『さよならの接吻』ジェフ・アボット

さよならの接吻 (ハヤカワ・ミステリ文庫 モースリー博士の事件メモ)

さよならの接吻 (ハヤカワ・ミステリ文庫 モースリー博士の事件メモ)

 『図書館』シリーズのジェフ・アボットが、シリーズ終了の5年後に開始した新シリーズ。


 犯罪なんてないど田舎ポートレオの判事モーズリーは、最近までバイトを転々としていた青年。親のコネで判事職についたが、悪びれもせずに、今日もビーチシャツと短パン、サンダル履きで出勤。
 だが、平和なはずの町で、上院議員の出奔していた息子が死に、しかも職業がAV男優だったと判明して……。
 実は正義感の強かったお気楽判事モーズリーは、果たして事件を解決できるか?


 図書館長が事件を解決、という前シリーズとほぼ同じキャラクターを主人公に据えながら、司法の立場にある人間ということで、捜査に当たる必然を設定。日常の描写よりも、警察機構や裁判所の内部の描写に筆が割かれ、コージーミステリとしての色は薄くなった。
 ただ、作者が描いてきた「隣人」の持つ裏の顔、というテーマは変わらない。状況によって刻々と変化する人間の心理を描写し、過ちに取り憑かれ堕ちていく人の弱さ、保身の感情を残酷に切り取る。
 サイコものの要素が入ってきた今作だが、すでに前シリーズからその萌芽はあったと言って良いだろう。人間の内面に切り込めば切り込む程、残酷性や異常性を意識せずにはいられない。アボットの書くものがそういった方向性に進むのは、必然だったと言えるのではないか。


 すっきりしたラストなど、当然望めない。
 心の闇を否応なく意識しながら、それでも人は時に残酷なこの世で生きていくしかない。救いもなく……。
 まあでも、何とかなるんではないか? サンダル履きの判事殿は、大して悲観もしていないようである。