”茶ぐらい自分で入れろ”『エイリアン・コヴェナント』(ネタバレ)


映画『エイリアン:コヴェナント』予告D

 リドリー・スコット最新作!

 移住先の惑星に向けて航行していたコヴェナント号を襲った事故。船長や多数の乗員を失った船は、謎の通信を傍受したことがきっかけで、発信元の惑星へと向かう。大気があり作物が実るその星は、だが動物の姿が全く見えない。そして、謎の胞子を吸った乗員の身に異変が……。

 前作『プロメテウス』が、白いやつだけでエイリアン出ないじゃん!と言われたので、今回は堂々の登場。しかし全米では残念ながらコケたということで、日本ではIMAX上映もない悲しい扱いとなりました。しようがないので立川シネマシティの極上爆音上映で鑑賞。

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 しかし内容は前作の暴力的要素をグツグツと煮詰めたかのようで、まあ大変イカもの的な怪作になっていたな……。海原雄山なら「こんなものは売り物にならん!」と言いそうで、だからこそ大コケしたんだろうが、好事家的にはたまらないというか……。

 宇宙空間の航行中に事故が起きるあたり、珍作『パッセンジャー』をいきなり彷彿とさせるわけだが、その冒頭の事故で人望溢れる頼れる船長が、台詞もなくいきなり黒焦げになって焼死! 『20センチュリー・ウーマン』でも頼りなかったビリー・クラダップが副船長から昇格という、不安しかない人事。船長の妻だったヒロインのキャサリン・ウォーターストンさんは、彼との思い出の動画を見ながら涙にくれる。モニターの向こうから語りかけてくるのは……え? あれ? ふ、フランコーっ!
 なんと顔を認識する間も無く焼け死んだのは、ハリウッドの誇る大スター、ジェームズ・フランコだったのであった。なに、この扱い……なんなんだろう、この感じ……こういう時、どういう顔すればいいかわからないの……。

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 目的地の惑星はまだはるか彼方なのだが、謎の信号を受信したコヴェナント号。就任したての新船長は功を焦り、その信号が放たれている星に行こうとする。やってはいけないB級ホラーの死亡フラグがガンガン立ち続けるこの展開……行った先の惑星には酸素があるので、マスクもせずに地表に降りるメンバーたち……。植物や作物が生えているが、なぜか動物はさっぱりいない。何か気持ち悪いものを踏んづけたら、『プロメテウス』を見た人ならおなじみの黒い胞子がふわふわと……。
 「ここはいい星だ〜!」とハイになってるビリー・クラダップが、本当に下船前にヤクでもきめてきたみたいで、もう不安しか感じられない。そうこう行ってるうちに黒い胞子を吸い込んだ人はあっさりと体調を崩し、着陸している探査船に運び込まれるも背中を突き破って白いものが!
 この辺りの流れは神がかっていて、人体が何者かに侵食されている、という絵面と、中から何かが出てくる、ということの掛け値無しの怖さが、それを目撃する乗員の完全なるパニックぶりで表現されている。怖くて怖くてしようがない根源的な恐怖を目にすると、人はパニクり、滑って転び、めったやたらに銃を撃ちまくるのだ、という、もう笑うしかないコントのような状況である。探査船が吹っ飛ぶシーンでは、ひさしぶりに腹の底から笑ったわ。

 その後も白いものに襲われる乗組員だが、この無防備さ、対抗手段のなさがなんとも言えませんね。しかしそこに謎の人影が現れ、助けてくれる! 出た! ファスベンダー!

 正確にはコヴェナント号には新型アンドロイドである、やっぱりファスベンダーの顔したウォルターが乗っていて、ファスベンは初登場ではない。新たに登場したのは『プロメテウス』で初登場し、本作オープニングでガイ・ピアースによって完成された初期モデル、デイヴィッドである。首だけになったはずだったが、身体は再生していて、どうもノオミ・ラパス博士に作り直してもらったらしい。
 彼の案内で、かつてはエンジニアが住んでいたと思しき館に案内される一行。猛烈にまたクラシックなホラーの香りがしてくるが、こんなところに一人で住んでいる人は、だいたいろくでもない妄想に取り憑かれて、怪しげな実験とかしているんである。
 あまりにひねりなく、お約束通りに話が進んでいくので、のこのこついていく登場人物たちがますますアホに見えてくるのだが、やっぱり着実に仕留められていくのであった。白いものももちろんまだ生きているのだが、館の中で待っていたのはお馴染みの黒い方……デイヴィッドにより生み出された完全生命体、エイリアンだっ! これがエイリアン誕生の秘密だったのだ〜!
 人を生んでは滅ぼそうとするまったく理想的でない造物主のエンジニアと、その創造物の一人でありながらアンドロイドを生み出したウェイランド社長が、それぞれの創造物に対してまったく愛がなくて超傲慢なのだが、その傲慢をしっかりデイヴィッドも受け継いでいて、自分を作った奴らも許せないし、その結果の自分自身の不完全さも許せない。それゆえに新たな生命を生み出すことにこだわるんだが、元が歪んでいるのにろくな結果になるわけがない。
 お茶入れるぐらいでめっちゃ嫌そうな顔をするアンドロイドって、道具としてはあまりに失敗作すぎるが、一つの人格を生み出すという点ではある意味大成功ですね。なんか『her』や『エクス・マキナ』に似てきたな……。

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 やたらと二役をやりたがるヴァン・ダム、クローンやAIでどんどん増殖していくミラ・ジョヴォヴィッチなど、自己愛や夫婦愛でやたらと出番の増えていく俳優は今までもいましたが、他人であるはずのリドリー・スコットに愛されすぎなファスベンダー、二役でほぼ出ずっぱり。ファスベンダー同士が戦うアクションなど、見ていてクラクラしてくる。

 しかし映像はキレッキレで、最新技術で暴れまくるエイリアンは超カッコいいし、宇宙船上のバトルも最高! なんだが、あまりに成長過程が早く、先述したB級ホラー映画の文法に則って物事を端折りまくっているので、妙にドライブした快感がある反面、もはやリドスコ御大はエイリアンにまったく興味がないんだなあ、ということもよくわかる。
 『エイリアン2』以降の存在をそもそも認めてないし、渋々出したもののこれからエイリアンサーガするつもりもないのでコンセプトの迷走も感じられ、それはまあヒットしなかったのもむべなるかな……。でもブロムカンプに作らせるのはいやなんだなあ。
 さて、ソフト化した際のディレクターズカットにも期待したいところですが、フランコの出番は敢えて増やさないでほしいですね。

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 『インファナル・アフェア』のリメイク。マット・デイモンが犬に避けられるシーンは何回見ても最高だな。


”痛みは連鎖する”『アフターマス』(ネタバレ)


『アフターマス』予告

 シュワルツェネッガー主演作!

 妻と身重の娘の帰宅を待ちわびていた現場監督のメルニック。だが、空港まで迎えに訪れた彼を待っていたのは、思いもかけない悲報だった。航空史上最悪の空中衝突事故……。戻らぬ妻子のために航空会社に謝罪を求めるメルニックだったが……。

 前作『マギー』あたりから、いよいよアクションスターにもお別れしようとしているらしいシュワちゃん。今作は工事現場の監督が仕事の男だが、身体こそでかいもののしっかり老いているイメージで、シャワーシーンで脱いでるがもはやシワシワのブヨブヨだ!

 ニューヨークから飛んでくる妻、娘、娘の胎内の孫が来るのを、家を飾りつけして今か今かと待っていたが、空港にまで迎えにいったところ別室に案内され、まさかの墜落の知らせを受ける。生存は絶望的と言われるが、情報センターではなく家に帰り、自ら事故現場に車を飛ばす。ボランティアに紛れ込んで現場を歩き回り、ついに二人の遺体を……。
 まあやるせなさしかない展開なのだが、シュワは大きな身体をすぼめて好演。さあ復讐のために馬鹿でかい銃をかついで航空会社に乗り込むのか……? 今なら原作版『バトルランナー』もやれそうね。

 視点が変わって事故当日の管制官スクート・マクネイリー。一見暗そうな人だが、出だしはまずまずふくよかで、『96時間』のキムちゃんと結婚して男の子も一人。平凡だが幸せな人生……。

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 マッチョじゃない痩せた男だけど、実は彼とシュワちゃんは共通点も多く表裏一体の存在なのね。共に事故によって人生を破壊される。事故の経過を見ていると多くの偶然やシステムの欠陥が重なりに重なって起きている。

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 映画はこの経緯をかなり忠実に描いている。無論、ミスした管制官にも責任はあろうが、彼一人に全てが帰結するものでもない。スクート・マクネイリーはもともと貧相なのがどんどんやつれメイクになって、痛々しく罪悪感に苛まれていく。憔悴し切って小さな背中になるシュワちゃんと、対照的なルックスのこの二人が、いつしか重なって見える。

 航空会社は現場レベルでは親切なのだが、いざ賠償の交渉となると露骨に居丈高になり、この金で我慢しろよ、と迫るかなりわかりやすく嫌な感じに変貌し、「家族の写真を見て謝罪しろ」と要求するシュワを突っぱねる。遺憾の意、とか言ってる政治家などそうだが、世の中確かにこういう「謝ったら死ぬマン」が結構いるよな……。非を認めるともっと吹っかけられると思うのであろうか。こうして「誰一人謝らない」という状況が作られ、行き場を失ったシュワは当事者である管制官を探すように……。

 家族を持つ普通の男二人が対面し、事態は悲劇へとまっしぐらに。やっとリーアムパパから解放されて幸せな結婚をしたキムちゃんが、今度はシュワに襲われるというのも気の毒としか言いようがない。写真を見せられたマクネイリーさん、「あれは事故だったんだ!」「俺が殺したんじゃない」「消えなきゃ警察を呼ぶぞ!」と言ってはいけないワードを連発。あれだけ後悔し苦しんでいたのに、口を開けば出てくるのはこれなのは、結局は認めないことで精神の安定を保っていたのであろうことがわかる。責任を認めてしまうと、きっと押しつぶされてしまうのだ……。
 あんだけマッチョな肉体を持っていたはずのシュワちゃんが、チンコより小さいナイフを使っちゃうあたりも物悲しく皮肉で、カタルシスなど何もない。マクネイリーの家族を自分の妻子と誤認するところは、実にわかりやすくこの悲劇の構図を浮かび上がらせるな。

 10年の服役の後、シュワちゃんが迎えるラストは、ちょっとメタ的に観ると、今まで数々の映画で、正義、復讐、国家の名の下にボディカウントを積み重ねて来た彼についに清算の時が訪れたかのようで、老いさらばえた彼にはもはや反撃の手段はない。これこそがシュワ版『グラン・トリノ』なのだ!と言っちゃうには、映画自体がいささか小粒なのだが、これは今後の作品選びにおいても傾向として浮かび上がってくるんじゃないかな。

 ラストはラストで、シュワちゃんがまた「あいつは殺されて当然だったんだ!」とか言っちゃうバージョンもありだったと思う。実際、服役して教育刑も受けずに一年ぐらいしか経ってなければそう言ってたんじゃないか。人間は常に正しい行動を取り得るとは限らないし、死んだ管制官にもまた違った運命があったのかもしれないですね。

マギー(字幕版)

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”生きて帰るために”『ダンケルク』


『ダンケルク』最新予告編 (日本語字幕)

 クリストファー・ノーラン監督作!

 フランス北端、ダンケルク。1940年、ドイツ軍の電撃的侵攻になすすべなく押し捲られた英仏連合軍は、海沿いのこの街に追い込まれていた。絶体絶命の中、進撃の止まったわずかな猶予の中で、英国軍は史上最大の救出作戦を発動させる。陸海空、全てが戦場となるこの地で、兵士たちは生き延びることができるのか……?

 『インターステラー』以来の企画に、第二次大戦中のダンケルクにおける「ダイナモ作戦」を題材に選んだノーラン、初の実話の映画化にチャレンジ。すっかり「こだわり」の人として認知され、事前の宣伝でもノーCGで物を作っては壊しまくる姿が豪快にアピールされた。
 今作では実在の戦争ものということで、実際に船を浮かべ、現存する戦闘機を飛ばし、人間をどんどん海に放り込む。それを70ミリフィルムのIMAXカメラで撮影……。

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 まあここまでのこだわりを実際に通すだけの実績を上げてきたことがまず凄いし、相変わらずの妥協のなさがひしひしと伝わってくる。IMAX上映で鑑賞したが、恒例のカウントダウンもなく、いきなり銃火が交差する街中へ……。
 ドイツ軍による降伏勧告が上空から散布されるが、ウンコしてそれで尻を拭きたい主人公。しかししゃがみこもうとする度に銃撃が繰り返され、一向にウンコできない! もしかしてこの映画は、このままずーっとウンコを我慢し続けるサスペンスになるんではなかろうか……と心配しちゃったよ。
 お話は陸海空の3パートに別れていて、陸が一週間、海が一日、空が一時間の経過を描いている。心配せずとも、一週間ウンコを我慢する必要はなかったわけだ。安心した……。陸パートを一時間にしてその間ずーっとウンコを我慢してる話にしたら、より面白かったかもしれないがな。アイドル味を一切合切封印したワンダイレクションもいっしょになって我慢してな。

 孤立し、爆撃を受ける陸パートは若手の役者メイン、エキストラも大量だが、ここが映画の主軸になっているイメージ。いつ攻撃がくるかわからない嫌な臨場感を広大感溢れる画面と抜群の音響で見せ、そこにハンス・ジマーが不協和音を浴びせて煽りまくる。ああ、いやだいやだ戦場はいやだ。わけもわからないうちに、数m立ち位置がずれたら爆弾で吹き飛ばされ、数センチ頭の位置がずれたら脳をぶちまけるかもしれない緊張感。実際に人がバラバラになる絵は見せずに、遠景のどこかでそういうことが起こっていると思わせる臨場感。
 史実的にも、この海岸に残された兵士たちを救出することが主眼なので、このパートの緊張感が高まれば高まるほど、他のテンションも上がっていくことに。

 空からはパイロットのトム・ハーディが、散発的ながら爆撃をしているドイツ機から味方を守るべく、三機小隊で駆けつける……んだけど、隊長機は先に落とされ、自機も燃料のメーターが壊れて大ピンチ状態。この空のシーンはレーザーIMAXの白眉たる広大さを見せつけてくれる。こうして戦闘機を操縦していても、人間の視界というのは限られていて、知らない間に味方機は落ちてるし、敵機の位置関係も飛び回ってやっと捕捉できるぐらいで、本当に寄る辺がない。気がつけばもう墜落しているし、敵もまたそうなのだろう、という無常ささえ漂う……。空を舞う木の葉のような……。

 海からはマーク・ライランスが、息子とその友達と共に自らの船で兵士の救助に向かう。この友達君が非常に冴えない顔をしていて、びっくりするぐらい役に立たなさそうなのだが、本人も自覚していて、新聞に載るような立派なことをしたいと語る。しかしUボートに沈められた艦艇から、唯一生き残った兵士キリアン・マーフィを助けたところ、悲劇が……。
 空パートのトム・ハーディがやたらと格好良く描かれていて、ノーラン監督の彼に対する愛を強く感じたところだったが、ここのキリアンは何とも言いようのない汚れ役で、悲しくも情けない振る舞いを見せてしまうキャラ。絶大な、揺るぎない信頼があるからこそ、この役を任されているのだろうな、という気がするのである。

 3パートを順番にやったら陸パートがやたらとテンポが悪くなるだろうから、まあ飽きさせないための工夫として時系列をいじってるのだろうな、と思うのだが、後半はその時間差がじわじわ縮まってきて、またノーランのいつもの名調子で手に汗握らされることになりましたよ。時系列が重なるのは本当に一瞬だけで、また緩やかに分岐していくのが何やらもったいなく感じられたぐらい。一致したらあとはそのままだった方が効果的だったんでは、とは思うが、後の列車のシーンなど、やっぱり別に分けて描きたかったものが色々とあったということですな。
 マーク・ライランスが一人でバトルシップしてたあたりや、ケネス・ブラナーのラストの敬礼なども、クサくなりすぎずに品良くまとめていて、撤退戦でありながらきっちりカタルシスも入れてくる。
 大体が国威発揚的な文脈に回収できてしまうので、もうちょっと個々の人間ドラマ(それもノーランの描くいささか大仰な奴な)が見たかったところでもあるが、まあ内容が内容だけにこうなるのは必然だろう。しかし、一番ハラハラさせられかつ感動したのは、燃料切れを起こしたトムハ機の、車輪が出るのが間に合うか間に合わないかというシーンだったので、今回はとことん実物のギミックに振り切った映画であった。
 こういう映画は当分作られないだろうし、この時代にオンリーワンな存在感を放つ一本であるのは間違いない。ノーラン自身も、次はまた全然違う企画に行っちゃうだろうしな。

 まあまあ普通のビスタのスクリーンと普通の5.1chでも面白いと思うが、迫力はかなり環境に依存するので、IMAXや爆音上映などで観る機会があればチェックしたいところ。特に音響は大変素晴らしいので、なるべく音のいいところで。まあそうなると、本稿時点ではエキスポシティのレーザーIMAXが最高ですね。

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プリズナーズ』BD

 ヴィルヌーブ監督作。公開時の感想。
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『ローガン』UHD

 モノクロ版『ローガン・ノワールも収録! 公開時の感想。
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”ソウル発プサン行き特急列車”『新感染 ファイナル・エクスプレス』『ソウル・ステーション パンデミック』


『ソウル・ステーション/パンデミック』予告篇

「新感染 ファイナル・エクスプレス」予告編


 ソウル発、プサン行きのゾンビ映画

 ソウルで突如起きた感染爆発。プサンへと向かう超特急KTX内にも感染者が入り込み、走行中の中で乗員、乗客が次々と襲われ感染していく。娘を離婚間近の妻のもとに送り届けようとしていたファンドマネージャーのソグは、軍人である顧客に連絡し事態をつかもうとするのだが……。

 これはかなり前から楽しみにしていた映画。原題は『釜山行き』で、これはKTXという韓国を縦断する特急列車のこと。日本の新幹線とは細部が違いますね。
 主演は『トガニ』『サスペクト』以来のコン・ユさん。ちょっと年取ったかな。ファンドマネージャーだが、離婚寸前の妻のもとに娘を送るために、早朝から釜山行きKTXに乗ることに。映画は基本、この路線上から出ずに最後まで進行する。まだ夜明け前の暗い内に出発した列車が進むにつれて明るさは増すが、車内から見えるのは超特急をも追い越す感染爆発の恐怖だ。

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 事態の発端になっているオープニングが最高で、最初に出てくる鹿のゾンビを見ただけで傑作認定してしまいそうになったね。車に轢かれたにも関わらず立ち上がる鹿。出血をものともせず、目は白く濁り……。いやあ、演技上手い鹿だな。カラコン入れられてるのに大人しいものだね(多分、CGです)。

 発車寸前の列車に『サニー』のシム・ウンギョンが走り込み、かの映画のババアの亡霊演技をさらにパワーアップさせたゾンビ演技を披露。これから始まる地獄を端的に見せる。最初は念入りに見せておき、後は割と勢いで端折っても脳内補完してもらえる、という感じで、映画は列車と同様にどんどん加速して行くことに。

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 ふとましいマッチョことマ・ドンソクにも、ろくでもない仕事呼ばわりされてるファンドマネージャーのコン・ユさんだが、お婆さんに席を譲った娘を説教したり、自分だけ助かろうと裏から手を回したり、確かにろくでもない人として描かれる。KTXの系列会社であるバス会社の常務を車内最悪の人間とすると、最初は確実にそっち側にいる。車内の多くを占める中間層より上の富裕層二人が鼻持ちならないのだが、コン・ユさんはそういった価値観に与しない娘に諭されることによって変わっていくこととなる。
 マ・ドンソクは彼に「父の教え」を説く、粗野で豪快で生きる力に満ちた存在であり、対照的でありながらこの状況下における理想像となる。そしてそれゆえに散って行くわけだが……。今回はその鍛えられた肉体による活躍が素晴らしかったですね。ただ、ゾンビバージョンも見たかったな。最後に乗り換えて走り去るところで、先頭切って追いかけてくるぐらいの絵面があっても良かった。コン・ユさんが捻り潰されてしまいそうだが。
 主要登場人物も何人かはゾンビ化するのだが、後々にも話に絡んでくるケースは少なく、その点が物足りなかったところでもある。まあ複数のアイディアがある中での取捨選択の結果なのだろうが。
 サブキャラではお婆さん姉妹がお気に入りで、ナチュラルなお姉さんと、整形したのか妙に若作りな妹さんの対比がいいですね。全然性格も違うのだが、途中で別れ別れになり、再会した時には一方が……という展開。ここで婆さんが啖呵切ってからのカタストロフは今作の白眉という印象で、車内のドアのガラス越しのビジュアルも往年のホラー映画のポスターのようで最高! ただ、個人的にはここがピークだったかな、とも思う。

 いわゆる「走るゾンビ」ものなので、スピード感重視で感染の速度も早い。それなりに残酷なシーンもあるが、人体欠損の描写はそれほどなく、むしろ控えめで見やすく作ってある。ゾンビものらしく、資本主義の極みによって生み出された結果、という存在でもあるし、国内における格差が極まった姿とも受け取れる。さらに、隣国からの侵攻という恐怖も一枚噛んでいて、なかなか一筋縄ではいかない。
 今作独自の、視覚があって見えるものを襲ってくる、というルールを駆使し、車内のサスペンスを盛り上げ、あの手この手で退屈させない。この電車内、駅構内限定という縛りがあるからこそフレッシュな絵面が生まれ、今作ならではのサスペンスを醸成する。

 スクリーンXで二回目も鑑賞。左右の映像は、実際のカメラ位置の左右である場合もあれば、前方スクリーンをワイドに拡大したものとして機能する場合もあり、さらに大量に押し寄せるゾンビのイメージ映像としても使われていた。ただ、左右スクリーンは専用プロジェクターによる壁への投射なので、前方ほどの精細さはなく、非常灯などもあるのでさほど没入感はなし。まだまだこの表現には洗練の余地がありそうで、今のところはわざわざ見なくてもいいかな、という印象。ただ、副産物として前方スクリーンは壁一面ぎりぎりいっぱいまで使用されているので、非常に見易い。

 二回見たが、飽きさせない工夫が凝らされていて全く退屈しませんね。国産の『アイ・アム・ア・ヒーロー』に続き、いいアジア産ゾンビ映画が見られた。まだまだネタはあるだろうし、この潮流に期待したいところ。

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 同監督による前日譚『ソウル・ステーション パンデミック』も鑑賞。こちらは列車縛りがなくなったので、普通に韓国社会におけるゾンビ映画という感覚で見られるようになっている。ただまあ新鮮味はなかったし、作画も相まって少々迫力不足という印象。
 『釜山行き』におけるホームレスの出番を増やしたような、貧困層中心に描いた非常に胸糞の悪いストーリー展開が見どころかな。ラストのどんでん返しもなかなか良い。今敏オマージュも感じられるな……。
しかし、『釜山行き』でも娘ちゃんがたまにパンチラしていたが、今作のヒロインも後半に向けてどんどんパンチラの分量を増やしていくのはいったいなんなのだ……。

”鍵泥棒のプロット”『LUCK-KEY ラッキー』


『LUCK-KEY/ラッキー』予告編

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 ユ・ヘジン主演作!

 標的を完全に抹殺するプロの殺し屋として知られるヒョヌク。だが、仕事帰りに立ち寄った銭湯で転び、頭を打ってしまう。たまたまその場に居合わせた売れない役者ジェソンは、身なりのいい彼とロッカーの鍵を取り替えてしまう。記憶を失ったヒョヌクは自分がジェソンと思い込んでしまい……。

 邦画『鍵泥棒のメソッド』の韓国版リメイク(オリジナルは未見)。ラッキーがキーにかけてあるということで、やっぱり鍵泥棒から物語は始まる。

 オリジナルは堺雅人香川照之広末涼子の三人を主軸にした話だったが、今作では堺=イ・ジュン、香川=ユ・ヘジンの二人に焦点を絞ってお話を調整。すれ違う男二人を描いている。オリジナルは未見だが、まあこの構図を見るだけでもスッキリしたのは間違いないし、やっぱり広末の出番はこれぐらい必要だろ、ということで少々いびつなバランスにされていたんじゃないか、という気がするね。
 二人の男の関係を対照にするために、イ・ジュン側にもう一人ヒロインが登場するのだが、オリジナルはこちらも広末を目立たせるために影を薄くされているような気がするな。上映時間もトータルで15分ほど短くなっている。

 しかし、観たら観たでダブル主人公の構成になっていることはすぐわかるが、予告編やポスターなど宣伝は完全にユ・ヘジン推しで、イ・ジュンはまあまあ頑張っているが影が薄く、ほぼユ・ヘジンの面白演技を愛でる映画だった。
 殺し屋である男が記憶を失い、役者志望の男と入れ替わる。最初は演技に四苦八苦しているが、次第に妙な味わいと演技力を発揮するようになる……という展開を、ユ・ヘジンの元々の演技力と顔面力でどんどん盛り上げ、バイト先の料理店で人気者になり、俳優としてスターになり、やがては恋愛まで……。
 このパートが一番面白く、さらに見所なので、ずーっとここを観ていられたらそれでいいのではないか、という気がする。話の筋やオチは、割とどうでもいいというか。だが、段々とユ・ヘジンがスターになったり、あるいは記憶が戻ったりしていく展開で、救急隊のヒロインがそれを寂しく感じ出すあたりが肝で、中盤の楽しい展開がある種のユートピアであることもわかってくる。しかし、やがて現実が、本当の人生が追いかけてくるのだ……。まあ解決も結局は緩いので、別にハードボイルドにはならないんだが。

 総じて面白かったことは面白かったのだが、クライマックス付近の処理には疑問が。いや、あの金で人の命を奪い証拠を握りつぶそうとする悪党どもは、成敗しなくていいの? USBコピーしてどこぞのマスコミに送りつけた、みたいなワンシーン入れるだけで片付くと思うんだが、あれは放置しちゃうのか……。そもそも顔をあいつらにめっちゃ見られてたんだから、これからも映画に出るためにも成敗しておかないといかんと思うのだが……?

 オリジナルを刈り込む過程で少々詰めを誤った感じで、もう少しソリッドな切れ味を得られそうだったところが、結局印象に残るのはユ・ヘジンの活躍だけなので、ぬるいコメディに止まっちゃったかな。惜しい。