”メイルストロームへ”『虐殺器官』


「虐殺器官」予告映像

 伊藤計劃原作!

 途上国で起きる謎の紛争と虐殺。その影に必ず現れるジョン・ポールという男の正体を追い、米軍特殊部隊のクラヴィス・シェパードはチェコに潜入する。全世界を覆ったID網の抜け道であると言われるチェコで、クラヴィスは「虐殺の王」と相対するのだが……。

 製作会社が傾いて頓挫していたそうだが、ようやく完成して公開。が、特に話題にもならずにひっそり終わった感あり。やはり旬は過ぎていたのか? その旬というのは、要は原作者が亡くなった頃かもしれないので、そんなピークが過ぎ去ってから公開というのは、ある意味フェアというかなんというか……。

 『ハーモニー』と同じく、映画を観てから原作を読むパターンにしてみたが、今作の方が金もかかってビジュアルも頑張っている反面、遠目になったら作画が急に手抜きになったりと、いかにもアニメらしい表現も目に付いた。そう言えば、村瀬修功の名前もひさしぶりに見たような……。『ハーモニー』の前日談として、かの作品において語られた「大災禍」の発端、として観てもいいし、特に関係のない独立した一本として観ても別にいいかな。ただまあ、続きものとして観るならやはり発表順に観たかったし、映像的にももう少し共通点があっても良かった。

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 後で原作を読むと補完されたのだが、映画版では主人公の死生観の部分、亡き母親との夢での対話などがごっそりカットされている。お話の進行上、それで何か欠けて見えるかというと、一見そんなことはないのだが、終盤に主人公が下す選択の重要なファクターでもあるため、これがあるかないかでは実はえらい違いである。

 おかげでどうにもダイジェスト感覚が拭えず、要素をカットしつつも独自解釈で補った『ハーモニー』よりも一枚落ちるかな、という印象にとどまってしまった。少々残念なところでありますね。

 さて、『ハーモニー』より前に作られた『屍者の帝国』も録画したので観られるわけだが、これもすごい不評なんですよね。さあ、どうするかな……。

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

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ハーモニー (ハヤカワ文庫JA)

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今日の買い物

『オール・イズ・ロスト』BD

 公開時の感想。
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”妹の恋人”『愚行録』


映画 『愚行録』予告編【HD】2017年2月18日公開

 貫井徳郎原作!

 理想の夫婦と言われた田向家で起きた一家惨殺事件。容疑者の目星もつかないまま一年が経ち、事件は風化しようとしていた。幼児虐待で収監された妹を抱える週刊誌記者の田中は、田向家事件を再び追い始める。だが、関係者を訪ね歩くうちに浮かび上がってきたのは、夫婦の意外な素顔だった……。

 まあまあ人気はあると思うんだが、叙述トリックが多い作家なので、映像化はあまり多くない。ドラマは何本かあったが、劇場映画化は今作が初ということになる。今作は直木賞候補にもなった一本で、『修羅の終わり』やら『空白の叫び』ほどのボリュームもなく、さらっと読めた。

 育児放棄し娘を瀕死にさせて収監された妹・満島ひかりを持つ兄・妻夫木(職業:週刊誌記者)が、一年前に起きて犯人の挙がっていない、ある一家惨殺事件を追うというお話。関係者へのインタビューの連続で構成され、ドキュメンタリーを作る過程を追っているかのようにも見える。

 原作はすべて語りで構成されているので、そのまま映像化するとすべて台詞で説明するような格好になるのだが、映画は脚色して第三者的な登場人物を増やし、映像で見せていく。なかなかスマートに映画化されているな、と思ったが、いじり過ぎて不自然になっているところも……。また、大学時代と30代半ばを同じ役者が演じてるのも、さすがに無理があったな。まあ演出を考えるとやむを得ないわけだが……。

 『ユージュアル・サスペクツ』のパロディで賢さと底意地の悪さをアピールするオープニングから登場するブッキー。『怒り』のウェットな役柄とは正反対に、笑み一つ浮かべない何を考えているかつかめないキャラクターを好演。妹役の満島ひかりも、少々やりすぎなんじゃないかというぐらいの演技と存在感で、このキャラクターの悲哀を表現してみせる。
 対して他のキャラは良くも悪くも「ミステリ」的というか、役割分担でしかないキャラ付けが肝。小出恵介の人間のクズ演技も含め、浅いと言えば浅いのだが、そのキャラ設定の浅さを逆手にとって「あまりに愚かしく悲しい人間たち」としちゃうところがなかなかアクロバティックだな、と思う。
 が、なんで貫井徳郎を読まなくなったかと言うと、web日記やもうなくなったTwitterアカを見ていたら、どうもこれを何か本当に深いことを書いているつもりらしい、と気づいてしまったからなのだがな……。それが露骨に出て本当に気持ち悪かったのが『乱反射』である。

 さて、じゃあ嫌いな映画かと言うとまったくそんなことはなく、このブッキーのキャラクターには好感しか抱けない。責任感の塊のような性格で、凄まじいまでの「暗黒の行動力」の持ち主。過ぎ去ったことを過去のことだからと得意げにペラペラとしゃべっていたら、いつの間にか彼奴が忍び寄っているのだ……。

愚行録 (創元推理文庫)

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慟哭 (創元推理文庫)

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”うちは、ぼんやりしとるけん”『たかが世界の終わり』


『たかが世界の終わり』予告編

 グザヴィエ・ドラン監督作!

 12年ぶりに故郷の生家へと帰って来たルイ。帰郷の目的は、自らの死期が迫っていることを家族に告げるため……。浮かれる母、そっけない兄、幼い頃しか知らない妹、初対面の兄嫁。ぎこちなく会話を交わしながら機会をうかがうルイだったが……。

 今回は主演してない天才ドラン。代わりの主演は『サンローラン』でもキレッキレだったギャスパー・ウリエル! やたらとドランに寄せたメイクと演技で、顎が割れてるドランに見えるよ。さらにヴァンサン・カッセル、マリオン・コティヤール、レア・セドゥと豪華キャスト。オリジナルは戯曲で、その映画化ということ。

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 死期が迫っているらしい次男が、長い間疎遠だった生家へと帰り、母、兄、義姉、妹と対面。兄嫁と会うのは初。兄の子供は嫁実家に預けられていて不在。
 母親と、子供の頃から会ってなかったレア妹ははしゃぎ気味なのだが、ヴァンサン兄が大変不機嫌で、間に立って困惑気味なマリコ兄嫁。前半はこのマリコの「家族」だけにわかっている空気の中に入り込めてない感じが最高ですね。
 場をもたせるために、ウリエルに子供の写真を見せるマリコ。説明をしてたらヴァンサンが突然怒り出す。「そんな話しても弟が迷惑なだけに決まってるだろ!」 いやあ、意味がわからない。まあ実際、そんなに面白い話ではないかもしれないが、お互い普通に話を合わせているというのに。「どうしてそういうこというの……」と戸惑うマリコ。
 その後も、姑の話で笑ってたら、またヴァンサンが切れる! 「その話、もう百回は聞いたよ!」 そう言えばうちも家族でつい同じ話をしてたりして、「この話、前にもしたっけ?」と言ったら母親が「落語みたいなもんで、何回聞いてもおもろいもんはおもろいねん」と言っていたな……。

 おっとりしてて、空気読むの半分、天然半分と言った風情のマリコが実に好演で、今にも「うちは、ぼんやりしとるけん」とか言い出しそうで怖い。この順応っぷりと、それでもなお家族間の深いところは読めない感じが、まさにすずさん。「嫁」はどこの国にもいるのだ! 『マリアンヌ』の凄腕とは対極のキャラで、非常に良い演技でありました。

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 後半はヴァンサン・カッセルの独壇場で、弟と全然話の合わない兄像を大熱演。都会でシャレオツな仕事についているゲイの弟が、もう何から何まで気に入らない。「カフェ」という単語を聞いただけでブチ切れるレベル。『トム・アット・ザ・ファーム』でもそうだったが、ドランにとって「兄」というのは相当やっかいなもののようだな……。傷ついた拳から、暴力的なのか自傷的なのか(まあこの二つは同じものなんだけど)が伺え、恐ろしくもあるし可哀想でもあり……(ベスト・ハズバンド度:0点)。

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 対して妹のレアちゃんは、都会っ子になったウリエルが羨ましく、結構懐いてくる。ちょっとハイすぎる感じがつらいのだが、今回は妹キャラを貫徹し、いつものレア先輩キャラを封印。むしろ後輩、いや妹。

 お話はこの家族間の人間関係を会話劇でじっくり見せ、ほぼそれのみ。三幕構成の二幕目に入った瞬間に終わるような感じなのだが、これはこれで一つの結論だな……。正直、帰る前からこうなるのをわかってたけれど、実際帰ったらやっぱりそうだったよ、と言うような……。

 観ている間はかったるいところも多いが、後から考えているとじわじわくる、そんな感じの映画でした。まあ演技合戦だけでも十分楽しめますよ。

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マイ・マザー(字幕版)

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”Mr.&Mrs.ヴァタン”『マリアンヌ』


『マリアンヌ』 予告編

 ブラッド・ピットマリオン・コティヤールが共演!

 1942年カサブランカ。ドイツ占領下の地に密かに降り立ったイギリス諜報部のマックスは、現地に先に潜入したフランス人レジスタンスのマリアンヌに接触。夫婦を装い、ドイツ大使を暗殺しようとする。謎めいたマリアンヌに惹かれるものを感じながら、任務を遂行しようとするマックスだが……。

 さて、先日アンジェリーナ・ジョリーと離婚したブラピですが、今作の撮影中にマリオン・コティヤール(以下マリコ)と不倫したという噂が流れ、それが離婚の一因となったとも。まあありそうでもあり、なさそうでもあり、実際のところどうなんですかね?とこのゴシップを聞いた時には思ったものだが、さて、実際の映画にそんな影が感じられたかというと……。

 主人公ブラピはイギリスのスパイ。カサブランカに潜入し、先に潜入した工作員マリコと組んで秘密任務を行うことに。初対面の二人だが夫婦を装い、謎めいたマリコにリードされて行くブラピ。お互い凄腕だが、明日をも知れない身であることに変わりはない。偽夫婦やりながら準備を進め、段々とバディ感が生まれてくる。
 さすがに歳取ってセクシャルな感じが枯れてきたブラピが、華やかなマリコに引っ張られてる感じが逆にハマってて、ああロマンチックだなあ……と思ったのだが……これって『Mr.&Mrs.スミス』に似てねえ……? ジャンルこそ違うし、お互いがスパイであると最初から知っているわけだが、危険さがあるからこそ燃え上がるというムード、嘘まみれの境遇と裏腹な親密さ……。
 アンジーとの結婚のきっかけになったあの映画に似た話を、別の女優とやってさらに不倫疑惑……何も決定的なことはないが、ひしひしと不穏な空気だけは伝わってくるような……。これは……まずかったんじゃないかな……。

 最初の砂漠の着陸シーンとか、その後の車中のラブシーンとか、砂の動きが綺麗すぎでなんというCGだ!と思ったものだが、いかにも『ザ・ウォーク』のゼメキスらしい絵作り。舞台からして『カサブランカ』なわけだから、恐れ多くて少々仰け反ってしまいそうになったのだが、古めかしいルックを最新CGでパッキパキの絵にしてしまうあたり、実にらしいですな。

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 ルックと同じく物語もシンプルかつ古典的で、愛した女と組織への忠誠の間で揺れる男の心情をひねりなく描き通し、奇をてらわずに上質さを追求したかのよう。ひさびさに「神様」じゃないブラピを観られたが、彼自身も往年のスターが演じたような役柄をやってみたかったのかな。
 同時期公開の『たかが世界の終わり』とまったく違うワイフキャラを演じるマリコさんも、最後の「決意」のシーンだけで持って行ってしまう、さすがの演技力。もう『ダークナイト・ライジング』のアップになってガクッはそろそろ忘れてあげようじゃないか。

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 これがコメディ映画だったら、二丁撃ちで刺客を蹴散らしまくった挙句に、あの飛行機で飛び立って終わってたかもな……。嘘まみれの中、たった一つ残る真実、というテーマも含め、少々薄味ですがこれはこれでよし。
 ベスト・ハズバンド度:75点(ただしブラピ自身は……)

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”今を変えろ”『未来を花束にして』


映画『未来を花束にして』予告編

 キャリー・マリガン主演作!

 夫とともに洗濯工場で働き、息子のジョージと三人で暮らすモード。ある日、女性社会政治同盟の活動現場に出くわした彼女は、そこに自らの違う可能性を見出し始める。一生洗濯工場で働き、若くして身体を壊し死ぬ定めと思っていた自分の、違う人生を……。次第に運動にのめり込んでいく彼女だったが、夫のサニーはそれを快く思わず……。

 うまくいかないことがあると泣き喚くのがアンドリュー・ガーフィールド、耐える強さを持っているのがキャリー・マリガンである、とされていたのが『わたしを離さないで』であったわけだが、そう考えるとキャリー・マリガンの方がスパイダーマンというかヒーローだよな、と時々思う。

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 そんな彼女が演じるのは、「サフラジェット」運動に関わり闘士となっていく架空の女性。作中に、実際の運動の中心人物となった実在の女性や、あるいはモデルにしたとおぼしきキャラクターは登場するのだが、この主人公はあくまで無名の存在。
 最近の映画はどんどん臨場感重視、体験型になってきている印象だが、今作も同様で、こうして指導者でも英雄でも殉教者でもない人物を主人公にすることは、その一環なのだな。無名の洗濯婦であり、夫と子がいて、運動の存在を知ったばかりの彼女が、ちょうど拡大し過激化する中心に立ち会う。
 彼女の勤める洗濯工場で、賃金や労働内容の男女不平等や、そもそも健康を維持するのも厳しい過酷な環境があり、退職してそこから脱出する術もないということが示されるわけだが、直接的に主人公の行動の引き金となるのは、工場長による性的搾取になる。彼女自身も、より若い頃に、いわゆる「お手つき」をされたことが匂わされ、今また十代の少女がその標的となっていることで怒り心頭。これがまた、今でも子どもっぽい顔したキャリー・マリガンだから実に真に迫るのだな。そんなわけで『マッドマックス』のフュリオサのごとく、フューリー・ロードを行くことになるのである。あのアイロンのシーンは最高だったね。

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 運動に関わる前はベン・ウィショー夫は一見、温和で平凡な人に見える。が、帰宅が遅くなったり、逮捕されて帰れなくなったりということが起こり、洗濯工場で同僚から「妻の首根っこを押さえられないダメ夫」のレッテルを貼られたあたりから、不満を露わにするように。特別モンスター的な夫ではなく、これはこれでごく「普通」の人間なのだな。権利のない「妻」を役割でしか見られず、一個の人格を認められない、当時のイギリス社会の「普通」をそのまま内面化したごく普通の人間で、「母親」がいないと子供の面倒も見られず手放すことになる。それは制度が作った「家族」像を押し付けられ、二親揃っていなければ育児もできない状況の、ある意味で犠牲者なのだが、彼の怒りは法制度ではなく妻へと向かってしまう。男性として恩恵をも受け、分断されているから。
(ベスト・ハズバンド度:0点)

 ヘレナ・ボナム・カーターによる柔術特訓などがあって、格闘技ファンとしては、おっと思わせられるのだが、これも実在のエピソードが元なのね。後半は実際のエピソードとフィクション部分が混交しているところが響いて、オチのつけ方にはかなり苦慮した印象。キング牧師のような有名人もおらず、直接運動の大転換となったような派手なエピソードにも乏しいのと、主人公が無名の人物であるせいで、クライマックスが不思議な印象に。
 最初はキャリー・マリガンが先導しているように見えたのが、いつの間にか順番が入れ替わって「実在の人物」が前に出ている。これはまあ、場合によってはあるいはキャリー・マリガンがああなっていたかもしれないよ……ということを匂わせているのであろうか?

 投石や爆破など過激な行動もあり、またクライマックスの事件の曖昧な解釈もあって、このサフラジェット運動がどこまで女性の選挙権の獲得に寄与したか?というとそこは明瞭でないわけだし、そこは映画内におけるエピソードのチョイスにもうかがえる。ただ、こういった歴史の1ページを経て今がある、ということは押さえておかなければならないところだろう。少々ダイジェスト的な端折り方がもったいなかったが、なかなか良かったです。

”神の手をなくした男”『ドクター・ストレンジ』


映画『ドクター・ストレンジ』日本版予告編2

 マーベルヒーロー映画!

 天才脳外科医のスティーブン・ストレンジは、交通事故によって両手の機能を失う。成功を重ね傲慢を極めていた彼のプライドは粉々になり、手の回復のために治療を試すうちに財産をも失う。だが、かつて脊椎を損傷したはずの男が歩いている、との噂を聞いた彼は、その裏に潜む魔術の存在を知り……。

 『フッテージ』『NY心霊捜査官』のスコット・デリクソンが監督に起用。主演はベネディクト・カンバーバッチ! 悪役はマッツ・ミケルセン! と、欧州感漂うキャスト。ヒロインはレイチェル・マクアダムス

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 さて、カンバーバッチ、天才外科医という設定で、腕はピカイチだが性格は物質主義で嫌な奴。まさにハマり役で、傲慢な言動を付き合ってるレイチェルにたしなめられても、のらりくらりとかわして聞く耳持たず。今日もオレ様の天才的技術でオペだ……!
 この医者パートが面白くて、これをもうしばらく見ていたい。何なら、マッツさんがライバルの医者として転院してきてもいいんじゃないかな。最初からその企画で一本映画観たいな……。

 が、無情にも、割としようもない理由で交通事故が起き、カンバーバッジは両手を激しく損傷してしまうのであった。まあ原型はとどめているものの、もはや神の手と称された天才的テクニックは戻らず、荒れていたらレイチェルにも愛想をつかされる。あらゆる外科医に見放され、藁をもつかむ思いでスピリチュアルに手を出す……。
 現実なら金を巻き上げられるパターンだが、これはコミック原作なので「魔術」は実在するのである。こうして現世で行き場を無くした男の魔術世界巡りが始まった……!

 悪役のマッツさんが傀儡感バリバリで、正直全然存在感がなかったのだが、代わりにティルダ様が気を吐きまくる。最初は貫禄なく見えてカンバンにバカにされるのだが、師匠然としたオーラをどんどん発揮して来て、そのルックスも相俟って神秘性の塊のようだ。それゆえに後半、ある「痛いところ」を突かれたところで、不意に俗人に戻っちゃったような後ろめたさが浮かぶあたりが圧巻。
 うーん、この人をラスボスにしちゃった方が面白かったんじゃないの、という気がするんだが、ここらへん、原作付きの不自由なところだな。

 定期的にCGに食傷気味になる時期があって、一時は波などの自然現象のCGが嘘っぽく見えていたのが、最近はあまり気にならなくなってきた。今、苦しいなあと思うのは、CGでホログラフみたいになってる悪役だな……。いくら凄い悪なんです、と言われても安っぽくしか見えないんだよな。だいたい顔があって英語をしゃべるわけだし……。

 さすがに都市が裏返る映像には驚かされたが、まあ最初だけなのよね。段々慣れてしまって、刺激に乏しくなってくる。後半は代わりに時間が巻き戻る描写が入って来て、そちらの方が面白かった。

 科学と対立する魔術の描写がいかにも曖昧で、そこにかつて科学の信奉者だったストレンジさんが加わることで換骨奪胎される、というあたりがビジュアル頼みであり過ぎ、お話上で盛り上がらなかったあたり、いまいちぱっとせず、小ささを突き詰めた『アントマン』よりも一枚二枚落ちる印象。

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 もうちょっと期待していたんだが、マーベルの中じゃかなり下の部類、オリジンストーリーやCGに飽きてることを割り引いても、かなりしんどかった。『スパイダーマン』はわりと楽しみにしてるが……?