからこそ、その凄みが出るわけで、いかにも尚早。


 今回の話の原作にないのに登場させた理由は、まあ人気があるキャラだから、というのともう一つ、ここで出して置いて次に『京都編』やる場合にさっと本題から入れるように、とのことだろう。が、それならそれでもう少し見せ場を作りキャラクターを作り込まねば話になるまい。
 ただこれ、はっきり言って江口洋介自身に、やる気がないよね。観柳邸に脈絡なく現れて、予告編でも見せていた牙突を繰り出すわけだが、このポーズ、一見決まっているように見えて、全くダメ! 牙突の肝は下半身だから! あの刀の構えと同時に姿勢を低くし、バネを使うからこそ爆発的な突進力を生むのではないか。出番多い割に見せ場が少ないんだが、おそらくまったくトレーニングしてない。今作のアクションシーンのクオリティはかなり高いが、佐藤健が特訓を重ねたのと裏腹に、江口は「大物ゲスト」気取りで何もやっていないのではないか。演技のいい加減さにも通じるが、これが作品全体から発せられるはずだった「プロ意識」に大きな水を差している。
 結局まともに動けないから、この後で今年最大の珍シーンが生まれるのだよ。突進するはずの牙突がぴょよよーんと斜め上方に飛んでシャンデリアをドガシャーン! えっ!?と声が出たわ。ここは正面から突っ込んでガトリングガンを粉砕するとこだろ! 
 「悪・即・斬」も出なかったが、このドヤ顔演技でやられても困惑するだけだったろうから、これで良かったのかもしれない。


 いや、今作、公開前から佐藤健の特訓ぶりは聞き及んでいた。剣戟シーンのスピード感は大したもので、少々カメラ寄ってごまかしてる感もあったものの、本職アクション俳優でもないのだから許容範囲だろう。最初にまず感心したのが、薫が剣心に対して刀を振り回すところ。ちゃんと頭があった位置を木刀が通過している! 地味ながらここはリアルさを感じたシーン。綿密な準備と訓練の賜物だろう。きちっと「プロ意識」を感じたところ。他にも地味なところでは、恵役の蒼井優、頬ふくれとるくせになにそのつり目メイクおかしいだろ、というところは置いといて、殴られたり突き飛ばされたりするシーンで部屋の隅から隅まで吹っ飛んでおった。飛び過ぎなぐらいだが、思い切りいいなあ。
 全てが完全にはまってるわけではないが、「いいものを作ろう!」という意気込みは、役者陣からも感じたところであった。だがなあ、それだけに江口洋介の大物っぷりが痛い……痛すぎる……。大資本の邦画におけるテレビタレントの起用、という構造的問題も大きく絡みそうだが、タレントの名前だけ揃えた安直な企画が横行する傍らで真剣に取り組もうとしても、狭い業界で俳優やスタッフが重なればそこには温度差ができる。ぬるいもの作りにしか関わってこなかった人を起用することで、そうでない人まで汚されてしまう。これは本物を目指そうとすればするほど、今後も大きな問題になりそうな気配。


 脚本は前述の通り、おそらく次作を見据えて、今回はここまでの話をまとめるということが前提になっていたのだろう。マクロレベルで破綻するのはある意味しようがないことだが、細かい部分も色々とおかしいよなあ。特に毒のくだりの無茶苦茶さにはびっくりで、なんで医者がいないのに道場に病人運んで来るのか、とか、毒を誰が入れたのか恵さんがなぜか口にしないうちから剣心と左之助が殴り込みの準備をしてるとか、意味が分からない。「あいつの仕業よ!」とでも一言挟めばそれで済んだものを。
 外印と番神はこれだけキャラが違うんだから、オリジナルキャラでも良かったんじゃないか? 外印がおじいちゃんじゃないのはいいとして、ヅラ取ったら金髪なのには首をひねったし、ここでまた士族云々言うのも余計で、今回は「人斬り」に絞れば良かったのに。あと、2丁拳銃も単体のシーンとしてはいいが、後のガトリングガンで「連射」のすごさを見せるのだから、ここは拳銃は一丁にして必中を狙うような……そう『ドラゴン危機一発’97』のような演出が良かったんじゃない?


 「これが心の一方だ〜」とか説明台詞がくどいのと、ラストシーンに薫が延々叫ぶシーンには辟易したが、まあまだ台詞は少ない方かな……。全体的に演出はくどくて説明的だが、もっとひどいテレビ邦画もいくらでもあるので。
 ただ、それにしても京都のシーンの回想はすごかった。これはあると思ってなかったし、巴が後姿だけ出てくるのもまずまず新鮮だったのだが、志村けんの斬られてるのに死なない人のコントをここでやられるとは思わなかったなあ。どんだけ引っ張るのよ! このギャグは、


「一筋縄では行かないキャラクターを表現しました」byチャウ・シンチー(『喜劇王』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20110419/1303139874))


をまさにそのままやったかのようだな。
 巴が出るところも、ほんのワンカットチラリと映せば、さぞ印象的なカットになったろうが、後姿とは言えあんなにジロジロ見てたら、再会の時に気づいてしまうではないか。


 佐藤健は表情が良くて、特に釈放されてから薫が迎えにくるシーンで、おおっぴらに顔には出していないけれどすごく衝撃を受けたのが伝わる。剣心は早くに大人になってしまった人で、経験を積んで達観した面もあるのだが、その実二十代の若造的な甘さも多分に残していて、「どうせ自分が他人に受け入れられるわけがない」という、悪く言うと拗ねに似た感情を持っていたところを、彼女に真っ向から否定されたことが、物凄い驚きだったわけだ。別に好きな俳優ではなかったが、これは人気が出るのも納得である。ただ、のほほんとしていながら時々シリアス、という剣心にははまり役だったものの、その裏の狂気の人斬りという、三面性を演じるには少々力不足であったか……。クライマックスはもっと落差を出さないと盛り上がらないところだ。


 原作はシリアスなテーマに正面から取り組んだ作品だが、少年漫画らしく単純明快なキャラクターと丁寧な説明で、わかりやすすぎるぐらいにわかりやすく仕上げた漫画でもあった。正直、後半はキャラクターによる解説と説明台詞が多すぎたので首をひねった面もあり、コミックスに至っては作者自身が内幕を延々書いているのに辟易したぐらい。戦闘の迫力を表現し切る画力があっただけに惜しいと思っていたところ。
 それほどに「読み解く」という作業が不必要なぐらいに懇切丁寧なわかりやすい作品であるにもかかわらず、映画という媒体に乗せるに当たってキャラクターやストーリーが消化され切っていないのはどうしたことなんだろう。


 映画の規模は違ったけど『ペルソナ』と同じく、かっこいいのに殺陣に何かが足りないのは……まあほんとの達人が出てないからなんだがね。動くことはできても、「静」を表現するには至らなかった。まあこれは今後に期待したい。
 2時間越えだが寝なかったし、決して全くつまらなかったわけでもなく、単に「惜しいところ」が目立ちすぎるだけで、言及しなかったところはまあまあ良かった部分も多い。『追憶編』みたいに必殺技名は頑なに言わないのかな、と思っていたら、最後に飛び出したのも良かったね。吉川晃司もしゃべらないところが良かったし、彼は格好が格好だけにスタントマン使っててもわからんよね(笑)。
 脚本さえ変にひねらず、十部作ぐらいやるつもりで、今回は剣心vs刃衛に絞って90分ぐらいにまとめたら、結構締まった映画になったんじゃないかなあ。ただ、そういうことを許さないのは邦画の構造的問題(そこそこヒットすることも含め)でもあって、今後その問題が解決することもないだろう。


 以上、別に原作に思い入れのない人の感想でした。いや〜、大して好きじゃなくて良かったね。ファンならもっと悶々としとりますよ、これは。

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