"荘厳なる奥義誕生の瞬間"『マスター・オブ・リアル・カンフー 大地無限』

 未見だった94年作品をDVDで鑑賞。


 少林寺の修行僧であり、兄弟のように切磋琢磨してきたクンパオとティンパオ。しかし、気性の荒いティンパオは兄弟子と対立し、試験の際に反則に報復。かばったクンパオと共に破門されてしまう。街に降りた二人だが、そこは宦官率いる軍隊によって圧政を敷かれた地だった。非道を許せないクンパオは我が道を行こうとするが、力に魅入られたティンパオは、軍隊に入り出世を志す。袂を分かった兄弟弟子の行く末は……?


 太極拳の創始者である張三豊の若き日を描いた作品。もっともほぼ伝説上の人物らしいので、完全にフィクションだが……。
 監督と武術指導がおなじみユエン・ウーピンということで、ワイヤーワークと立ち回りの美しさは折り紙付き。どちらかと言うと直線的な打撃を多用した前半の少林拳スタイルから、後半に主人公が太極拳を編み出すことで、円を描く動きにシフト。見事なまでにメリハリが利いている。古来から伝わる正統な武術であり、伝統芸能である太極拳のスタイルは完全に完成されていて、今回のジェット・リーの動きが丸ごと『少林サッカー』のヴィッキー・チャオの動きともシンクロする。「太極拳」を撮る以上は、誰が演じても必ず同じ構図になる。それだけ熟成されているのだ。


 ジェット・リーの役どころは、序盤は心優しき僧。うっかりミシェル・ヨーの乳を揉んでしまい慌てるところなどいつも通り(笑)。だが中盤、手痛い裏切りを受けたショックで『ゴッドギャンブラー』のチョウ・ユンファばりにおかしくなってしまう!
 しかし、師の教えを思い起こして目覚め、自然と一体となった奥義、太極拳を完成させるのである。序盤の少林寺の修行風景も、最後にきっちり活かされるのだ。ここからのジェットの荘厳さは、いったい何事なのだ! 序盤から中盤のギャップが凄まじいが、演舞シーンの美しさと気品には、もはや言葉も出ない。


 ジェットの事ばかり書いてしまったが、人妻(笑)ミシェル・ヨーとの淡い関係もラストに余韻を残すし、チン・シウホン演じるやんちゃながら憎めない性格の兄弟弟子が、徐々に私欲に染まっていく過程も丁寧に描かれている。この私欲のために友を裏切る男である兄弟弟子は、当然主人公のダークサイドとでも呼べる存在であり、『SPIRIT』中盤の力に溺れた姿であり、後の『ウォーロード』にもつながる役どころだ。


 ストーリー展開を見ればファンはお気づきだろうが、全てのシークエンスが、後に武術映画の集大成として作られた『SPIRIT』に通じる。今作が原型だった、と言って間違いないだろう。91年の『ワンチャイ』第一作からの武術映画の第一次の集大成であり、さらにテーマ性を深めたのが『SPIRIT』であると言える。
 ノーワイヤーに移行していく『フィスト・オブ・レジェンド』、現代劇の傑作『ターゲット・ブルー』などと共に、フィルモグラフィの中でも重要な位置づけ。二つのスタイルの使い分けは『ザ・ワン』にも通じる。


 これを見逃していたとは、汗顔の至りだな……。ジェット・リー史において外すことのできない、美しき傑作だ。

SPIRIT(スピリット) コレクターズ・ボックス (完全予約限定生産) [DVD]

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