『麦ふみクーツェ』いしいしんじ

麦ふみクーツェ (新潮文庫)

麦ふみクーツェ (新潮文庫)

 この作家、二冊目。


 身体の並外れて大きな少年であるぼく、通称「ねこ」は、音楽に取り憑かれたおじいちゃんと、数学に取り憑かれたお父さんと共に、故郷を離れて港町にやってきた。おじいちゃんの影響で、音楽家を目指すようになったぼくは、ある夜聴いた不思議な音……麦ふみクーツェの足音に導かれ、不思議な体験をする。


 どこということもない舞台設定、名前さえも不明瞭な登場人物、設定はいかにもファンタジックで、起きる事態も不可思議なものばかり。だがしかし、そこから派生する人物の感情のうねりは、いい意味でも悪い意味でも現実感に満ちている。虚構の世界であろうと、そこはやはり人の世なのだ。暖かみばかりではない。そこは時にぞっとするほど愚かしく、冷たい。


 途中に小さなエピソードが数多く挿入されるのだが、「やみねずみ」「船長のオウム」「セールスマン」の辺りは、ほぼホラー。底冷えするような悪意が描写される。豊かなイマジネーションってのは、どちらの方向にも自在に振り切れることが出来るのだな、と実感。
 それらと対置する形で描かれる善意。全ては同じ世の中でつながり、あらゆるものにあるリズム……「音楽」となる。いい音があり、悪い音があり、僕達は皆、それらの中で生きているのだ。

 ファンタジックな設定と裏腹な、透徹したリアリズムとバランス感覚が光る秀作。


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