”終焉した伝説”『疑惑のチャンピオン』


「疑惑のチャンピオン」予告編

 ランス・アームストロングを描いた実話!

 1999年から2005年、最大のレースであるツール・ド・フランスを7連覇し引退したランス・アームストロング。ガンを克服し、競技外でもガン患者のサポートに尽力し、社会的にも英雄となった人物。だが、復帰後、彼にまつわるある事実が次々と発覚する……。

 これ書いてる2016年もツール・ド・フランスは最高潮。この映画に登場した選手もまだ走ってますよ。時代は遡って20世紀。当時の自転車競技はドーピングが次々に発覚し、かなり「黒い」時代であったので、そこで活躍したランス・アームストロングも、相対的にはそのグレーな一部でしかない……みたいな話かと思っておったのだよね。で、映画を観たら……真っ黒だったよ!

 冒頭に語られるのは、そもそもトライアスロン選手だったランス・アームストロングの「才能のなさ」。筋力があり、単レースの勝利、ステージ優勝は狙えるが、バランスが悪く持久力にも欠けていて、長丁場で山岳やタイムトライアルでの安定した成績が必要な大舞台では勝てない。血液に含まれる酸素量がトップ選手に比べても決定的に足りない。
 それと共にその持って生まれた攻撃的な性格、ヨーロッパ選手に見下されコンプレックスを抱いていたこと、限界にぶち当たって勝てなくなった苛立ちなどが描かれる。

 すでにその頃からドーピングに手を染め始めていたのだが、直後に睾丸のガンが発覚。シャワールームで股間を抑え、なのに口から血を吐くというショッキングなシーン。脳への転移もあり、心肺機能を落とさないためにより過酷な化学療法を選択する。

 生存率50%と言われた過酷な治療を乗り越えた彼は、トライアスロン時代の不要な筋肉が落ちたことを怪我の功名とし、復活のためにミケーレ・フェラーリ医師に密かに接触。後に「ドーピングの皇帝」「フェラーリに乗ってはいけない」とまで言われた男の指導で、密かに血液ドーピングを開始し、ツール・ド・フランスを初制覇する……。

 ちょうど大規模なドーピングが発覚して問題になった前後で、より検査も厳しくなりつつあった時期真っ只中だけれど、ランス自身、後にインタビューで語った通り、一切の迷いがないのだな。勝つためには当たり前のことであり、まさに水を飲むがごとくドーピングし、血液を補充する。元から血中の酸素濃度が足りず、手術と闘病で余計に低下している彼が勝つためにはどうしても必須。そして、最初の勝利が「癌から復活しての奇跡の優勝」というストーリーと結びつき、彼を思っていた以上の巨大な存在へと押し上げていく。莫大な富、名声、そしてナンバーワンの栄光……。

 連覇は続き、次第に彼の感覚は鈍磨してくる。自転車業界にとっても彼の名声はなくてはならないものとなり、そこかしこにランスの富と権力が流れ込み、存在が強固化していく。彼だけでなく、チームでアシストについている他の選手も全員がドーピングを施されており、コーチや監督、マッサーなどのスタッフも全てそれを知っている。情報が漏れないはずがないが、金と権力ですべてをもみ消し、検査機関に機材を提供するなど利益の供与も忘れない。やがては陽性反応自体ももみ消すように……。
 薬物を告白しようとした選手をレース中に直接恫喝するなど、「手術後に別人のように変わり人格者になった」という表向きのストーリーを裏切るように、隠していたその攻撃性があらわになっていく。

 いやはや、びっくりするぐらい真っ黒で、しまいには笑えてくる。同じ黒でも鉛筆書きじゃなく、墨汁をたっぷり含ませて塗りたくったようなドス黒さ。もちろん劇映画なので誇張や省略もあるのだが、単に彼の行為に関して言えばもはや弁解の余地はないぐらいに真っ黒。
 連覇は実に7回まで続き、レース自体は大胆に省略して描かれる。まるで、価値などないかのように……。
かなり長いスパンの話なので、もっとダイジェストっぽくなるかと思いきや、ランス自身が悪い意味でまったく成長しないし変わらないので、変化を描かなくてもいいから大胆な省略が可能になる。家族も、チームメイトも、ルールも、何一つ彼を変えたり縛ったりすることはできない。求めているのは、勝利の栄光だけ……。

 演じるベン・フォスターは常に目をギラつかせ、言葉少なに執念を燃やす。勝つたびに名声と金が積み上がり、また新たな薬物が投与される。それらすべてに、ランス・アームストロングという男は脳を焼かれ、それらなしではもはや生きられなくなったかのようだ。

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 無論、7連覇という「できすぎ」な成績を前にして、おかしいと思っていた人間も多く、ランスもまたそういう小さな告発や暴露にさらされ続けてきたのだが、毎度のメディア対応が完璧で、物語を「信じたい」人たちに守られてすべて糊塗されていく。まさにカリスマですね。ただし漆黒の……。
 ランスの優勝にチームメイトとして貢献したジェシー・プレモンス演じるフロイド・ランディスが、ランス引退後のレースで優勝しながら早々と陽性反応で失格となり、またその訥々としたメディア対応でランスとの違いを露呈してしまったのが印象的。この人は教会の息子で、根が真面目でプレッシャーに弱すぎ、残念ながらランスほど図々しくなれなかった。
 関係ないが自伝のタイトル「ただマイヨ・ジョーヌのためでなく」って格好良すぎるよな。読んでないが、いったい何のためだったのだろう……?

 多数のCM、映画化決定……。主演俳優はマット・デイモンからジェイク・ギレンホールへ! 自分も当時、映画『ドッジボール』にゲスト出演したランス自身を見ている。大事なドッジの決勝戦から逃げ出し、空港のラウンジにいる主人公ヴィンス・ボーンを、偶然会ったランスが励ます。「私も癌から立ち直って連覇した。努力すればできないことはないよ」

 ……発覚した今となってはすべてが虚しい。「奇跡の7連覇」という誰もが熱狂した最高のストーリーの裏側を、今作は余すところなく斬り刻む。そこには、紳士のスポーツである自転車競技を、ツール・ド・フランスを愛したジャーナリスト、デビッド・ウォルシュの、淡々とした、それでいて激しい怒りが込められている。

 癌、7連覇、復帰、そして発覚まで都合十数年にわたる話だが、要点だけを大胆に切り取ってまとめた手際が鮮やかですね。日本でも、こんな感じの映画が作られんもんかなあ。格闘技なら、ズバリ、秋山成勲のヌルヌル事件ですね。谷川プロデューサー役とか誰がやるかな。もうちょっと当たりそうな話なら、やっぱり清原しかない! 西武時代、ジャイアンツ時代の「裏」を描けばすごい映画になりそうだ。まあ日本はそもそも薬物検査をちゃんとやってるのかさえ怪しいから、後から掘り起こす証拠がないのかもしれないが……。

スティグマータ

スティグマータ

ツール・ド・フランス (講談社現代新書)

ツール・ド・フランス (講談社現代新書)

ツール・ド・フランス物語

ツール・ド・フランス物語

”わたしは戦う”『10クローバーフィールド・レーン』(ネタバレ)


映画『10 クローバーフィールド・レーン』本予告編

 あの怪獣映画の続編?

 恋人と暮らす家を飛び出し、車を走らせていたミシェル。だが、追突事故に遭い意識を失い、気がつけば謎の地下室にいた。見知らぬ男ハワードは、彼女を助けたと言い、外界は何者かの侵略を受け、ガスが充満していると告げる。疑いながらも奇妙な共同生活を始めたミシェルだが……。

 またJ・J・エイブラムスのプロデュースした『クローバーフィールド』関連映画……という噂……。予告は密室劇に見えるが、外に「何か」がいる、という……。
 うーん、こういう宣伝は正直食傷気味で、またJJが思わせぶりなことやってるよ、という印象ね。どうせ監督したら追っかけっこの映画しか作らんくせに……。

 さて、恋人と同棲中の家から荷物をまとめて飛び出したのは、メアリー・エリザベス・ウィンステッド。『スコピル』のラモーナか『ダイ・ハード4』のブルース・ウィリスの娘か、まあそんなところ。車中、電話がかかってくるが、通話はつなぐも返事せず。声の主は……ブラッドリー・クーパー

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 「ちょっと口論したぐらいで出て行くなんておかしいだろ!」と主張するクーパーですが、『アメリカン・スナイパー』『世界にひとつのプレイブック』、さらに最近作『二つ星の料理人』(未見)全てにおいてアンガー・マネージメントの必要な役をやってた彼の「ちょっと口論」と言うのが、まあどんだけ怒鳴りまくったのか、疑問符がつくのは当然である。

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 そんな車中、不意に車が事故って失神したウィンステッドさん。気がついたら謎の地下室に監禁中。現れたのは……ジョン・グッドマン! 外は宇宙人が侵略してきていて危ない! この安全な家で生活しよう!と言われる。
 このジョン・グッドマン、4部屋ほどある地下室を独立して居住できるスペースに改造しており、食料や物資も溜め込み、そこにウィンステッドさんともう一人の男を監禁中。自分も外には出ない。外はガスが充満している! のだが、空気清浄機で浄化した空気を入れているので大丈夫、という。
 このキャラクター、『プリズナーズ』のヒュー・ジャックマンお父さんのような自活マニアで、アメリカに時々いる、なんでも自分の力だけでやらなければならないと思い込んでいるかなり危ない人。
 映画の中では、実は彼が言うように本当に善意の人なのかも……?と思わせるところもあるが、頭がおかしい奴に決まっているわね。果たして、妻子に逃げられた後、村の女の子を監禁していた疑惑が浮かび上がる。ウィンステッドさんも同じように誘拐されたのか……?

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 ジョン・グッドマンは監禁犯で、実は外は安全なのか? 彼は善人で、外は宇宙人に侵略されているのか? という風に主人公たちは考えるようになっていくのだが、これはミスディレクションですね。ジョン・グッドマンが監禁が趣味のブタなのと、外に宇宙人が来襲していることは別に矛盾しないのは、ネタバレの予告編を見てなくてもわかることである。

 DV野郎から脱出してきたウィンステッドさんは、父親からの抑圧や、目の前で少女がぶたれているのを止められなかった思い出を語る。そして今、こうして父権的な男に監禁されるはめに……。一応の生活の自由はあるが、それはあくまで条件付きのものでしかなく、男のユートピア願望を満たすための道具でしかない。

 一人の女性がそうした抑圧からいかに脱出し、自由になるか、がサブプロットになっていて、それはまた、この地下からの壮絶な脱出の後に待ち受けた、宇宙人との死闘に関しても同様である……と思うんだけど、人間を捕食か取り込もうとしている宇宙人のデザインは、なんだか女性器的だったがな……。それともケツの方なのか。そこに火炎瓶を「突っ込む」あたりは一種の意趣返しなのであろうか……。

 前作は忘れて、怪獣映画とかPOVとか全然関係ない別物として見れば、まあまあ面白かった。全然期待しないぐらいでちょうどいいと思う。

スイート・kindle・ベイビー 牧野修編

 昨年のカナザワ映画祭や、先日の同人誌「こんなのはじめて」トークショーで久々にお見かけした牧野修氏。この人の本も、もう十数年読んでるなあ。本が売れていないとぼやいてましたが、ここ数年も積極的に書いてられますね。

 kindleでは、角川ホラー文庫はまずズラリと揃ってます。『スイート・リトル・ベイビー』は大変邪悪で今でも好きな小説ですね。

屍の王 (角川ホラー文庫)

屍の王 (角川ホラー文庫)


 未読ですいません、最近の代表作ではと言われる『月世界小説』。

月世界小説

月世界小説

冥福――日々のオバケ

冥福――日々のオバケ

kindle化されていない本

 初期の代表作『MOUSE』が出てないのがなんとも言えないですね。ハヤカワさん、なんとかしてくださいよ!
 ハヤカワは他にも『傀儡后』『楽園の知恵』が出てないですね。あとは短編集『忌まわしい匣』か……。

傀儡后 (ハヤカワJA)

傀儡后 (ハヤカワJA)

MOUSE(マウス) (ハヤカワ文庫JA)

MOUSE(マウス) (ハヤカワ文庫JA)

忌まわしい匣 (集英社文庫)

忌まわしい匣 (集英社文庫)

”闇の中で見たもの”『ダーク・プレイス』


映画『ダークプレイス』本予告

 シャリーズ・セロン主演作!

 1985年、母親と娘二人が何者かに惨殺される。家中に書かれた悪魔崇拝者の文字から、悪魔崇拝にかぶれていた15歳の長男ベンが逮捕され、生き残った末娘リビーも彼が犯人と証言する。そして28年の月日が流れた。定職もなく孤独な日々を送っていたリビーの元に、「殺人クラブ」と名乗るグループから講演の依頼が来て……。

 『ゴーン・ガール』の原作者の書いたサスペンス。書かれたのは一つ前で、あれが当たったから急遽映画化された格好か。主人公セロン様は、かつての一家惨殺事件の生き残り。少女時代から寄付金と自伝の印税で食っていたが、まったく仕事をしていなかったために三十も半ばを過ぎて文無しに……。
 そこへ現れたクリーニング屋経営のニコラス・ホルト。未解決事件のマニアが集まるサークルをやってて、そこで謝礼出すから話をしてくれ、と言われる。金だけ貰って帰ろうとする外道なセロン様だが、しぶしぶながら捜査に関わり、有罪判決食らって28年服役してる兄コリー・ストールとも再会……。

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 まあ兄ちゃんが犯人じゃない、というのは最初からだいたいわかってるわけである。母親と妹二人が死んで、服役しているものの何事か隠している……。当時の彼はファッション感覚ながらゴスで悪魔崇拝ごっこをしてたので、裁判では危ないやつと決めつけられて有罪となった、というあたりは、実話ベースの『デビルズ・ノット』でもあった話。あっ、そう言えばあの事件で逮捕された彼は……ということに気づくと、今作でこの兄ちゃんが何をかばっているのかもだいたいわかってしまうのではないか。

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 さて、セロン様が手がかりと記憶をたどりながら、事件の謎を追う……のだけれど、現在とほぼ同時進行で入る過去のシーンが、回想であるのか誰かの語りであるのか単に過去の映像であるのか不明瞭。幼かった主人公の記憶なら少女視点のみで構成しなければならないし、兄ちゃんの視点なら、そこには当然、隠さなければならないことがあるのだから嘘が潜むはず……。でも実際の映像では「犯人」がしっかり登場してるのだよな……。そのせいで、主人公が記憶と情報をより合わせて真相にたどりつく、という過程が全然成立してないのである。
 これはミステリとしては致命的にダメなんだが、じゃあ他の要素はいいかというとどうにも見所がない。主人公の失われた人生を取り戻す……という話にしても、再度事件に関わった動機が金に困ったからだからな……。死んだお母さんも生活に困ってたのが段々と明らかになるので、そこに生まれる共感……って、そりゃあだめだ。
 さすがのシャリーズ・セロンもニコラス・ホルトも演技の見せ所がなく、非常にぼんやりとした雰囲気に……。
 そんな中、金持ちビッチの少女役やったクロエちゃんが役名「ディオンドラ」で、重要な役で気を吐く。この名前、いかにもゴージャスビッチっぽいな。少女役と言いつつ、過去パートの兄ちゃんタイ・シェリダン君より年上という設定で、クロエもそんな年頃になったのね……。

 真相は一応二段構えになっているが、いや、この展開どっちも無理ありすぎだろ……というもので、しかも明らかになったから何がどうということが全然ないのにも驚く。やっぱり原作がぼんやりしすぎなのか。監督は『サラの鍵』の人で、こういう過去掘り起こしものをやるのは得意そうなのだが、ミステリのセンスがなかったかな。
 同じ原作者の『ゴーンガール』を監督したフィンチャーは、『ドラゴン・タトゥーの女』で真相究明の過程をタイトに描いてたので、やっぱり腕前次第ということであろうか。今作をフィンチャーが監督してれば、もう少し見られるものになっていた?
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冥闇 (小学館文庫)

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ゴーン・ガール 上 (小学館文庫)

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ゴーン・ガール 下

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今日の買い物

『醒拳』BD

成龍祭 醒拳 + ジャッキー拳スペシャル 日本劇場公開2本立セット [Blu-ray]

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 劇場公開仕様のスペシャル版。


『モンキー・マジック』BD

 やっと廉価版出た! ドニーさんコレクション。

”大人のパーティって?”『ノック・ノック』(ネタバレ)


『ノック・ノック』予告

 イーライ・ロス監督作!

 週末の夜、妻子をバカンスに送り出し、一人自宅で仕事していたエヴァン。大雨になった深夜過ぎ、突然、道に迷った二人の女が訪ねてくる。親切心を起こしたエヴァンは彼女らを家に入れてやるのだが……。

 キアヌ・リーブスが今年二本目の主演作! ということで、最近あまり儲かってないからか色々やってるのね。この人、ぼんやりしててあまり金集めの才覚とかなさそうで、監督に転向するほどのエゴもないし、ブラピやトムなんかに比べると次のステップにはなかなか苦しんでおるイメージ。

 そんな彼が今回は良き父、良き夫として、バカンス中の妻子を送り出して、仕事で留守番しているところに、雨の夜、濡れ濡れの美女二人がやってくる……。
 当たり前のことなのだが、防犯意識としては老若男女問わず、見ず知らずの他人は家に入れてはいかんのである。しかし残念なことに世の中の男はみんな心のどこかで、濡れ濡れ美女が自分のところにひょいと現れるのを期待しているのだ……。

 家に入れてあげて……車呼んであげて……タオル貸してあげて……コーヒー出してあげて……なぜか家の奥に奥に入っていき、彼を持ち上げるようなことばかり言う女たち。キアヌさんの中でも警戒警報は鳴っているのだが、一方で若い女の子たちに褒められていい気分でもある。今回のキアヌさんはややプヨっているのだが、「鍛え過ぎの筋肉って好きじゃないわ。ほどほどがいいの」とまで言われたら、それはいくらなんでも苦しいお世辞というものだよ、と思わなければならない。
 ここまではどうにかこうにか、心の揺らぎを覚えつつも紳士的一線を超えずにいたキアヌさん。これ賞品でも出る我慢コンテストなら、あるいは耐えきっていたかもしれない。だが、結局のところ、我慢したからどうなのだ、という身も蓋もない指摘を食い止められるのは、なけなしの内的規範だけという、砂の城……。
 さあ車が来た! 帰れ! というところで、ついに勝手にシャワールームに入って全裸になってる女ども! 泡泡プレイの始まりだ! 追い出そうとしたキアヌさんもとうとうWフェラの前に陥落。ここは女どももなりふり構ってなくて、まさに計画が成功するか否かの鍔際だったのだが、最後の猛攻撃に敗れ去り、濃厚な3Pを……。

 西村寿行の『滅びの宴』で、全然もてない男の家に見知らぬ美女二人が転がり込んできて三日間ヤリまくる、という話がある。散々楽しんだが、最後に緊縛プレイをした後は縛られたままで、実は女たちはテロリストの一味で、彼の家が爆弾の起爆地として必要だったために来たのだ、ということが明らかになる。「三日間、女を堪能させてあげた。思想もない愚かなあなたが一生味わうことのない極楽だったはずよ」と言われ、裸で縛られたまま爆弾とともに置き去りにされる……。
 読者サービスも兼ねてるが、作者らしい変な話だな、と思うと同時に、家と生命の対価が美女との3P三日間である、というお勘定はなかなか考えさせられる。

 今作のキアヌさんも、一晩3Pしたら最後、家庭を失う方向へ真っ逆さま。三日やってたら生命もなかったな……。私たち未成年よ、と脅され、家をめちゃくちゃにされながら警察も呼べない。女優二人とも二十代後半で、年上役のイーライ・ロスの奥様ことロレンザ・イゾ(『グリーン・インフェルノ』の処女な)が実は二つ下だったりするのだが、明らかにブラフくさいと思いつつ反撃できないキアヌ!

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 延々と脅され、拷問され、いたぶられ、「ああ……あの時やりさえしなければ……」と後悔するも、後の祭りである。男はこうして大切なものを失っていくんだな、と考えさせられる。既婚者は別に濡れ濡れ美女を妄想するぐらいしてもいいが、日頃から「毅然と拒否する」ことをセットで考えておかねばならんね。

 途中にとうとう人死にも出て、この女たちが捕まりもせず逃げ延びる、ということは多分ないだろうと思う。が、それでキアヌさんの溜飲が下がったところでどうしようもなく、全てはもう終わっているのだ。ご丁寧にSNSが止めを刺す……。

 終わったあとは家はめちゃくちゃになっている。帰ってきた息子の「パパ、楽しんだみたいだね」という言葉から、『プロジェクトX』のパーティを思い出した。あの映画では、家をめちゃくちゃにしても、お父さんがこっそり「見直したぞ」と言ってくれるという夢見てるとしか思えない展開が用意されているのだが、残念ながら今作の主人公は大人なので、褒めてくれる人は誰もいないし、家はめちゃめちゃだけど通過儀礼を終えて成長しました、みたいな与太はもう許されないのである。悲しいな、大人は!

滅びの宴(うたげ) 光文社文庫

滅びの宴(うたげ) 光文社文庫

天使は電書を持って 近藤史恵編

 こちらもかなり昔から読んでいる作家。最初に読んだのは『演じられた白い夜』だったかな……?

演じられた白い夜

演じられた白い夜

 近年『サクリファイス』から始まった自転車レースシリーズでブレイクし、割と売れっ子作家になってるような気がする。とにかく読みやすく、それでいて平凡でない人間の心理に切り込んだ作風が面白いですね。

サクリファイス (新潮文庫)

サクリファイス (新潮文庫)

エデン

エデン

サヴァイヴ

サヴァイヴ

 自転車レースシリーズが代表作ですが、個人的にはこの掃除シリーズも好き。

モップの精は旅に出る

モップの精は旅に出る

 単発作品も数多いですよ。

はぶらし

はぶらし

岩窟姫

岩窟姫

kindle化されていない本

 掃除シリーズの第二作『モップの精は深夜に現れる』だけが電子化されていないのが不満だ! さらに初期の代表的シリーズである整体師ものがまだ出ていないですね。歌舞伎ミステリも『二人道成寺』が出ておりません。単品では傑作青春ミステリ『青葉の頃は終わった』を出してほしいな……。

モップの精は深夜に現れる (文春文庫)

モップの精は深夜に現れる (文春文庫)

Shelter(シェルター) (祥伝社文庫)

Shelter(シェルター) (祥伝社文庫)

二人道成寺 (文春文庫)

二人道成寺 (文春文庫)

青葉の頃は終わった (光文社文庫)

青葉の頃は終わった (光文社文庫)