『ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士』上下 スティーグ・ラーソン

ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士 上

ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士 上

ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士 下

ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士 下

 そして三部作完結!


 瀕死の重傷を負ったリスベットは病院で治療を受け、同じく重傷のザラも、同じ病院へと運び込まれていた。長年、ザラの身元を秘匿し続けて来た公安OBからなる組織は、自分たちの犯罪を隠蔽すべく、二人を抹殺しようとする。
 退院後は拘留され裁判を受けることになるリスベットのために、ミカエルは妹アニカに弁護を頼むと共に、裏で糸をひいてきた組織の存在を暴こうとする。その彼に、現在の公安も接触し……。


 1は独立した一編であり、三部作の序章でもある。対して2と3は独立性が薄く、前後編として全体のストーリーの主章を構成している。1からずっと語られて来た、リスベットの受ける後見人制度と、それにまつわる過去が2で明らかになり、3はその解決篇に当たる。主人公リスベット・サランデルというキャラクターが受けて来た、数々の不当な偏見と蔑視、人権無視が暴かれ、彼女の名誉が回復されるまでが描かれる。


 映画でダイジェストみたいに描かれたのをみると、「冷戦時代のスパイ? 公安の陰謀? うーん」と言うしかなかったが、さすがに原作はきっちり書き込みがされている。正直、娯楽作品としては説明的に情報量が多過ぎるぐらいだ。作者としてはそこが書きたかったところなんだろうが、やや物語が添え物化してしまったきらいあり。許容範囲ではあるが。


 ただ、その書きたかったテーマに関する設定と描写に関しては、見事というしかない。国益の名のもとに国家機密を人権よりも上位に据え、世間に蔓延る女性蔑視をも利用して、一人の人間を葬り去ろうとする悪辣。これはスウェーデンを舞台にしたストーリーであるが、正直、この日本においてもどうか、と胸に手を当てて考えざるを得ない普遍的なテーマだ。組織を構成する、冷戦時代の亡霊とも言える、狂信的おじいちゃんたちの行為は、そうした感覚によって下支えされている。おじいちゃんたち一人一人は棺桶に片足を突っ込んだ病人なのだが、本当に恐ろしいのは彼らではなく、彼らを生んだシステムであり、変えて行かなければならないのは、偏見による不信に満ちた社会なのだ。


 とにかくツンツンしっぱなしのリスベットだが、そんな彼女を知る人間として、彼女が社会に受け入れられないことを不当として、シリーズの登場人物が結集するクライマックスは、非常に熱いのである。本読んで「狂卓の騎士」ってのはそういうことだったのか、と腑に落ちる(こういう面白いところをカットして、映画版は何をやりたかったのか?)。
 パンクで、人付き合い最悪で、喧嘩っ早くて、おおよそ人格者とはいいがたいが、だけど彼女は僕達の大切な友人であり、いかなる蔑視や拘束も不当である、という信念。市民、マスコミ、警察、公安、それぞれ立場が違うものたちが結束し、国家によって保障されるべき当然の権利を求めるくだりは、非常に真っ当なものだ。権利が保障され、初めて義務が生まれる。スウェーデンのみならず、日本においてももっと浸透してしかるべき人権感覚である。


 第一作を読んだ時、漠然と「設定」としてこれからも登場し続けるのかと思われた、リスベットに関わる事象が、かくも大きく扱われ、劇的な展開を経て解決されるとは想像しなかった。終章における彼女の戸惑いはその象徴だ。リスベット自身、社会への不信に満ち、自分がこの足かせから解放される日が来るなどとは想像さえしていなかった。だが、その日は来た。図らずも彼女が信じ、彼女なりに誠実であろうとした人たちの協力によってだ。ミカエルらの行動は、我々読者に投げかけられたメッセージでもある。友人の、隣人の権利、人権を守ることは、自らを守ることでもあるのだ。


 いや〜、第一作の猟奇殺人からかなり方向性変わったように当初は感じたが、女性に対する殺人を、DV、人権無視の一環として捉えると、底流のテーマは何一つ変わっていないことに気づく。単に「殺人」が道具立ての一つでしかないミステリばっかり読んでると、こういう事がわからなかったりする。全ては最初からつながっていたわけだ。で、それを討つのが、女性の全てを受け入れるが故にモテモテな男であるというのが、妙に示唆的だ……(笑)。


 三部作の最後を飾るに相応しい作品であった。映画は1だけ見れば充分だが、原作は全部読んで初めてそのテーマと意図がつかめる。映画版の2・3の完成度の低さが残念でならない。
 しかし、「解放」を迎えたリスベットがいかなる道を歩むのか、双子の妹との再会は、と色々と興味は残ったにも関わらず、作者は急逝。まことにもったいない……。黙祷。

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