"首無し騎士は誰だ"『捜査官X』


 大阪アジアン映画祭2012(http://www.oaff.jp/)で鑑賞、六本目! ついにクロージング!


 田舎の村を襲った二人の強盗が死んだ。数年前に村に住み着いた紙職人の男ジンシーと揉み合いになり、事故のような形で死んだという。事件の検証にやってきた役人のシュウは、二人の死に不審を抱く。彼らはもしや武術によって殺されたのではないか? ジンシーとその家族について回り、証拠を探そうとするシュウ。ジンシーは本当に武術家なのだろうか?


 2012年もドニー・イヤー! と言いたいところだったが、『関羽』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20120119/1326956879)がどうにも体たらくな内容で、『イップ・マン 誕生』にはそもそも出てないという状況。今作にかかる期待は大きかった。監督はピーター・チャン。クロージングでのインタビューによれば、『武侠』というタイトルをつけながらも、その武侠とは何かという部分に迫るのに、今までの作品とは違うアプローチをしてみたかった、ということ。
 さて、それはいかなるアプローチかというと、舞台となる時代においても超人的存在であった武術家に、科学的捜査と推理で迫る、というもの。言うなればカンフー・アクションとミステリの融合だ。監督は『武侠』というタイトルに非難が集中したエピソードを紹介しつつも、そこへの思い入れを語り、さらに『捜査官X』という邦題にも言及。これもいいタイトルなんじゃないか、と語った(半笑いだったけど……)。
 金城武演ずる捜査官シュウが、何の変哲もない職人が野盗二人を倒したことに不審を抱き、その謎に迫る、というオープニングのシークエンスはなかなかテクニカルで面白い。しかし、だいたいこのアプローチは冒頭30分ぐらいで、あとはどんどん謎の職人=ドニーさんのアクションと過去話に流れていってしまう。推理の必要がなくなった捜査官シュウのドラマは、彼自身の過去につながる善と法、人間は罪を償い変われるのか、というテーマで展開して行く。


 田舎の寒村で起きた不思議な事件と、そこに街からやってきた捜査官……という設定はティム・バートンの『スリーピー・ホロウ』に似てる、と思っていたが、このシュウというキャラクターもイカボットとかなり重なる。科学捜査や法への信奉、トラウマを背負いそれを打破せんと生きているようでいながら実はそれに捕われてしまっているところなど……。今作における「首無し騎士」は彼にとって存在してはいけないもの、すなわち「罪人」でありながらその過去を償おうとしているもう一人の主人公、ということになるのかな。その彼の存在によって、シュウも自らが抱いて来た価値観を揺さぶられ、自己を見つめ直す事を迫られる。
 で、『スリーピー・ホロウ』でイカボットがカバンに詰込んでる科学捜査アイテムが全くと言っていいほど役にたたず、後半の馬車の上の格闘シーンではそのカバンで首無し騎士を殴ってたあたりも、今作でシュウ=金城武が捜査に必要な技術として針を学んでいたはずが、最後は敵にブスーッと刺していたとことかぶるんだよね。


 そこらへんに着目していくと『捜査官X』というタイトルでシュウが主役の話……と読むのもあながちずれてもいない……という気がして来るが、実際のところはドニーさんが首無し騎士ばりのメインアクターなのは揺るぎなく、やっぱりこの映画は『武侠』なのだなあ、と思うのであった。
 どうにも不穏な表情で、あまりただの人には見えないドニーさん。いや、昔のもっと若い頃は、現在のようなカッコ良さを追求しようとして滑り、なんだかアホっぽいナルシストスレスレになってしまってないか、という作品もあったのだが(『COOL』とか……)、今になって本当の渋さや老成した達人としてのムードを身につけた結果、パンピー演技ができないというのは皮肉なものである。まあ今回はその裏に達人としての素顔があるんだから、別にただの人に見えなくてもそれでいいのであるが。村人は田舎もんだからそういうのがわからんのだ!
 金城武の捜査シーンをハラハラしながら見守った後、ついにドニーさん大爆発のシーンが訪れる。ん〜、今作の場合はちょいネタバレになるんで詳しくは書かないが、過去を隠した元戦闘マシーンということで、『処刑剣』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20110530/1306672092)あたりに近いキャラクターだな。この中盤はもう安心のクオリティなんで堪能しよう。
 ここまででも、ほぼ観たいものは充分観られた満足感があるんだが、まだまだです。なんとここから、まさかの「お祖父ちゃん」キャラになったジミー・ウォングが登場! この日の昼に観た『星空』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20120325/1332664607)のお祖父ちゃんと違い過ぎてビビったね。日本では絶対真似できない幼児虐待アクションに、いやあ香港映画って本当にいいものですね、という思いを新たにしつつ、クライマックスを楽しもう。ここのジミー・ウォングのド迫力は本当にすごい! 昔の主演作より動いてるんじゃないか、とも思ったぐらい。さて、ジミーさんと言えば「片腕」だけど、これに関してはちょっと意表を突いたアプローチをしてくるのでお楽しみに! 監督によると現場で思いついたアイディアらしいが、たぶんドニーさん自身も近年の作品群を経て、また違う事をやってみたかったのであろう。


 おなじみ谷垣健治も悪役で出ていてドニー組の映画としてもがっちり楽しめるし、ピーター・チャン監督が『武侠』というタイトルに託したテーマ性の部分もきちっと描かれていますよ。村や周辺の自然のロケーションもいいですね。
 お話としてのスケールはそれほど大きくないんだが、その小さなストーリーと限定された舞台に大きな予算を投じ、大作感のある豪華な作品に仕上げている印象。期待に違わぬ作品で、映画祭のトリとしても素晴らしかった。ありがとう大阪アジアン映画祭2012!

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