『60秒の煉獄』大石圭

60秒の煉獄 (光文社文庫)

60秒の煉獄 (光文社文庫)

 著者初の連作短編集。


 「人生にたった一度だけ、60秒間、時を止める力をあげます」
 何の変哲もない、代わり映えしないかのように見えた人生に、突然現れた謎の少女。「時間よ、止まれ!」、たったその一言によって時を止めてみせた少女は、出会った人々にその力を授けて行く。引きこもりの青年……死に瀕した妻を持つ男……赤子を殺してしまった母親……。力を手に入れたことで、彼らは自らの思っても見なかった心の間隙を暴かれ、欲望のままに手を染めて行く……。


 大石圭と言えば、「僕達はすぐにいなくなる」「邪悪な生き物」「絶望的なハッピーエンド」などに代表される大石圭イズムとでも言うべきメンタリティであり、彼の作品はそのイズムそのものである。どんな小説を書こうが、それは変わらない。
 故に、いつものように連続殺人犯を主人公にしたら、何か似た作品が出来てしまった……なんてことも珍しくないのである。


 何を書いても大石イズム……なんだが、それをマンネリ化させるのではなく、敢えて活かす手法がある。それは作品内の状況を限定することだ。こんな状況だと、大石イズムはどう発揮されるのか? もしこんなことになったら、大石作品の主人公はどう行動するのか?
 それを実践したのが今作品。「一分だけ時間を止める力」という「お題」を与えることで、他作品とはまたひと味違う創意を引き出した。


 ……ん……だけ……ど……。
 いや〜、読んで実感したのは、「一分」というのは何かを為すにはあまりに短い。そして、何かを壊すには充分すぎる程の時間であるということで……。そういうお題を与えられた大石圭の中の「邪悪な生き物」は、信じられないような悪い事を思いつくのである。
 パねええええええ〜! 大石さん、ハンパねえええええええ〜!
 何でこんな事に使っちゃうの?という壮絶なる殺しっぷり。短編集の最後に、「あなた」はこの力をどう使いますか?と問いかけて終わるのだが、いや、僕はこんな使い方、絶対にしませんから!


 各短編は、いわゆる「短編の名手」と呼ばれるような作家なら、絶対に書かないようなもので、あるいは「オチがない」と言う風に捉える人もいるかもしれない! 違う! これがオチなんだ! この殺戮こそが、人間の変容こそが、欲望の、情動の昇華でありカタルシスなんだ!
 いや〜、恐ろしい。しかしさらに恐ろしいのは、4話目、5話目のそれこそ「ちょっといい話」も、また本気で書いているというところであり、それらが大石圭の人間理解においては何一つ矛盾しないというところだな。


 短編故に、いつもの濃密世界を期待すると若干物足りない部分もあるが、力を与えられた複数の人間の心理を描く『自由殺人』以来の内容を堪能。さらに、今回登場する「少女」は快作『1303号室』を思わせる。


 初の短編になったが、やはりファンにはマストの内容。角川ホラー文庫と対を為す、光文社ブランドにも敬意を表するぜ。

自由殺人 (角川ホラー文庫)

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1303号室 (河出文庫)

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