”痛みは連鎖する”『アフターマス』(ネタバレ)


『アフターマス』予告

 シュワルツェネッガー主演作!

 妻と身重の娘の帰宅を待ちわびていた現場監督のメルニック。だが、空港まで迎えに訪れた彼を待っていたのは、思いもかけない悲報だった。航空史上最悪の空中衝突事故……。戻らぬ妻子のために航空会社に謝罪を求めるメルニックだったが……。

 前作『マギー』あたりから、いよいよアクションスターにもお別れしようとしているらしいシュワちゃん。今作は工事現場の監督が仕事の男だが、身体こそでかいもののしっかり老いているイメージで、シャワーシーンで脱いでるがもはやシワシワのブヨブヨだ!

 ニューヨークから飛んでくる妻、娘、娘の胎内の孫が来るのを、家を飾りつけして今か今かと待っていたが、空港にまで迎えにいったところ別室に案内され、まさかの墜落の知らせを受ける。生存は絶望的と言われるが、情報センターではなく家に帰り、自ら事故現場に車を飛ばす。ボランティアに紛れ込んで現場を歩き回り、ついに二人の遺体を……。
 まあやるせなさしかない展開なのだが、シュワは大きな身体をすぼめて好演。さあ復讐のために馬鹿でかい銃をかついで航空会社に乗り込むのか……? 今なら原作版『バトルランナー』もやれそうね。

 視点が変わって事故当日の管制官スクート・マクネイリー。一見暗そうな人だが、出だしはまずまずふくよかで、『96時間』のキムちゃんと結婚して男の子も一人。平凡だが幸せな人生……。

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 マッチョじゃない痩せた男だけど、実は彼とシュワちゃんは共通点も多く表裏一体の存在なのね。共に事故によって人生を破壊される。事故の経過を見ていると多くの偶然やシステムの欠陥が重なりに重なって起きている。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B2%E3%83%B3%E7%A9%BA%E4%B8%AD%E8%A1%9D%E7%AA%81%E4%BA%8B%E6%95%85

 映画はこの経緯をかなり忠実に描いている。無論、ミスした管制官にも責任はあろうが、彼一人に全てが帰結するものでもない。スクート・マクネイリーはもともと貧相なのがどんどんやつれメイクになって、痛々しく罪悪感に苛まれていく。憔悴し切って小さな背中になるシュワちゃんと、対照的なルックスのこの二人が、いつしか重なって見える。

 航空会社は現場レベルでは親切なのだが、いざ賠償の交渉となると露骨に居丈高になり、この金で我慢しろよ、と迫るかなりわかりやすく嫌な感じに変貌し、「家族の写真を見て謝罪しろ」と要求するシュワを突っぱねる。遺憾の意、とか言ってる政治家などそうだが、世の中確かにこういう「謝ったら死ぬマン」が結構いるよな……。非を認めるともっと吹っかけられると思うのであろうか。こうして「誰一人謝らない」という状況が作られ、行き場を失ったシュワは当事者である管制官を探すように……。

 家族を持つ普通の男二人が対面し、事態は悲劇へとまっしぐらに。やっとリーアムパパから解放されて幸せな結婚をしたキムちゃんが、今度はシュワに襲われるというのも気の毒としか言いようがない。写真を見せられたマクネイリーさん、「あれは事故だったんだ!」「俺が殺したんじゃない」「消えなきゃ警察を呼ぶぞ!」と言ってはいけないワードを連発。あれだけ後悔し苦しんでいたのに、口を開けば出てくるのはこれなのは、結局は認めないことで精神の安定を保っていたのであろうことがわかる。責任を認めてしまうと、きっと押しつぶされてしまうのだ……。
 あんだけマッチョな肉体を持っていたはずのシュワちゃんが、チンコより小さいナイフを使っちゃうあたりも物悲しく皮肉で、カタルシスなど何もない。マクネイリーの家族を自分の妻子と誤認するところは、実にわかりやすくこの悲劇の構図を浮かび上がらせるな。

 10年の服役の後、シュワちゃんが迎えるラストは、ちょっとメタ的に観ると、今まで数々の映画で、正義、復讐、国家の名の下にボディカウントを積み重ねて来た彼についに清算の時が訪れたかのようで、老いさらばえた彼にはもはや反撃の手段はない。これこそがシュワ版『グラン・トリノ』なのだ!と言っちゃうには、映画自体がいささか小粒なのだが、これは今後の作品選びにおいても傾向として浮かび上がってくるんじゃないかな。

 ラストはラストで、シュワちゃんがまた「あいつは殺されて当然だったんだ!」とか言っちゃうバージョンもありだったと思う。実際、服役して教育刑も受けずに一年ぐらいしか経ってなければそう言ってたんじゃないか。人間は常に正しい行動を取り得るとは限らないし、死んだ管制官にもまた違った運命があったのかもしれないですね。

マギー(字幕版)

マギー(字幕版)

”生きて帰るために”『ダンケルク』


『ダンケルク』最新予告編 (日本語字幕)

 クリストファー・ノーラン監督作!

 フランス北端、ダンケルク。1940年、ドイツ軍の電撃的侵攻になすすべなく押し捲られた英仏連合軍は、海沿いのこの街に追い込まれていた。絶体絶命の中、進撃の止まったわずかな猶予の中で、英国軍は史上最大の救出作戦を発動させる。陸海空、全てが戦場となるこの地で、兵士たちは生き延びることができるのか……?

 『インターステラー』以来の企画に、第二次大戦中のダンケルクにおける「ダイナモ作戦」を題材に選んだノーラン、初の実話の映画化にチャレンジ。すっかり「こだわり」の人として認知され、事前の宣伝でもノーCGで物を作っては壊しまくる姿が豪快にアピールされた。
 今作では実在の戦争ものということで、実際に船を浮かべ、現存する戦闘機を飛ばし、人間をどんどん海に放り込む。それを70ミリフィルムのIMAXカメラで撮影……。

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 まあここまでのこだわりを実際に通すだけの実績を上げてきたことがまず凄いし、相変わらずの妥協のなさがひしひしと伝わってくる。IMAX上映で鑑賞したが、恒例のカウントダウンもなく、いきなり銃火が交差する街中へ……。
 ドイツ軍による降伏勧告が上空から散布されるが、ウンコしてそれで尻を拭きたい主人公。しかししゃがみこもうとする度に銃撃が繰り返され、一向にウンコできない! もしかしてこの映画は、このままずーっとウンコを我慢し続けるサスペンスになるんではなかろうか……と心配しちゃったよ。
 お話は陸海空の3パートに別れていて、陸が一週間、海が一日、空が一時間の経過を描いている。心配せずとも、一週間ウンコを我慢する必要はなかったわけだ。安心した……。陸パートを一時間にしてその間ずーっとウンコを我慢してる話にしたら、より面白かったかもしれないがな。アイドル味を一切合切封印したワンダイレクションもいっしょになって我慢してな。

 孤立し、爆撃を受ける陸パートは若手の役者メイン、エキストラも大量だが、ここが映画の主軸になっているイメージ。いつ攻撃がくるかわからない嫌な臨場感を広大感溢れる画面と抜群の音響で見せ、そこにハンス・ジマーが不協和音を浴びせて煽りまくる。ああ、いやだいやだ戦場はいやだ。わけもわからないうちに、数m立ち位置がずれたら爆弾で吹き飛ばされ、数センチ頭の位置がずれたら脳をぶちまけるかもしれない緊張感。実際に人がバラバラになる絵は見せずに、遠景のどこかでそういうことが起こっていると思わせる臨場感。
 史実的にも、この海岸に残された兵士たちを救出することが主眼なので、このパートの緊張感が高まれば高まるほど、他のテンションも上がっていくことに。

 空からはパイロットのトム・ハーディが、散発的ながら爆撃をしているドイツ機から味方を守るべく、三機小隊で駆けつける……んだけど、隊長機は先に落とされ、自機も燃料のメーターが壊れて大ピンチ状態。この空のシーンはレーザーIMAXの白眉たる広大さを見せつけてくれる。こうして戦闘機を操縦していても、人間の視界というのは限られていて、知らない間に味方機は落ちてるし、敵機の位置関係も飛び回ってやっと捕捉できるぐらいで、本当に寄る辺がない。気がつけばもう墜落しているし、敵もまたそうなのだろう、という無常ささえ漂う……。空を舞う木の葉のような……。

 海からはマーク・ライランスが、息子とその友達と共に自らの船で兵士の救助に向かう。この友達君が非常に冴えない顔をしていて、びっくりするぐらい役に立たなさそうなのだが、本人も自覚していて、新聞に載るような立派なことをしたいと語る。しかしUボートに沈められた艦艇から、唯一生き残った兵士キリアン・マーフィを助けたところ、悲劇が……。
 空パートのトム・ハーディがやたらと格好良く描かれていて、ノーラン監督の彼に対する愛を強く感じたところだったが、ここのキリアンは何とも言いようのない汚れ役で、悲しくも情けない振る舞いを見せてしまうキャラ。絶大な、揺るぎない信頼があるからこそ、この役を任されているのだろうな、という気がするのである。

 3パートを順番にやったら陸パートがやたらとテンポが悪くなるだろうから、まあ飽きさせないための工夫として時系列をいじってるのだろうな、と思うのだが、後半はその時間差がじわじわ縮まってきて、またノーランのいつもの名調子で手に汗握らされることになりましたよ。時系列が重なるのは本当に一瞬だけで、また緩やかに分岐していくのが何やらもったいなく感じられたぐらい。一致したらあとはそのままだった方が効果的だったんでは、とは思うが、後の列車のシーンなど、やっぱり別に分けて描きたかったものが色々とあったということですな。
 マーク・ライランスが一人でバトルシップしてたあたりや、ケネス・ブラナーのラストの敬礼なども、クサくなりすぎずに品良くまとめていて、撤退戦でありながらきっちりカタルシスも入れてくる。
 大体が国威発揚的な文脈に回収できてしまうので、もうちょっと個々の人間ドラマ(それもノーランの描くいささか大仰な奴な)が見たかったところでもあるが、まあ内容が内容だけにこうなるのは必然だろう。しかし、一番ハラハラさせられかつ感動したのは、燃料切れを起こしたトムハ機の、車輪が出るのが間に合うか間に合わないかというシーンだったので、今回はとことん実物のギミックに振り切った映画であった。
 こういう映画は当分作られないだろうし、この時代にオンリーワンな存在感を放つ一本であるのは間違いない。ノーラン自身も、次はまた全然違う企画に行っちゃうだろうしな。

 まあまあ普通のビスタのスクリーンと普通の5.1chでも面白いと思うが、迫力はかなり環境に依存するので、IMAXや爆音上映などで観る機会があればチェックしたいところ。特に音響は大変素晴らしいので、なるべく音のいいところで。まあそうなると、本稿時点ではエキスポシティのレーザーIMAXが最高ですね。

今日の買い物

プリズナーズ』BD

 ヴィルヌーブ監督作。公開時の感想。
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『ローガン』UHD

 モノクロ版『ローガン・ノワールも収録! 公開時の感想。
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”ソウル発プサン行き特急列車”『新感染 ファイナル・エクスプレス』『ソウル・ステーション パンデミック』


『ソウル・ステーション/パンデミック』予告篇

「新感染 ファイナル・エクスプレス」予告編


 ソウル発、プサン行きのゾンビ映画

 ソウルで突如起きた感染爆発。プサンへと向かう超特急KTX内にも感染者が入り込み、走行中の中で乗員、乗客が次々と襲われ感染していく。娘を離婚間近の妻のもとに送り届けようとしていたファンドマネージャーのソグは、軍人である顧客に連絡し事態をつかもうとするのだが……。

 これはかなり前から楽しみにしていた映画。原題は『釜山行き』で、これはKTXという韓国を縦断する特急列車のこと。日本の新幹線とは細部が違いますね。
 主演は『トガニ』『サスペクト』以来のコン・ユさん。ちょっと年取ったかな。ファンドマネージャーだが、離婚寸前の妻のもとに娘を送るために、早朝から釜山行きKTXに乗ることに。映画は基本、この路線上から出ずに最後まで進行する。まだ夜明け前の暗い内に出発した列車が進むにつれて明るさは増すが、車内から見えるのは超特急をも追い越す感染爆発の恐怖だ。

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 事態の発端になっているオープニングが最高で、最初に出てくる鹿のゾンビを見ただけで傑作認定してしまいそうになったね。車に轢かれたにも関わらず立ち上がる鹿。出血をものともせず、目は白く濁り……。いやあ、演技上手い鹿だな。カラコン入れられてるのに大人しいものだね(多分、CGです)。

 発車寸前の列車に『サニー』のシム・ウンギョンが走り込み、かの映画のババアの亡霊演技をさらにパワーアップさせたゾンビ演技を披露。これから始まる地獄を端的に見せる。最初は念入りに見せておき、後は割と勢いで端折っても脳内補完してもらえる、という感じで、映画は列車と同様にどんどん加速して行くことに。

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 ふとましいマッチョことマ・ドンソクにも、ろくでもない仕事呼ばわりされてるファンドマネージャーのコン・ユさんだが、お婆さんに席を譲った娘を説教したり、自分だけ助かろうと裏から手を回したり、確かにろくでもない人として描かれる。KTXの系列会社であるバス会社の常務を車内最悪の人間とすると、最初は確実にそっち側にいる。車内の多くを占める中間層より上の富裕層二人が鼻持ちならないのだが、コン・ユさんはそういった価値観に与しない娘に諭されることによって変わっていくこととなる。
 マ・ドンソクは彼に「父の教え」を説く、粗野で豪快で生きる力に満ちた存在であり、対照的でありながらこの状況下における理想像となる。そしてそれゆえに散って行くわけだが……。今回はその鍛えられた肉体による活躍が素晴らしかったですね。ただ、ゾンビバージョンも見たかったな。最後に乗り換えて走り去るところで、先頭切って追いかけてくるぐらいの絵面があっても良かった。コン・ユさんが捻り潰されてしまいそうだが。
 主要登場人物も何人かはゾンビ化するのだが、後々にも話に絡んでくるケースは少なく、その点が物足りなかったところでもある。まあ複数のアイディアがある中での取捨選択の結果なのだろうが。
 サブキャラではお婆さん姉妹がお気に入りで、ナチュラルなお姉さんと、整形したのか妙に若作りな妹さんの対比がいいですね。全然性格も違うのだが、途中で別れ別れになり、再会した時には一方が……という展開。ここで婆さんが啖呵切ってからのカタストロフは今作の白眉という印象で、車内のドアのガラス越しのビジュアルも往年のホラー映画のポスターのようで最高! ただ、個人的にはここがピークだったかな、とも思う。

 いわゆる「走るゾンビ」ものなので、スピード感重視で感染の速度も早い。それなりに残酷なシーンもあるが、人体欠損の描写はそれほどなく、むしろ控えめで見やすく作ってある。ゾンビものらしく、資本主義の極みによって生み出された結果、という存在でもあるし、国内における格差が極まった姿とも受け取れる。さらに、隣国からの侵攻という恐怖も一枚噛んでいて、なかなか一筋縄ではいかない。
 今作独自の、視覚があって見えるものを襲ってくる、というルールを駆使し、車内のサスペンスを盛り上げ、あの手この手で退屈させない。この電車内、駅構内限定という縛りがあるからこそフレッシュな絵面が生まれ、今作ならではのサスペンスを醸成する。

 スクリーンXで二回目も鑑賞。左右の映像は、実際のカメラ位置の左右である場合もあれば、前方スクリーンをワイドに拡大したものとして機能する場合もあり、さらに大量に押し寄せるゾンビのイメージ映像としても使われていた。ただ、左右スクリーンは専用プロジェクターによる壁への投射なので、前方ほどの精細さはなく、非常灯などもあるのでさほど没入感はなし。まだまだこの表現には洗練の余地がありそうで、今のところはわざわざ見なくてもいいかな、という印象。ただ、副産物として前方スクリーンは壁一面ぎりぎりいっぱいまで使用されているので、非常に見易い。

 二回見たが、飽きさせない工夫が凝らされていて全く退屈しませんね。国産の『アイ・アム・ア・ヒーロー』に続き、いいアジア産ゾンビ映画が見られた。まだまだネタはあるだろうし、この潮流に期待したいところ。

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 同監督による前日譚『ソウル・ステーション パンデミック』も鑑賞。こちらは列車縛りがなくなったので、普通に韓国社会におけるゾンビ映画という感覚で見られるようになっている。ただまあ新鮮味はなかったし、作画も相まって少々迫力不足という印象。
 『釜山行き』におけるホームレスの出番を増やしたような、貧困層中心に描いた非常に胸糞の悪いストーリー展開が見どころかな。ラストのどんでん返しもなかなか良い。今敏オマージュも感じられるな……。
しかし、『釜山行き』でも娘ちゃんがたまにパンチラしていたが、今作のヒロインも後半に向けてどんどんパンチラの分量を増やしていくのはいったいなんなのだ……。

”鍵泥棒のプロット”『LUCK-KEY ラッキー』


『LUCK-KEY/ラッキー』予告編

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 ユ・ヘジン主演作!

 標的を完全に抹殺するプロの殺し屋として知られるヒョヌク。だが、仕事帰りに立ち寄った銭湯で転び、頭を打ってしまう。たまたまその場に居合わせた売れない役者ジェソンは、身なりのいい彼とロッカーの鍵を取り替えてしまう。記憶を失ったヒョヌクは自分がジェソンと思い込んでしまい……。

 邦画『鍵泥棒のメソッド』の韓国版リメイク(オリジナルは未見)。ラッキーがキーにかけてあるということで、やっぱり鍵泥棒から物語は始まる。

 オリジナルは堺雅人香川照之広末涼子の三人を主軸にした話だったが、今作では堺=イ・ジュン、香川=ユ・ヘジンの二人に焦点を絞ってお話を調整。すれ違う男二人を描いている。オリジナルは未見だが、まあこの構図を見るだけでもスッキリしたのは間違いないし、やっぱり広末の出番はこれぐらい必要だろ、ということで少々いびつなバランスにされていたんじゃないか、という気がするね。
 二人の男の関係を対照にするために、イ・ジュン側にもう一人ヒロインが登場するのだが、オリジナルはこちらも広末を目立たせるために影を薄くされているような気がするな。上映時間もトータルで15分ほど短くなっている。

 しかし、観たら観たでダブル主人公の構成になっていることはすぐわかるが、予告編やポスターなど宣伝は完全にユ・ヘジン推しで、イ・ジュンはまあまあ頑張っているが影が薄く、ほぼユ・ヘジンの面白演技を愛でる映画だった。
 殺し屋である男が記憶を失い、役者志望の男と入れ替わる。最初は演技に四苦八苦しているが、次第に妙な味わいと演技力を発揮するようになる……という展開を、ユ・ヘジンの元々の演技力と顔面力でどんどん盛り上げ、バイト先の料理店で人気者になり、俳優としてスターになり、やがては恋愛まで……。
 このパートが一番面白く、さらに見所なので、ずーっとここを観ていられたらそれでいいのではないか、という気がする。話の筋やオチは、割とどうでもいいというか。だが、段々とユ・ヘジンがスターになったり、あるいは記憶が戻ったりしていく展開で、救急隊のヒロインがそれを寂しく感じ出すあたりが肝で、中盤の楽しい展開がある種のユートピアであることもわかってくる。しかし、やがて現実が、本当の人生が追いかけてくるのだ……。まあ解決も結局は緩いので、別にハードボイルドにはならないんだが。

 総じて面白かったことは面白かったのだが、クライマックス付近の処理には疑問が。いや、あの金で人の命を奪い証拠を握りつぶそうとする悪党どもは、成敗しなくていいの? USBコピーしてどこぞのマスコミに送りつけた、みたいなワンシーン入れるだけで片付くと思うんだが、あれは放置しちゃうのか……。そもそも顔をあいつらにめっちゃ見られてたんだから、これからも映画に出るためにも成敗しておかないといかんと思うのだが……?

 オリジナルを刈り込む過程で少々詰めを誤った感じで、もう少しソリッドな切れ味を得られそうだったところが、結局印象に残るのはユ・ヘジンの活躍だけなので、ぬるいコメディに止まっちゃったかな。惜しい。

”曇天に戦う”『ワンダー・ウーマン』


映画『ワンダーウーマン』本予告【HD】2017年8月25日(金)公開

 DCコミックの映画化!

 女性だけが暮らす島で育った王女ダイアナ。外の世界を知らなかった彼女だが、島に不時着した男スティーブを助け、彼を追ってきたドイツ兵を戦ったことで、外の世界の戦乱を知る。母親らの反対を押し切り、軍神を倒して世界を救うことを決意したダイアナだが……。

 『スーサイド・スクワッド』は一応観たが、本当にひどくてびっくりしたな。今作はそれに対して結構評判もいいじゃあないか……。
 主演は『ワイスピ』シリーズにも出ていたガル・ガドット。すでに『バットマンVSスーパーマン』にもワンダーウーマンは登場しているがこちらは未見で、前日譚ということになる。第一次大戦に諜報員クリス・パインとの出会いによって参戦したワンダー・ウーマンことダイアナが、大戦の裏で糸を引く軍神アレスを追う、というお話。

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 ベースにギリシャ神話があって、かつてゼウスが全ての力を注いでアレスを追放したものの復活が予見されており、ダイアナの母であるアマゾネスの女王コニー・ニールセンは妹である最強戦士ロビン・ライトと共にそれに備えて神殺しの武器を守り続けている。
 ドイツ軍に追われて島に転がり込んできたクリス・パインに外界の話を聞いたダイアナは、剣と盾と鞭を携えて、アレスを倒すべくロンドンに向かう。アレスさえ倒せば、戦争は終わるのだ!と力説するダイアナは若干頭の弱い人のように見えて、クリス・パインなどは、ああはいはい、とごまかしている。このダイアナが世界を救うという誇大妄想を捨てて、対症療法的にその場の悪と戦うヒーローに落ち着くまでの話……と言ってしまうと、あまりに夢がないな。

 素朴な善意や正義感を発露させてダイアナが戦場へと乗り込むあたりは超盛り上がるのだが、段々と戦場の現実を知ってトーンダウンしていく一方で、クリス・パインや仲間の兵士たちは彼女の活躍に感化されることでバランスを取っている。
 第一次大戦が舞台なのだが、もちろんこの後に第二次大戦があって、アレスを倒してもまだ戦いは続くのだ、ということを我々は知っている。別に大仰に語られるまでもなく、戦争が人類の業であり未だ抱え続けている大きな課題であることもわかっているわけで、そこをクライマックスに持ってこられても、どうも弱いのではないか。わかりきっているというか、手垢がついているというか……。
 しかし黒幕一人倒したところで戦争は終わらない! と言うのはまあそりゃそうだ、という話だが、やっぱりアレスを倒したら映画は一応一区切りはついてしまう。ドイツ兵が夢から覚めたような顔をしているし……。その黒幕がドイツ側じゃなくてイギリス側にいた、というのは単に巧妙さを示してるだけで、特別大いなる矛盾を描いてるとかではないよな。
 これなら、もう少し早めにアレスを倒してしまい、第一次大戦終結を見るが、にも関わらず第二次大戦が起きてしまう……という展開の方がいいのではなかろうか? そして絶望の中、重火器やタイガー戦車に苦戦するダイアナと……。

 アクションも中盤までは良かったのだが、アレスが正体を現して超人同士の戦いになると、やたら横移動するダサいカットが繰り返され、走って行って攻撃する→遠くまで吹っ飛ばされるを繰り返し、その間にダラダラしゃべるのを繰り返すので超テンポ悪し。メリハリがなさすぎて辛い。
 「神殺し」が島から持ってきた剣ではなく、ダイアナ本人である、ということもまあわかっているのだが、それをわざわざしゃべっちゃう親切なアレスさんもいったい何なのだろう……。懐柔するなら、一回叩き伏せてからで十分なんじゃなかろうか……。

 途中までは面白かったのだが、ロンドンの陰鬱な空とともに段々と鬱屈してきて、ああDCだね……という心持ちに。それでも『スースク』『マンステ』よりは面白いが、やっぱりザック脚本が良くないんじゃない。
 『私が生きる肌』の人が、肌死んでて面白かったが、あの人を生かしておいたらまた毒ガス作られちゃうんじゃないの。せっかく今ある分はクリス・パインが命を犠牲にして始末したのに、また普通に作られてしまったら意味ないんではないか。いや、それこそがアウシュビッツに繋がるんだ!ということなのかもしれないが、それならそれでやっぱり現代に行ってから過去を総括するシーンが必要なんじゃないかね。その後のワンダーウーマンが何をしていたのか、この映画を見ただけではよくわからないし、単に博物館に引きこもっていただけのようにも見える。

 ガル・ガドットの美しさとフレッシュなイメージでどうにか持ちこたえた感じだが、見ている間はまあまあ面白いものの、終わると不満も噴き出てくるような映画。

”旅は続く”『西遊記2 妖怪の逆襲』


映画「西遊記2~妖怪の逆襲~」 三蔵法師一行がクモ女に遭遇… 日本版予告編公開

 チャウ・シンチーが脚本!

 天竺に向けて旅を続ける三蔵たちだが、悟空はなかなか三蔵に心服せず仲違いばかりして危機を招いてしまう。蜘蛛女の襲撃を乗り越えたものの、二人の険悪さは決定的に。どうにか比丘国にたどり着き、九官真人に取り持たれて国王と面会する四人だが……。

 『西遊記 はじまりのはじまり』の続編……?と思いきや、キャストは総入れ替えになっているし、チャウ・シンチーはプロデュースと脚本に退いてツイ・ハークが監督しているし、いったいどうなってるの?という感じの映画。

三蔵:ウェン・ジャン→クリス・ウー(『トリプルX 再起動』)
孫悟空:ホアン・ボー→ケニー・リン(『修羅の剣士』)
沙悟浄:リー・ションチン→メンケ・バータル(『孫文の義士団』)
猪八戒:チェン・ビンキャン→ヤン・イーウェイ
段:スー・チースー・チー

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 と言った感じでガラリと変わっている。特にホアン・ボーさんだった孫悟空が、急にイケメンになっているのが驚きだ。下の二人は、正直前作で台詞もない数合わせだったのでもうちょっと存在感のある面白い人に変えたかったのだろう、という気はするが……?
 まあこれだけ陣容が変わっているんだから、普通に続編というよりリブート、パラレルな内容になっているのでは、と見る前は思っていたのだが、あれっ、スー・チー……?
 完全に続編だよ! お話はまったくあの続きで、三蔵は未だに悟空に殺されたスー・チーのことを想い続けている。回想や幻影でちょいちょい再登場してくるスー・チーさん……。うーむ、これだけキャストが変わってキャラのイメージまで変わってるのに堂々と続編とは、フリーダム過ぎないか……?

 正直、前半は退屈だったが、後半になって本筋が始まると急速に面白くなってくるのな。チャウ・シンチー演出に比べてギャグのコントロールや畳み掛けはうまくいってないが、アクション演出や馬鹿馬鹿しいまでのCGの巨大感の表現などは、さすがのツイ・ハーク節ではないですかね。二人ともむやみに大仏が好きなのがよくわかる。後半はどんどんお約束で盛り上げ、続編ならではの展開を見せる。テーマ曲も全部同じなので、ここはあの技が……!と思ったらやっぱり出てくるわけだ。無論、二番煎じ感も否めないところではあるが……。

 今回のゲストキャラ、九官真人を演じているのは仲間由紀恵……あれっ? 出てくる間、ずーっとニヤニヤしっぱなしのキャラで、すごい存在感だ。いつのまに中国映画に……と思っていたらヤオ・チェンという向こうの人気女優なのね。それにしても似ているな……。歳も同じだよ!
 『人魚姫』のリン・ユンも出ていて、脇役で出番は少なめだが重要な役。ここは「きみい、ちょっとキャリアを積んでみんかね」とシンチーが出したのであろうか。
 スー・チーさんゲスト出演で一応、愛がテーマなのだが、何せ生きてるのは結局孫悟空なので、段々とBL風味に……。

 まあ最近のツイ・ハーク映画だと確実に二時間越えなんだろうが、今回は110分にまとまっていて素晴らしいですね。ここは脚本力か……? あまり期待してなかったが、両ビッグネームの個性が発揮されてて面白かった。エンドロール後にはオマケが……いや、ないんだけど……あると言うか……。

人魚姫(字幕版)

人魚姫(字幕版)