"終わりのないのが終わり、それが"『ミッション:8ミニッツ』(ネタバレ)


 ダンカン・ジョーンズ監督第二作!


 米軍兵士のスティーブンスは、アフガニスタンで作戦行動をしていたはずが、突如、シカゴ行きの列車の中で眼を覚ます。眼前には、彼を知らない名で呼ぶ知らない女……。混乱し、その場を離れようとするスティーブンス。直後、列車は爆発により吹き飛んだ……。しかしそこで死んだはずのスティーブンスは、墜落したヘリに酷似したカプセル内で目覚める。そこに米軍から通信が。実は彼は、爆弾テロで消滅した列車の直前の8分間を再現したプログラムに放り込まれ、その中で爆弾犯を見つけ出す任務に就かされていたのだった!


 これを見る前に監督の第一作『月に囚われた男』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20111101/1320147220)を慌てて見たわけですが、なるほど共通するところも多い内容。こちらは言うなれば「時に囚われた男」で、前作と同じく多数にとって有益なシステムの中での捨て駒にされた存在。その中で構成は変化がつけられていて、今作の主人公はほぼ最初から自分がシステムの中にいることを示され、多数の命と引き換えに自分が犠牲になることを強く求められる。拒否すれば死。
 命令通りに8分だけの任務を続けるか、拒否して死ぬか、迫られるのはいずれにせよまともな選択ではない。究極の選択とは「カレー味のウンコか、ウンコ味のカレーか」というものだと言われるが、これは「カレー味のウンコか、ウンコ味のウンコか」を選ばされるようなものである。どっちを選ぶかはあらかじめ決められていて、およそフェアではない。


 テロから人命を救うためという心地よいお題目が掲げられるものの、システムを作った人間は功名心に満ちていて、目の前の人命、すでに死んだ8分間の中の人間や、主人公を顧みることは決してない。逆に「これから死ぬかもしれない人」を人質に取っていると言い換えてもいい。軍に入り、自ら志願して戦地に残り、挙句に撃墜の憂き目にあって死んだ人間に対しての「有効利用」と言わんばかりのこの仕打ち、常軌を逸している。あるいはその志願して残ったことこそが「愛国者」として選ばれた要因の一つであったのかもしれないが、だとすればまさに裏切りそのものだ。


 こういった体制側の行為に対して批判的な作劇は、さすがはロック・シンガーの、他ならぬデヴィッド・ボウイの息子であるがゆえと言っていいのだろうか。いやほんと、これで反骨精神のない「彼の尊い犠牲で世の中は守られた」的な嘘っぽい美談を描いてたら勘当ものでしょ。
 しかし、わざと美談にせずとも、例えば某未来世紀映画や、最近では某内臓取り立て映画みたいな性格の悪いオチをつけることも、この設定だったらいくらでも可能だったはず。なんだが、そこにも落とさず、前作と同じくむしろ甘い結末をつけてくる。これは人柄と言うか、作家性と言うか、自分の中で外したくない部分なのかな。


 『月に囚われた男』ではケヴィン・スペイシーが声やってるロボットが主人公をサポートするポジションだったのだが、今回はヴェラ・ファーミガ演ずる軍人がオペレーター役。完全に同じ役回りというか、ファーミガさんも最初はロボットみたく融通の利かないことばかり言ってるのだが、徐々に軟化して来るあたりが面白い。で、最終的な立ち位置まで同じで、最後はリスクをかえりみず主人公を助ける側に回る。この辺り、最終的に前振りがあったことは描写されるものの、その行為にものすごいリスクが伴うところには変わりない。「え? なんでそこまで?」と思ってしまうところであるが、これも上記の作家性というか、死ぬ寸前まで食い物にされてる人間を目の前にして、誰もが見て見ぬ振りをするようなことがあってはならない、という表現ではないかな。損得も共感も抜きにして、ただ純然たる義憤や正義感で行動する人間がいていいのではないか、むしろいるべきではないか、我々もそうすべきではないか、ということ。組織の中で、誰もがこのようなことに荷担するわけではなく、インサイダーによって自浄される希望がある、ということ。
 ヴェラ・ファーミガって、『縞模様のパジャマの少年』や『エスター』の印象があるせいか、ちょっとお母さんキャラなんだよなあ。そんな歳でもないんだが……。「え? デート?」とかちょっと照れて言ってるのにガン無視されたシーンは可哀想だったのだが、それもそういうキャラゆえであり、なおかつそんな理屈抜きの行動しちゃうのは、「結婚してない」=家族がいないということもあるが、それよりも何か母性的な自らをかえりみない感情に突き動かされてのことだったのかもしれない。
 共に任務についた兵士が死ぬことも出来ずに苦しみ続けることを見過ごすことが「カレー味のウンコ」だとすれば、自分の地位や安全を危険に晒して彼を助けることはまさに「ウンコ味のウンコ」のようなものだ。だが、人は時に「ウンコ味のウンコをもってこい!」と叫ぶし、そうすることによって初めて、人間様を踏みにじる欺瞞を撃つことができるのだ。


 前作と比して、基本的構造を踏襲しながら、より条件付けが厳しく、より過酷な環境で、より選択肢が少ない状況を描いた、まさに進化系。技術的にこそ進歩しているが、SF的なガジェットもむしろ古くさいというか、7〜80年代とさほど変わらないよね。その辺りもカラーか。さらに90分の短尺の中でみっしり情報量を詰め込んでいるので、テンポも数段上がっている。そこら当たりは観ればご堪能いただけることは必至。快作。

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