"ションベンでも飲め! 星でも食らえ!"『メランコリア』


 ラース・フォン・トリアー監督の最新作!


 姉のクレアとその夫の豪邸で、マイケルと幸せな結婚式をあげるはずだったジャスティン。だが、式場で彼女は段々と浮かない顔になり、奇妙な行動をとり始める。彼女に何が起こったのか? 一方、メランコリアと名付けられた巨大な天体が、徐々に地球へと激突の危機を増して迫っていた……。



 キルステン・ダンストの行くところ、必ずや結婚は破綻するのである。『モナリザ・スマイル』しかり、『スパイダーマン2』しかり、『幸せの行方』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20120207/1328607353)しかり……。その系譜に新たに連なった今作では、まさにその集大成とでも言うべき圧倒的なぶち壊しっぷりを披露してくれたのであった。


 第一部の結婚式における、いたたまれなさが素晴らしすぎる。大遅刻(本人のせいではないと言え……)かましておいて、まず馬に挨拶しに行く花嫁キルステンの空気読めなさ。二時間遅れでやっと始まった披露宴だが、あれって体力も神経も使うイベントなんだよなあ。気まぐれで芸術家肌、神経質なキルステンは、おそらく持病の鬱を発症し、どんどんやる気をなくしていく! 理由を見つけては会場を出て、控え室にエスケープ。シャルロット・ゲンズブール姉と、その旦那にして式場である豪邸の持ち主キーファー・サザーランドが、「時間を守れ」「君が主役なんだぞ」「今日だけは馬鹿なことしないで」と言うのだが、言えば言うほどその行動は奇矯さを増していく。待たされてイライラしかけてた招待客も、事がおかしいことに段々気づき始めるのだが、披露宴の空気を壊さぬように作り笑い。その作り物の空気を、嫌々来てるキルステンの母ことシャーロット・ランプリングが罵倒! ここで罵られるのは結婚式そのものの欺瞞だが、「無茶いうなよ」と思わせた母の言動に沿うような行動を、どんどんキルステンが取っていくのである。


 ここらへんの時間経過がたまらなく遅く、参加者全員の「早く終わらねえかな」という気持ちが観客の感じるかったるさとシンクロする。手持ちカメラで揺れる画面が臨場感を煽り、より苛立ちを増す。それでもどんどん進行を遅らせるキルステン&母! お色直しの途中で風呂に入るその無神経さに、ついにキーファーが激怒して嫁に愚痴!


「あのクソアマども、風呂になんか入ってやがる! 客室はシャワーだけにしとけば良かった!」


 いや〜、いかにもキーファー・サザーランドらしい小物臭が漂う台詞で、爆笑してしまった。自分が持ってる豪邸が自慢のキーファー、最大のセールスポイントはゴルフのホールが18番まであるところで、花嫁にもそのことの暗記を迫っている。しかし、日頃からそれが気に入らなかったのか、ついに式場を抜け出してグリーンのど真ん中で野ションベンを炸裂させる花嫁キルステン!


 式典というのは、催す側も参加する側もお互いに暗黙の了解をしていないと成立しないもので、一方がそれをもう一方に迫ったところで、互いの納得がなければ必ずや破綻するのである。卒業式の日の丸君が代問題を例に取るまでもなく、催す側は自分の側の都合を通して思い通りの形でやりたいし、それを強制しようとするわけだが、自らのこともそのルールでがんじがらめに縛っているために、真にフリーダムな人間を止めることは絶対にできないのだ。
 そして、形式ばかりにこだわり、それぞれが役割を演じ、それをもって互いに「祝福している」「喜んでいる」という体裁を示すその空疎さ、虚しさ! そんな偽物をぶっ壊しちまいてえ、取り澄ました面した野郎どもにションベン引っ掛けてやりてえ、わかるよその気持ち……!
 ド金持ちだが主体性なさげな新郎、プレゼントは林檎園なのだが、花嫁は興味ナッシング。これも結婚式の延長のようなもので、当然「喜んで見せる」役割を期待されているのだが、続けてセックスまで拒んでまったくその気なし! いやいや来てる母親! 娘の名前も忘れとる父親! コピー取ることしか考えてない上司! その部下のクソ雑魚! 失礼な従業員! 親切面した姉貴に偉そうなその旦那! おまえらのことなど知るか!


 いったい、誰がその気で、どういう過程で結婚式までこぎつけたのか、そんなことがまったくわからなくなってしまうぐらいに、すべてが急速に破綻していく。白々しい空気を保ちながら式は終わり、招待客もみんな笑って帰っていくが、それが壊れたことは気づいているのだ。数日すれば「ひどい式だったね、花婿かわいそう」と笑いあうのだろう。ま、その数日後と言うのはこの映画の場合は……。
 豪邸に残された姉と夫、息子。そして花嫁ではなくなった妹……。さて、普通の映画ならここからいかなる再生が待っているのかを考えるところだが、その時すでに、惑星メランコリアが地球へと激突コースを描いて迫っていたのであった……。
 鬱症状がMAXのキルステン、急に悟ったように滅びを語り出し、川の側で全裸になって横たわり、メランコリア星の光を全身に浴びるのである。一幅の絵画のような美しいヌードなのだが、直接的に読めば意味などないものの、明らかに電波を受信しているかのごとき風体。あのけしからんおっぱいで交信しているのか? 乳首はアンテナなのか? そうなのか!?と監督の首根っこをつかんで揺さぶりたい気持ちに駆られる。ここを境に完全にあっちの世界に行ってしまったかのようなキルステン。言うなれば、メランコリア星人だな。


 テレビもつけない豪邸に取り残された家族、従業員は出勤してこなくなり、停電も起きる。ゴルフ場に囲まれ外界と隔絶された世界で、密やかに迫る惑星メランコリア。一度は通過したかに思えたが、再びその大きさは増していく。
 キルステンがなぜか悟りすましたように穏やかでいる一方に、シャルロットやキーファーはメンタルの限界を迎える。日頃から規則を重んじ時間を守り空気を読む秩序型の人間は、こういう予想外のどうにもならない事態が訪れた時に、その何かにすがらなければ生きていけない脆弱な精神性を露呈する。彼らが日頃から重んじていたようなことは、迫る惑星の前ではまったくの無価値なのだ。
 そして、結婚式をぶち壊し、夫や仕事、家族の信頼すべてを失ったはずのキルステンにとっては、逆に何もかもがチャラになるのだよね。どうせ滅びる、皆同じだ。その静謐さに狂気を湛え、シェルターを築くキルステンの姿は、メランコリアを受け入れており、その迫り来るどうしようもない「現実」に対峙するヒーローのようですらある。
 ストーリーは捻りがない代わりに嫌味もない感じで、実際に鬱にかかった経験があるというトリアー監督がそれを生かして作った……ということらしいが、監督=キルステンとするならば、鬱でヨロヨロしつつ周りの人間の所作や目線を観察していたということになる。うわあ、やっぱり嫌な野郎だな、おい! 監督の人間観と現在のメンタルがひしひしと感じられる、映像の美しさと裏腹に狂気を感じさせる作品。二度と観ないけど、一回は観ておく価値ありだ。中盤のかったるさは少々苦しいが、道具立てに注目しつつラストを楽しみに!
 クライマックスは、『劇場版テニスの王子様 二人のサムライ』を彷彿とさせる衝撃の映像美。伊藤潤二の『地獄星レミナ』も思い起こさせる。


 前半の結婚式のシーンがとにかく秀逸で、豪華キャストもずらりと並び、異様な面白さなのだが、これはおそらくトリアー監督にとってのカンヌ国際映画祭なのではないかな。「君のための賞だよ」「君が主役なんだぞ」「今日は馬鹿なことはしないでくれよ」、そう言い聞かせられながら臨んだ式。嬉しくないはずはなかったけど、でもやってるうちに鬱はつのり、周囲の空気感の欺瞞っぷりにイライラもMAX。自らすべてを壊すため、メランコリア星の激突を待望しつつ、今日もラース・フォン・トリアーは叫ぶのである。


ナチス、最高〜っ!」


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